15話 接触と消滅、元の身体は消え去る
「葵ちゃん、サイズ合ってる?」
「ちょっと緩いけど、まあ着れないことも……」
俺は自分の身体を確認する。今着ているのごく普通の半袖のブラウスと、飾り気のない濃紺のスカート。いかにも婦警さんが履いてそうな感じがするスカートだ。
「うーん、その背丈だと最小サイズじゃないと合わないかなぁ」
ちなみに着替える前、上郷さんに身体の色々な場所のサイズを測られた。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだが。
「いやー、ともあれ物置に制服あって助かったー……」
そう、この服は特犯課の物置に放り込まれていた物らしい。
「……ノーパンのままっすけどね」
「あはは、流石に下着はここには無いかなぁ」
はぁ、一体俺はいつまでノーパンのままでいなくちゃいけないのだろうか。
これじゃ下着を履かない事に快感を覚えてしまった変態少女みたいじゃないか……
ふと、デスクの方を見る。龍二さんと秋田課長の二人は何やら仕事の会話をしていた。
「ヤツの追跡だって残ってるのに、別の仕事が降ってくるとは」
「あはは、ウチはそういう課だからねぇ」
「……追跡ってなんの事っすか?」
俺は上郷さんにこっそり聞いてみる。
「え? あぁ。今とあるハッカーの追跡と特定を任されててね」
……それ俺じゃないよな? いやいやきっと違う。別のやつの事だろう。
「よしっ」
と、なにやら先程から。まるで目の前に存在する画面を操作するかの様に手を動かしている上郷さん。
網膜に投影されたコンソールを手動で操作しているのだろう。脳波で動かせるが、手を使って操作する事も可能だ。
……上郷さんはマニュアル派か。
「新橋さんの拠点に葵ちゃんへのプレゼント送っておきましたから!」
拠点って……俺が目覚めたあの建物の事だろうか。
「請求は先輩宛です!」
「はぁ? お前何勝手に──」
やれやれ、上郷さん一体何を送ったのやら。
そんなこんなで。着替えも終えた俺は再び秋田課長と、先ほどの話の続きを始める。
「とにかく、葵くんはこの事件における貴重なサンプルなわけで」
サンプルって、地味に酷い呼び方だな……
「新橋くん、まずは抜け殻となった"天海葵"に接触を頼むよ」
「了解です」
そうして、龍二さんは特犯課を出て行こうとする。
「待ってください! 俺も行きます!」
元の身体がどういう状況になっているのか、この目で直接確かめたい。
「……わかった、ついてこい」
そうして、俺も後に続き特犯課を出て一階の車庫に向かう。
「あれ、バイクじゃないんですか?」
龍二さんは何故か彼の真紅の愛車ではなく、隣に止まっているパトカーに乗り込んだ。
「そりゃな。場合によっちゃ、そのままお前の元の身体を回収するパターンもあるし」
なるほど、そういう事か。
「っし、じゃあ行くぞ」
俺も助手席に乗り込む。そうしてパトカーは勢いよく車庫から飛び出した。
「今の時間帯だと……俺まだ学校にいるんですかね」
「あぁ、確認は取れてる。このまま四高に向かうぞ」
パトカーはそのままシーブリッジに、向こう岸に行くのはこのボディーになってから初めてだ。
シーブリッジの先に見える摩天楼の数々、ホント外縁部とは別世界だな……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ここか」
新京市中心部を少し抜けた場所に俺の母校、新京市第四高等学校は存在する。
なんの変哲もない普通の高校だ。昨日まで"俺"が通っていた高校……
「接触って、どうするんですか?」
「難しい事はねえよ。そのまま会いに行くだけだ」
俺と龍二さんはパトカーを降りる。通用口、守衛さんに電子手帳を見せ学校内に入る。
ちょうど休み時間だった様だ、ガタイがいい大男と金髪ロリ美少女のコンビ。注目を浴びないはずがない。
「あの二人だれ!?」「あの男の人、誰かの親?」「金髪の娘めっちゃ可愛い!」
みたいな会話が聞こえてくる。
「タイミング間違えましたね」
「……かもな」
取り敢えず、俺のクラスに。教室を覗いてみると……俺の席には"俺"が座っていた。
「なんか、めちゃくちゃ不思議な気分です」
自分を、こうやって第三者視点で見る事になるとは。
「……にしても、気持ち悪いくらい笑ってますね」
席に大人しく座っている"俺"は、気持ちが悪いくらいの笑みを浮かべている。
「被害者はみんなあんな感じらしいな」
なんとも恐ろしい事だ。
「どうするんですか? 呼びかけても反応ないらしいし、連れ出すのも一苦労なんじゃ」
「ん、だな……どうしたもんか」
と、その時だった。薄目だった"俺"の目が見開かれ俺とバッチリ視線が合う。
そうして……勢いよく立ち上がった"俺"はなんとそのまま教室の窓から飛び降りた!
「は、はぁ!?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。ザワつく教室内。俺は急いで窓のほうに行き外を見る。
「に、逃げやがった!」
この教室は二階にある。"俺"はうまく着地したのだろう。平気な様子で校庭を駆け出して逃げようとしていた。
「龍二さん! "俺"が逃げてます!!」
「任せろ!」
そう答えた龍二さんは追う様にして、同じ様に窓から飛び降りる。
……いやいや、いくら二階とはいえ結構高さもあるのに。よく躊躇いもなく下に降りれるな。
"俺"は既に校門を飛び越え学校の敷地外に出ていた。華麗に着地した龍二さんはそれを追いかける。
流石に同じ真似は出来ない。俺は教室を出て階段を降り二人を追いかける。




