13話 抜け殻事件
「あ、ごめんごめん名乗り遅れたね。僕は秋田秋男、一応この特犯課の課長をやらせてもらってるよ」
小太りのおじさんが立ち上がり俺の方にやってくる。俺は反射的に上郷さんの陰に隠れてしまった。
「……ごめん、僕何かした?」
「すみません、反射的に……」
悪気はなかった、防衛本能が働いただけなんです。
「にしても、やっぱりそっくりだね。うーん、ホントに新橋くんが特注した訳じゃないの?」
「殴りますよ課長、さっきから説明してるじゃないですか」
どうやら俺の事を秋田課長に説明していたようだ。一体どう説明したのだろうか。
「君は男なのかい?」
課長はズバリと聞いてくる。
「課長、ついにボケたんですか? どっからどう見ても女の子でしょうが!」
上郷さんの鋭いツッコミ。だけど多分、秋田課長が聞いているのは──
「ボディじゃなくて中身の話だよ、君の魂は作り物じゃないそうじゃないか」
そこまで話したのか……
「ど、ど、ど、どういう事ですか!?」
話についていけないのかあたふたと慌ててみせる上郷さん。
「……そうです、自分は男だったんです」
「それを証明できる術はある?」
しょ、証明? そんな事いきなり言われても。
「あ、天海葵というのが元の俺です。調べて貰えば──」
そうだ、元の俺はどうなっているのだろう。普通に考えれば中身が抜けたまま放置されているとかだろうが……
「ふむ、天海葵君ね。もう少し詳しい情報を教えてくれないかな」
そうして俺は自分の身分や住所などを伝えた。
「マイ君聞いてた? 今ので戸籍情報に検索かけてみて」
と秋田課長が、手の平を耳に当てそう呟く。今の会話を何処かに流していたのだろうか。というか"マイ"という名前どっかで聞いたことあるような──
「あー、ありがとう。いつもながら仕事が早いね。関心関心」
手の平を下ろす秋田課長。そうして彼は再び俺の事を見据える。
「確かに"天海葵"という人物は存在するようだね。新京市第四高等学校の三年生、彼は今日も元気に学校に登校しているみたいだよ」
「……え」
一瞬、彼が何を言っているのか分からずに混乱した。
「いやだって、俺はここに……」
「それって本当に君なの〜?」
どういう意味だ? 一体何が起こっている? 何故"俺"は学校に行っている?
「あ、嘘は言ってないよ。ちゃんとマイ君が君の学校に問い合わせてくれたから」
「ソイツは偽物です! だって"天海葵"は俺ですから!」
きっと何者かが俺に成り代わって──。いや、どうやって? なんの目的で?
「君は"天海葵"という人格データを設計され、彼から抜き出された記憶データを持つタダの生体ドールなんじゃない?」
ズバリと、確信を突くような事をサラッと言ってみせる彼。
「それは……」
否定しようと思ったが、否定しきれなかった。確かにそういう可能性もある。今までなるべく考えない様にしていたが。
「課長、御言葉ですが俺には葵が嘘を言っているようには──」
と、龍二さんが助け舟を出してくれるが……
「そりゃ、本人にとっちゃ"嘘"じゃないからねぇ」
「ぐっ……」
押し黙ってしまう龍二さん。
「……」
俺も黙ってしまう、この課長。見た目の割に鋭いとこを突いてくる。抜け目のないというか、かなりやり手なのが伝わってくる。
──自分が本物である事の証明、確かに不可能だ。なら俺は何者なんだ?
もしかして秋田課長が言う通り本当に作り物なのだろうか。
「……ッ」
だけどそんな事認めたくない、こういうのは理屈じゃない。心がそう叫べと言っている。
言ってやろうじゃないか。もう我慢の限界だ。こんな変なオヤジに言われっぱなしなんてイヤだ。
「……あの、すみません」
「どうかした?」
そう、もう我慢の限界だった。
「……トイレ借りてもいいですか?」
俺の膀胱は決壊寸前だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……んぁっ!!」
まずい、変な声を出してしまった。パンツ履いてない所謂"ノーパン"状態だから丁寧に拭かなきゃいけないというのがアダになったッッ!!
「聞かれてないよな……?」
まあ流石にあのオヤジや龍二さんが少女のお花摘みに聞き耳立てる人間ではないと思いたい。
「不思議な感覚、ああいう風に出るのか……」
全く未知の経験だった。まさか生まれて初めて見る異性の放尿シーンが自分のものになろうとは。
「はぁ、にしてもあのオヤジ。あんな温厚そうなツラしておいて痛いとこをズバズバと。とんだたぬきオヤジだな……」
小を流し、トイレを出る。手洗い場で手を洗いながら鏡で自分の顔を確認する。
「……お前は俺だよな」
俺はワンピースをぴらりと捲り上げ、太腿の内側に刻まれている"刻印"に目をやる。トイレに座っている時にも、嫌でも目に入ってきた。
「俺は何に巻き込まれてんだよ……」
そう呟き特犯課の部屋に戻る。
「葵、大丈夫か? なんか凄え大きな声が──」
「気のせいです! 気のせい気のせい!!」
そんな事よりさっきの話の続きだ。
「……俺は天海葵です。証明する方法は今のところないですけど。心がそう叫んでいます」
明確な根拠なんてない。だから俺は自分の心を信じることにした。
「心ねぇ、まさかそんな感情的な方向に持ってくるとは」
頭をポリポリとかく秋田課長。
「うん、じゃあ僕も信じるよ」
「……え?」
なんだが意外だ。あれだけ疑ってかかっていたのに。
「葵、すまんな。このタヌキ……いや、課長は一番重要な事を隠してやがった」
と、龍二さん。重要な事とは一体──
「……"抜け殻事件"って知ってるかな?」
そうして、秋田課長は語り始めた。




