23話 ビューティフル・ハッカー
そうして、マイさんは素早いタイピングでデスクに投影されたキーボードを打つ。
「んー、北米工場は半年前に閉鎖したんだっけ。向こうでも法規制がキツくなったからかなぁ」
彼女の瞳は蒼々と光っている。今彼女にはアイリスを通じた光景が見えているのだろう。
「閉鎖、ですか……」
という事は、このボディは少なくとも半年以上は前に製造されたという事だろうか。
「正式に問い合わせたら返答まで一週間くらいかかるかなぁ、龍二くんどうする? 情報盗んできてもいいけど?」
くるりと椅子を回して龍二さんの方を向く彼女。っていうかサラッととんでもない事言ってるなこの人……
「──よし、盗んでこい」
おいおい、それでいいのか……
そうして、マイさんは朝飯前といった様子で赤坂重工のメインサーバーに侵入してみせた。
「……あぁ、こりゃ俺の仕掛けなんてすぐバレるわ」
彼女の華麗な手際。それに比べたら俺の技術なんて児戯に等しいレベルだ。
「北米工場のデータは、こっちかな」
部屋のメインモニターに、北米工場のデータが表示される。
「LDシリーズ、製造は第二ラインかな。このラインは全部女性型みたい、製造数は半年前の時点で八体っぽいね」
……ということはつまり、俺には七人の姉妹がいるという事なのだろうか? ちょっと想像し難いけど。
「半年前って事は、葵ちゃんはまだ一歳にもなってないって事ですか?」
頭に「?」を浮かべながらそんな事をマイさんに聞く歌恋さん。
「どうだろう、今製造記録を詳しく見てみるよ」
彼女の蒼く光る目線が動く、アイリスにダイブしてサーバーの情報を漁っているのだろう。
「……あった、LD201」
目的のモノを探りあてたようだ。
「製造開始は一年半前、培養液で成長促進されて……一年前には十歳程度のボディにまで仕上がったみたい」
「じゃあ、一歳半なのに十歳って事ですか??」
ますます混乱した様子の歌恋さん。
「そゆこと、生体ドールは指定した年齢までちょーはやく成長させてから出荷するから。その年齢に達したらあとは普通の人と同じ成長速度だけど」
出荷か、なんだか引っかかる言い回しだけど。突っ込むのはやめておこう。
「今更な話ですけど、なんだか恐ろしいですね。そんなに簡単に"人間みたいなもの"を作れてしまうなんて」
バイオテクノロジーの発展は限界突破してるな……と、改めて感じさせる。
「ま、技術的にはそこまでって感じだけど。どっちかというと倫理面の方が問題多いしー」
彼女の目の蒼い輝きが消える。ダイブから帰還したのだろう。
「こっから出荷記録辿ればもっと詳しい事分かりそう……だけどちょっと疲れたから寝かせてー」
バタンと、デスクにうつ伏せになるマイさん。
「はぁ、相変わらずマイペースなヤツだ」
ため息をつく龍二さん。
「あ、今のマイさんとかけてます? そうですよね先輩!!」
俺は敢えてスルーしたのに、歌恋さんはそこに突っかかっていく。
「にしても凄いですね。なんでこんな人が特犯課に?」
この卓越した技術を持つマイさんを特犯課なんかで腐らせておくにはもったいないと思うんだけど──
「ま、こんなきゃぴきゃぴした見た目だしな。それにさっきみたいな違法捜査を平気でやってみせるし」
あぁ、そうだ。軽くスルーしていたけど。企業サーバーへのハッキングなんて明らかに違法捜査じゃん……
「ま、バレなきゃいいんだよ」
「バレなきゃいいんだよ! 葵ちゃん!」
はぁ……この人たちが何で特犯課なのかよく分かったような気がする……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その後、スヤスヤと眠り始めたマイさんをそのままにして俺たちは本庁舎ビルを出る。
その日はそのまま歌恋さんと共に、アイリスにダイブしてSCARLET EYESの情報を集めた。
……ま、なんの手掛かりも得られなかったけど。
日が暮れてきたので、歌恋さんの運転するパトカーでそのまま外縁部の拠点に。
「うーん、相変わらず散らかってるしボロいねここ。まぁ外縁部の建物ってみんなこんな感じだけど」
ガレージの中を見渡して、呆れたような表情をする歌恋さん。
「そっすね、それよりも……また何か注文したんですか?」
拠点に帰宅したのとほぼ同時のタイミングで、宅配便が荷物を届けにきた。
昨日と同じ通販サイトからの箱、心当たりなんて一つしかない。
「うん! だって先輩、ウチには葵が着れる服殆ど残ってないってボヤいてたし、支払いは勿論先輩持ち!」
はぁ……また龍二さんに負担をかけてしまったな。
「ってか歌恋さん、もしかして俺の事着せ替え人形にしようとしてませんか?」
「ぎ、ぎ、ぎくっう!! そ、そ、そんな事ないよー!!」
図星ってレベルじゃねー……
まあ、着れる服が特犯課から貸してもらってる制服とパジャマ、あと愛理ちゃんのお古と思われるヤツが二着くらいしかないので有難いっちゃありがたいのだが。
「じゃあ葵ちゃん、一緒にシャワー浴びよっか?」
「────へ? いやいやいやそれは不味いでしょ!」
この人、いきなり何を言い出すんだよ!
「えー、いいじゃんほら行こうよー!」
そうして、俺は強引にシャワールームへ連れて行かれる。
「ちょ、ダメですって!」
「遠慮しないの!」
ま、マジか……




