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5話 ミルクでも貰おうか

 退廃感が漂う街を疾走する真紅のバイク。


 聞いてて気持ちが良くなるくらいの静かな駆動音を鳴らしながら街中を駆け抜ける。


「はぁ〜、きもちいい……」


 身を切る風がとても心地よい、振動も少なくかなり乗り心地も良いモノなんだな、水素モーター駆動バイクって……


 やがて、真紅のバイクはある建物の前で止まる。


「ほら、ついたぞ」


 龍二さんがその建物を指さす。


 俺はぴょんとバイクから降り、到着したその建物に視線を向ける。


「──バー?」


 って、おいおい龍二さん? ここ明らかに子供が来る場所じゃあないと思うんですけど。ってかそもそもまだ午前中だし。


「いいから入れ」


 いやいや龍二さん? おもいっきりドアに「close」って書いてあるんですけど……


 彼に促され中に入る。店の中は外縁部には似つかわしくない小洒落た感じだった。


 高校生である俺(今の見た目は小〜中学生レベルだけど)が入るにはまだ早い雰囲気を漂わせている。


「おい、外の文字が見え……なんだ、龍二か」


 と、カウンター内にいる渋めなおじさんがダルそうに呟く。そうして彼は龍二さんから視線を外し、俺の事をずっと見つめる。


「龍二、その()──」


「愛理じゃない、この娘はそっくりな別人だ」


 龍二さんは即座に否定する。マスターと思わしきおじさんは再び俺の事をジロジロと見る。


「いやはや別人ねぇ、生写しを見てるようで怖いぜ……で、あまりにも娘そっくりだったから攫ってきたってとこか」


「アホぬかせ、ちょっと訳ありだ。詮索はするな」


 マスターの冗談にため息混じりな返答をしながらカウンター席に座る龍二さん。私も隣に座る。


「何でもいいから食わせてやってくれ」


「はぁ、ウチは食堂じゃねぇって何回言えば……」


 そうブツブツ言いながらもマスターは何かを用意し始める。


「ほら、お嬢ちゃん」


 グラスを差し出される。中には牛乳が並々と注がれていた。


「ど、どうも」


 取り敢えずグラスを持ちそれを飲む、冷たくて新鮮な牛乳の味が身に染み渡ってくる。


「ちょっと待ってな、なんか軽いもん作ってやるよ」


「ありがとうございます」


 渋くて厳しそうな雰囲気とは裏腹に、意外と優しい人だ。


「なぁマスター、六丁目のヤマさんってたしか赤坂重工の元役員だったよな?」


 俺がゴクゴク牛乳を飲んでると、唐突に隣に居た龍二さんがそんな事をマスターに問いかける。


「ああ、だったな。問題起こして解任になって外縁部に流れ着いてきたとか。それがどうした?」


「いや、なんでも」


 ……なるほど、多分龍二さんはその元役員とやらに俺のボディの事について聞きにいくつもりだろう。


「やれやれ、またなんの事件背負い込んでるのか知らんがそのお嬢ちゃんは巻き込むなよ? またあの事件の二の舞はごめんだろ?」


 俺の方を見てそんな事を言ってみせるマスター。


「わかってる」


 その言葉に龍二さんは少し沈んだ様子のテンションで返答した。


 ……ごめんなさいマスター、巻き込むどころかバリバリ当事者です俺。


 と、その時だった。頭に微かな頭痛を覚える。そのせいで少しふらっとしてしまい危うく椅子から落ちそうになった。


「どうした、大丈夫か?」


 心配そうな視線を向ける龍二さんとマスター。


「いや、寝不足です……すみません」


 この体に慣れていないせいだろうか、時たまこんな頭痛が一瞬だけする。


「ほら、食いな」


 マスターが小皿を差し出してくる。その上には小ぶりなサンドイッチが。


「ありがとうございます」


 俺は小皿を受け取る。


「礼儀の正しい嬢ちゃんだ、確かに愛理じゃねえな。あの娘はこんな愛想よくない」


「うるせえよ、教育がなってなくて悪かったなクソジジイ」


 ……龍二さんとマスターって、一体どういう関係なのだろうか。なんか不思議な感じだ。


「おい愛──じゃねえ。あっと……お前、食い終わったらヤマさんとこ行くぞ」


 龍二さんが小声で俺にそうコッソリと耳元で呟く。ってか今一瞬"愛理"って言いかけたな。


「わかりました」


 赤坂重工の元役員か……このボディを作った会社に勤めていた人間なら確かに何か重要な事を知っているかもしれない。


 俺は急いでサンドイッチを口の中に詰め込む。すごく今更で当たり前な事だけど生体ドールもほぼ人間なので、もちろん食事とかはできる。


 ってかそうしないと普通に栄養失調で死ぬ。


 そうして俺はマスターにお礼を言って少し高めな椅子からぴょんと飛び降りる。


「じゃ、飯サンキューな。代金はつけといてくれ」


 そう言って龍二さんはさっさと店を出ていく、俺もそれに続いた。


「……なあ、お前名前なんていうんだ?」


 と、店を出てバイクの前に立った彼がそう俺に尋ねてくる。


 そういえばまだ名前を教えてなかったっけ。


「葵です」


「……お前、俺っ娘なのか?」


 意外そうな反応を見せる龍二さん。


「違います」


 名前のせいで元が女と勘違いされてしまったようだ。まったく"葵"が男の名前で何が悪いんだよ! 俺は男だよ!(今は女の子のボディだけど)


「まあいい……葵、早く乗れ。さっさといくぞ」

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