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14話 ドジっ子のせいで恥をかきました

「抜け殻事件、ですか……」


 どこかで聞いたことがあるような、何処だったかな……


「──あ」


 思い出した、確か市警のサーバーに潜ったときにその名前を見かけたような気がする。


 事件データに関しては厳重なロックが掛かっていて、潜った時には閲覧することができなかった。


「き、聞いたことないです」


 だけど、そんな事警察の人間に言えるわけねぇ……。「お宅のサーバーに潜って見かけましたよ」なんて言ったら問答無用で手錠かけられちまうぞ。


「だろうねぇ、これ一般人どころか警察の人間でも一部しか知らないし」


 という事は龍二さんも知らないのだろうか。俺は彼に視線を向ける。


 俺の視線に気がついた龍二さんは首を振る、どうやら彼も知らなかったようだ。


「これ、まだ日本で四件しか報告されてないんだけどさ」


 そうして、秋田課長は"抜け殻事件"の概要を語り出した。


 抜け殻事件、その被害者はある日突然ただにこにこと笑うだけの人間と化してしまうらしい。


 話しかけても反応はない、ただ不気味に笑うだけ。でも学校に行ったり、会社に行ったりと生活面においては問題なく行動しているとの事。


 まるで何者かに"魂"を抜かれたかのように、人形の様な不気味な存在となってしまう。


「で、ここからが重要なんだけどさぁ」


 そして、代わりにその被害者と名乗る生体ドールが出現する。


 その生体ドールは被害者の記憶、人格、何もかもを持ち合わせている……


 まるで身体から魂を抜かれ入れ替えられたかの様な、奇妙な事件。


「まんま俺と同じじゃないですか……」


 元の俺がどうなっているのか知らんけど、多分今の話を聞くに心のない人形みたいになっているという事なのか。


「だねぇ、とにかく不思議な事件だ」


 元の体がにこにこと笑う人形と化してしまうというのも、なんとも不気味な話だ。


「でも、それだとさっき課長が言ってたみたいに、後から現れたドールの方がただの作り物って可能性もあるんじゃないすか?」


 と、龍二さんが秋田課長に問いかける。


「それね、上も最初はそう考えていたらしいけど。どうも生体ドールの"中身"が精巧すぎるらしくて」


 中身、というのは単純に身体の中身ではなく人格の話だろう。


 ──というか、もしかしてあるのか? 俺が知らないだけで"作り物"と"天然物"を調べる方法。


 生体ドールや人格設計学という分野は完全に専門外だ。薄っぺらく浅い知識はあるけど……もっと勉強しておけばよかった。


「……なるほど」


 わかった様な、わからない様な雰囲気の龍二さん。


「で、なんでそれを課長が?」


 彼はそう言葉を続ける。確かに、なんでこんな場末の追い出し部屋みたいな場所で燻っている彼がそれを知っているのだろうか。


「ウチに回ってきたから」


 と、即答する秋田課長。


「はぁ……またっすか」


 龍二さんはため息をつき、頭を抱える。


「……ん? どういうことですか?」


 回ってきた、というのは言葉の感じからして。この課がその事件の捜査を行うという事だろうか。


「あー、葵には言ってなかったな。特犯課(ウチ)はさ。誰もやりたがらねぇ面倒い事件ばっか回ってくる場所なんだよ」


 あぁ、なるほど。要するに"押し付けられている"訳か。


「ウチの正式名称は"新京市警・特殊犯罪捜査課"、その名の通り特殊犯罪(めんどうな事件)を扱う部署だよ」


 聞こえはいいけど、雑用係みたいなもんかな。多分。


「ま、一応ウチにはその手のスペシャリストもいるから。適任っちゃ適任かも知れないけどねぇ」


 スペシャリストか、この部屋には居ないけど。まだこの課には他にも人員がいるのだろうか。


「とにかくさ、その件もあるから。今葵君がウチに転がり込んできたのはまさに鴨がネギを背負ってきた状態なのよ」


 ──それ、ちょっとニュアンス違くないか?


 と、その時だった。特犯課のドアが悲鳴の様な音を立てて開かれる。


 あまりの喧しさに、ちょっとビクッとしてしまった。あのドアちゃんと直した方がいいだろ……


「上郷歌恋!! 再び戻りました!!!」


 喧しい名乗り口上。ってか、なんか居ねえな思ったら外に行ってたのかこの人。


「どこ行ってたんだよ」


 龍二さんが彼女にそう聞く。


「なんか話が難しくてよくわからなかったんで!! 外のコンビニ行ってましたー!!」


 ……この人、ホントに警察官?


「はい、葵ちゃん!」


 と、彼女はエコバッグと思わしき袋から何かを取り出して渡してくる。


「ど、どうも」


 手渡されたのは、美味しそうなハンバーガー。まあ100%人工肉だけどね。本物の肉なんて希少すぎて今日日まともに食えやしない。


「飲み物もあるよ〜」


 そうして、ペットボトルのジュースを紙コップに注いだ上郷さんはそれを持って再びこっちにやってくる。


 俺はそれを受け取ろうとするが──


「あ……」


 彼女は床に落ちていたガラクタに足をとられ、こけてしまう。そうして宙に舞う紙コップ。


 バシャア……と、ジュースをモロに浴びてしまう俺。


「ご、ご、ごめんなさい葵ちゃん!!」


「大丈夫っす、あーびしょびしょ……ジュースももったいねえ」


 上郷さんは慌ててタオルを持ってくる、だが彼女は俺の側にきてピタッと止まる。


「……葵ちゃん、もしかして下着とか着てない?」


「え、なん──」


 そこで俺はようやく事態に気がつく。ジュースをモロ被りしてびしょびしょになった俺。ワンピースが透けて"大事な部分"がちょっと見えてしまっていた。


「〜〜〜〜〜ッッッ!!!」


 自らの身体を抱きその場にうずくまる俺。いやいやいやなんの羞恥プレイですかこれ!!


「見てないから、見てないから大丈夫だ」「……」


 必死になって否定する龍二さんと、何故か黙ってるタヌキオヤジ。


 そうして、俺は生まれて初めて裸を見られて恥ずかしがる女の子の気持ちというものを知ったのであった。


 ──いや、男だって裸見られるのは嫌だ。でもなんかこう……ちょっと違うムズムズした感じ。


「……み、見ないでください」

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