34話 機械仕掛けの電子竜と螺旋の弾丸
「か、かっけぇ────じゃない! なんだよアレ!」
緋色の巨躯から放たれる重厚な威圧感、所々にメカニックな意匠が施された"それ"間違いなくこちらに敵意を向けている。
「ひっ……なっ、なんで奴が……!」
と、目の前の男はその竜を見て怯えた様子を見せる。さっきまで散々イキってたのにえらい変わり様だ。
様子から察するに、アレに心当たりがあるのだろうか?
そんな事を考えてたその瞬間、竜は再び大きな咆哮を轟かせ────
「やばい! なんか来る!」
いやいや! これはマズイ! 俺の直感がそう叫んでいる。
と、俺がその攻撃に反応するよりも先、俺の可愛い僕? であるウィッチちゃんが前に出て、手に持っていた杖を構える。
竜の口より放たれる螺旋の……まるで弾丸のような火球。火球は二つに分裂し一つはこちらに、もう一つは男の方に向かって言った。
《Magica Firewall Deployment.》
目の前の彼女がそう、術式を呟く。出現する四層の防壁。
螺旋の弾丸は防壁の一層、二層目を突き破る、その間に徐々に勢いが減衰し。三層目で防がれる。
対して、男に向かい放たれたそれは────
「ッッッッアア!!!!」
男の短い叫び、竜の攻撃は奴に直撃したようだ。そうして奴のアバターのテクスチャがパラパラと崩れ始める。
「い、一撃で……」
通常、アイリス内のアバターには外部からの悪意ある攻撃から守る為のファイアウォール備えられている。
そうでなくても、あの手のハッカー……もといクラッカーなら自作のアンチクラッキングプログラムを構築し走らせているはずであろう(実際俺もそう)。
俺は消失していくアバターから視線を外し、再び空を飛翔する竜に向き直る。
対峙する俺たちと竜、しばしの間の後……竜は飛び去っていった。
助かった…………のか?
「──────っっはあああ!」
緊張感の途切れからか、大きく息を吐き出してしまう。ひとまず危機を脱した、ということで良いのだろうか。
「……」
俺の目の前にいた可愛い魔術師ちゃんは一度チラリとこちらに視線を向けて、キラキラとした粒子状になりスッと消えていった。
「電子の……精霊……」
あれがそうだと言うのだろうか。電子世界に住む意思を持った生命体、単なる都市伝説では無かったのか?
「…………ん?」
ふと視界の隅に、何かキラリと光るものが見えた。一体なんだろう?
丁度さっきまで例の男がいたあたりに転がっている。俺は近寄ってそれを拾い上げでみる。それは─────
鍵だった。やたら凝ったテクスチャで、再現された金属の感触と冷たさが手から伝わってくる。
何か特殊なオブジェクトなのだろうか、俺はそれを回収して簡単な解析ソフトにかけてみた。
「……!」
そこには、いくつものアカウントデータが格納されていた。という事は────
あいつ、例のアカウント乗っ取り犯ってことなのか!?
なんという偶然、いや偶然……ではないか、完全に誘導されてここにきたわけだし。
「これでひとまず事件解決ってことでいいのか?」
いやはや……なんか、ここに来たせいで逆に、謎が増えただけのような気がするなぁ。
まあともかく、さっさとこのエリアから立ち去ろう。あの男が消えエリアに走っていたログアウト妨害コードも消滅しているようだし。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
─同日 同時刻 アイリス内 エリア"????"─
アイリスの作られた空を飛翔する、緋色の身体を持つ機械竜。
データの屑が幾層にも積み重なって、定期的なメンテナンスも行われていない崩壊した建物が広々と続くアイリスの廃棄エリアに佇む少女。
彼女は空を飛ぶ竜を見上げる。
「ご苦労様〜」
と、軽い調子で飛翔する竜に話しかける緋色の目を持ち特徴的なエルフ型の美少女アバターを持つ彼女。
そう。彼女こそ、このアイリス内で最近話題になっているハッカー"SCARLET EYE"。
彼女はスッと手を動かしてコンソールを操作し表示された情報、先ほどまでの攻防で得られたログを確認する。
「うーん……あのマジシャンみたいな電子精霊、レベル4の防壁破りを防御するなんて、あの攻撃システムには自信あったのになぁ」
同時に開いている別のタブでは、先ほどこの竜が対峙した別の電子精霊の映像が流れている。
「あの精霊、名付けるなら"電子世界の魔術師"ってところかな?」
そうして、彼女は自らそう名付けた魔術師に守られているもう一人の少女に視線を移す。
「……うーん、かわいいけど誰?」
まるでチアガールのような、派手な衣装を纏ったその美少女アバターをまじまじと眺めるが、その少女についての記憶は彼女にはない。
(ちょっと気になるけど、まあ目的の奴は消せたし……)
動画を再生していたタブが閉じられる。
(はぁ……こんなんで雑魚一人一人を潰していってもキリないよねぇ……)
再び視線を空に向ける。彼女の僕となった機械竜は主人のブルーな気持ちを全く気にかける様子もなく、作られた青色の空を悠々と飛翔していた。




