30話 アカウントに深刻な問題が発生しています
「うーん! おいしぃ!」
と、翼が買ってきたデリシャス・ドーナツ特製のドーナツを幸せそうな顔で食べてみせる椿ちゃん。
「……うん、美味しいけど。翼さんコーヒー買ってきてくれませんか?」
ドーナツにはコーヒー、これは有史以来から定められてきたお決まりの組み合わせだ。
「お兄ちゃん、私のも! あまーい奴ね!」
俺の言葉に乗る椿ちゃん。
「はぁ、仕方ねぇな……缶コーヒーで良いだろ? 葵ちゃんも甘いヤツでいいかな?」
「あ、いえ自分はブラックでお願いします」
砂糖&ミルクドバドバの甘々コーヒーも好きだが、今はブラックという気分だった。
「すごい! 葵ちゃん大人だね!」
驚いた様子の椿ちゃんを見て、少し失敗したかな、と思った。
普通この年頃の娘はブラックなんて飲めないか……
「わかった、待ってろ」
と言って病室を出て行く翼、なんだかんだ言って優しい人だ。
「ねー、葵ちゃんはどこの学校行ってるの?」
「え、学校? 新京第四高──」
と、そこまで言いかけて慌てて口を塞ぐ。この身体で高校生は無理だろ! どう誤魔化そう……
「じ、実は最近ここに引っ越してきたばっかりで! まだどこの学校に編入するかおばさんから聞いてないんだ!」
そこまで言って、何とも下手くそすぎる誤魔化し方だ……と自分で言って後悔した。適当に学校の名前言っとけばよかった……
「ふーん、そうなんだ。私のいる学校と同じだといいなぁ。私ね! もう少しで退院できるんだ!」
椿ちゃんは心底嬉しそうにそう言ってみせる。
「そうなんだ、よかったね!」
嬉しそうな椿ちゃんを見て、なんだかこっちまで嬉しくなってきた。
「それでね、学校に戻ったら──」
そうして椿ちゃんは、学校に戻ったらやりたい事を沢山話してくれた。
友達と外で遊んだり、何かスポーツを始めたり。彼女は無邪気に自分の夢を語る。
「おーい、買ってきたぞ」
椿ちゃんのテンションが上がってきた所で、翼がコーヒー缶を抱えて戻って来た。
「……っても、コーヒーなんて飲んで大丈夫か? また先生に聞いた方が──」
「さっき聞いたよ、大丈夫だって」
即答する彼女。そういえば会話している間に何か指を動かしていたような……
もしかして院内ネットワークを使った通信機能で主治医の先生と連絡でも取っていたのだろうか。
「そっか、ほら」
翼さんがコーヒーを渡してくる、俺と椿ちゃんはそれを受け取った。
「……うーん、どうも調子が悪いな」
と、翼さんが唸りながら難しそうな顔をする。
「どうしたんですか?」
何かあったのだろうか?
「いやな、アイリスにダイブできないんだよ。さっきから」
彼が困ったようや表情でそう言った。アイリスにダイブできないとはどういう事であろうか?
「なんか、アカウントが変なんだよ……そのせいでマップも変な動きしてさ」
アカウントが変? ちょっと気になるな、もう少し詳しい話を聞いてみたい。
「お兄ちゃんって機械音痴だし、使い方わかってないだけじゃない?」
椿ちゃんが呆れたような表情でそう言ってみせる。この手の事は日常茶飯事なのだろうか?
「いや今度はホントにおかしいんだよ、うーんどうにかなんねぇのかなぁ」
「えっと、もう少し具体的にお願い出来ませんか?」
俺は詳しい状況の説明を求める。
「お、葵ちゃんってこういうの詳しいタイプ? 小さいのに凄いな」
小さいは余計だ、中身は立派な高校生だぞ。多分アンタと同い年くらいだぞ。
……なんて心の中で思ったけど、もちろん口に出して言えるわけはない。
「いや、さっきも言った通り。アイリスにフルダイブできないんだよ」
「フルダイブ出来ない、ですか」
要因としては色々考えられる、取り敢えず──
「ネットには繋がってます?」
この手のトラブルでまず第一に考えられるのがソコだ。
機械音痴の人はどうしても、その手のことが見分けられなかったりする物だ。
「いやいや、流石に繋がってるて」
即座に否定する彼。じゃあ──
「アカウント関連で問題が発生しているのかもしれませんね」
電脳とアイリスのネットワーク間、特にフルダイブの場合に利用する仮想空間システムとの間で、連携が上手く取れていないのかも知れない。
「どうやって治すんだそれ?」
「うーん……取り敢えずスピカ社に問い合わせてみなきゃ始まらないと思いますけど」
その手の事は公式に問い合わせるのが一番だ。
「…………えーっと、確か病院だと特定のアクセスポイントからじゃないと繋げませんでしたよね」
病院だと、医療用電子機器との混線を防ぐために。定められたスポットからでしかアクセスできない事が多い。
先程椿ちゃんは聴覚拡張デバイスを使用して主治医の先生と連絡を取っていたが、あれはおそらく病院内ネットワークを使用しているのだろう。
……まさかとは思うが。
「アクセス制限エリアで繋ごうとしてません?」
そんなオチじゃないだろうな……
「いやいや、流石にそこまで常識知らずじゃねーよ!」
流石に違ったようだ。
「ちょっとー! お兄ちゃん! 今葵ちゃんは私のものなの! 機械音痴はどこかにいっててよ!」
と、楽しい時間を機械音痴の兄に邪魔された椿ちゃんが怒る。
「す、すまん。ほらもういいぞ。葵ちゃん、アカウントの件は後で頼む」
「わかりました」
取り敢えず、その件は後回しだ。今は椿ちゃんとの時間を大切にしよう。




