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授業・極北地


「えー、では今回はすこし人数が多いのでいつもと勝手が異なるかもしれませんが、なんとかがんばっていきましょう」


 アカの自らに言い聞かせるような授業開始の合図に「はーい」と声を揃えたのは弟子の三姉妹。

 クロとアオとキィ、その三人が教室にて行儀よく座している。

 そして。


「ん。シロのやつはいねぇのか?」

「彼女は今回、留守を守るそうですので」

「あー。らしいっちゃらしいな」


 苦笑するハズヴェントもまた三人の後ろで席に座っていて、それが妙に似合わない。机のサイズが小さいし、座り方が乱雑で、なにより面が勉学と程遠い。


「いまなんか失礼なこと思わなかった?」

「いえ、まったく」

「ふふ」


 さらに、その横にもうひと席。


「いやぁ、アーヴァンウィンクルさまのお屋敷に招待されただけでなく、ご教授を賜れるだなんて感激だねぇ」


 ジュエリエッタもまた、そこにはいて。

 本日は極北地に向かうことが決まったこのメンバーでの授業であった。


 その内容はもちろん向かう先――極北地のこと。

 過酷な土地であり、竜が住まい、人のあるべき場所ではない。しかし、それ以上の知識について深く知る者は少ない。


 なぜならそこに実際に足を踏み入れ、環境内情を知っているのはこの世界広しといえども数少なく、そのひとりが赫天のアーヴァンウィンクルその人である。


「これから極北地について説明をさせてもらいますが、説明を聞いて怖くなってやっぱりやめたと思っても、それは恥ずかしいことではありません」

「……」


 はじめる前に弟子らに向けてアカは真剣な眼差しを向ける。

 これまでのように容易くはない。万全ではない。それを伝えるべきであった。


「私はあなたがたの意志を尊重して同行を許可はしましたが、しかしそれは本来ならば無謀な突撃であるという事実を知っておく必要があります。国と協会がそろって禁足地として指定したその危険度、理解した上で赴いてほしいのです」


 できるだけ厳格を意識して諫める言葉を並べるも。


「……それおれも?」

「いえ、あなたは別ですが」

「ひでぇ」


 茶々をいれたのはハズヴェント。

 こっちとしては弟子らに危機感というか、この事態への恐怖心とそれに勝る克己心を持っていてほしかった。

 無知であることで無謀は可能だが、知ったうえで立ち向かう勇気がここでは試される。


 なのにそんな気安く軽口で場を和ませるのはいかにも緩くはないか。

 ハズヴェントにも言い分はある。笑って。


「旦那は厳めしくしようとしたってできねぇよ。いつも通りでいいぞ」

「……む」

「誰もあんたの言葉を軽んじたり、疑ったりなんざしねぇよ。気楽に頼ま」

「そういう心配をしていたわけではないのですが……」


 とはいえ、気張り過ぎだという意見にはぐうの音もでない。

 先達がそんなザマでは、ついていく者たちに悪影響になりかねない。


 こほんと咳払いひとつで、なんとかいつも通りを思い起こす。


「極北地、それは人が未だに支配できていない唯一の大陸です。

 文字通り北の果てにあり、極寒の地であり、生物や植物なども存在しないと言われています」


 険しく、厳しく、荒れ果てた。

 世界の果ての荒涼たる人類未制覇の土地。

 人の立ち入るようなところではなく、生物の住まうようなところでもない。


 踏み入った者はごくわずかの例外を除き帰ることはなく、帰った者も再度赴くことができたのは史上で五人に満たない。

 面積などは外周を巡って把握できているが、その内部がどのような場所なのかも正確には不明瞭。

 ある生き残った有名な冒険者の証言では――そこは地上に現れた地獄コキュートスであると。


「そういう、環境的にまず過酷でありまして、しかしかの地において最も恐るべきはそれですらなく――」

「竜、だね」


 ジュエリエッタの合いの手に、アカは頷いて。


「はい。極北地にのみ存在する特殊な魔獣。強大なる個でありながら、群れて集う軍」

「……その」


 クロがいささか飲み込みづらそうに。


「竜っていうのは、ええと。わたしとしては御伽噺とか絵本とか、あとは冒険小説なんかでしか知らないんだけど、そういうのの描写通りなのかしら」

「ええ。大きくは書の通りだと思いますよ」


 巨大で、翼を負い、炎を吐く怪物。

 振るう爪は鋭く、煌めく牙は鋼すら噛み砕く。知性を有し、言葉を解し、人を騙くらかしもする。

 とりわけ恐ろしいのは、個体によっては魔術すら行使しうるということ。


 絵本の通りに、全身これ戦闘に特化した最強の魔獣である。


「じゃあ、魔術も効かないの?」


 いつだか読んだ書に、そのような記述があったのを覚えている。

 曰く――竜は剣を弾き魔術を遮断する。如何なる方法でも傷つけることは叶わないと。


 アカはゆるく首を振る。


「いえいえ。流石にそこまで万能ではありませんよ? とはいえ、彼らの竜鱗は確かに硬質であり、大抵の武器では無意味ですし、魔術も一定以上の精度がなければ有効ではありません」

「旦那なら貫けるんだろ?」

「それは、はい。可能です」

「じゃ、安心だ」

「……おそらくあなたでも問題なく打倒できますからね、ハズヴェント」


 人に押し付けようという魂胆が見え見えなので、アカは釘を刺しておく。

 サボろうとしたってそうはいかない。


 そこで、クロはすこし安堵のようにいう。


「ハズヴェントが大丈夫なら勝てそうね!」

「どういう意味だ、クロ」

「でもなんかなんとかなりそうな気はしてきたな」

「アオ?」

「センセよりは、確かに」

「キィまで!? おれってどういう評価なの?」


 竜を倒せるハズヴェントすごい。ではなく、ハズヴェントでも勝てる竜しょぼい。

 そのような結論に至るあたりに、ハズヴェントの評価は知れるというもの。

 まあハズヴェントが真面目に戦っている場面を見たことがあるのはアカだけなのだから正当な判断は難しいのだろうが。


 性格的な意味での先入観のないジュエリエッタだけは、だから無知を自覚していて首を傾げる。


「ワタシとしてはアーヴァンウィンクルさまに随分と評価されているように聞こえるが。きみ、そんなに強いのかい、ハズヴェントくん」

「ありゃ無茶ぶり振ってるだけだろ……おれぁそこそこだ、そこそこ」

「ふぅん?」


 軽口のような謙遜のような。どちらともつかない。

 どうにも食えない御仁らしい。

 ジュエリエッタはハズヴェントへの印象をどこか持て余して定められずにいた。


 余談ばかりに花を咲かせていても実りは少ない。

 アカは注目を集めるように手を打って解説を再開する。


「と、まあ、ここまでは書を紐解けばわかる知識ですが……ここからは、私の知る知識を披露させていただきます」

「……」


 沈黙でこちらの話に傾注していることを確認してから、口を動かす。


「まず、竜とはなにか?

 それは神話魔獣が一柱――樹魂竜魔アンフィスバエナの眷属です」

「!」


 驚愕は、それぞれに深度が違う。

 アカの爆弾発言に慣れたハズヴェントなどは浅く、それについて知識をもつジュエリエッタは深く。

 そして、弟子らはかの神話魔獣について、そこまで詳しくないがために浅くも深くもなく単純に驚くだけ。


 そも、神話魔獣樹魂竜魔(アンフィスバエナ)とは?


「ジュエルさん、おそらくこの場で最も一般的に彼のことを知っていると思うのですが、知っていることを話していただけますか」

「たしか、極北地を縄張りとしていると噂だね。竜族の、王として」

「待った待った。あたしは神話魔獣のところから説明がほしいんだけど。あれこそ御伽噺じゃなかったっけ?」


 アオの挙手に、先に答えたのはキィ。


「えっと、神話魔獣っていうのはたしかセンセの御伽噺にでたすっごく強い敵役だったよね? 三天導師がやっつけたー、みたいな話があったはず。でも、何体かは生き残ってて、そのひとつで有名なのが樹魂竜魔アンフィスバエナ……なんじゃなかったっけ」

「その通り、正解ですキィ」

「えへへ」


 していると、今度はジュエリエッタがうかがうようにして前のめり。


「アーヴァンウィンクルさま、せっかくなのでワタシからひとつ質問してもいいかな。今の話題と関係のあることなんだ」

「ええ勿論です」


 質問は都度受け付ける。

 疑問を残したまま話を進めても集中しきれないかもしれない。

 話の腰を折る、ということに関してはもはや今更だろうし。


「では、失礼して。

 ワタシは天空そらから物語の大ファンなんだが……」

「ええと。はい」


 言い難い苦笑で頷いて。


天空そらから物語において、有名な描写のひとつとして三天導師が神話魔獣のほとんどを滅ぼした、というものがあるじゃないか」

「はい」


 三天導師がこの世に現れるまでの長い時代、神話魔獣は真に最悪の災厄であった。

 しかしキィも先に述べたが――御伽噺に曰く、三天導師の出現により百八もいたという神話魔獣を八体にまで減らしたという。


 そういう御伽噺であって、しかし。

 ジュエリエッタは意を決して直接にそれを問う。


「あれは……事実なのかい?」

「ええ、まあ。そうですね、事実です」

「おぉ……御伽噺の、神話の、歴史の、その真相に今ワタシは触れている……!」


 妙な早口とテンションで高揚するジュエリエッタである。

 彼女は三天導師のファンであった。


 とはいえ、神話魔獣とは現代の認識では三天導師と同じく御伽噺の存在で、実在しないものとされている。

 それを実際に百八体存在し、かつ滅ぼして八体にまで減らしたということを当事者から聞かされては誰でも驚き感嘆する……かもしれない。


 神話のどこまでが事実なのか。御伽噺のどこまでが本当にあった事柄なのか――神秘と謎に満ちた歴史の裏側。

 それの答え合わせが可能となれば、世の歴史家たちからすれば垂涎ものの授業であろう。そのことにこの場で気づいているのはジュエリエッタだけであるが。


 まるで自覚のない生徒のひとり――クロはさほどの感動もなく、そういえばと思い出したように。


「えっと、神話魔獣っていうのは、あれよね。こないだ見た……巨影山魔デイダラボッチとかいうののお仲間よね」

「そうですね、あっていますよクロ」

「……ちょっと待って」


 またストップがかかる。

 アオはわけがわからないといった顔つきで。


「なに、え? クロ、この間見たってなに?」

「なんか夜に目が覚めて外に出たら、先生がシロと見物してたわ」

「それあたしも呼んでほしかった!」

「わたしも……」


 キィでさえ口を挟んでしまう。

 アカは片手で頭を抱え。


「こらこら、話がどんどん逸れてしまっていますよ」

「それは先生のせい!」

「ぅ」


 やはり大人数で授業をするとなるとどうしても収拾がつかないで話題がコロコロ変わっていってしまう。

 それを取りまとめることのできないのは先生として教壇に立つアカの実力不足か。


 なんとか気を取り直して。


「話を……話を戻します。一旦、私の話を聞いてください。

 樹魂竜魔アンフィスバエナについて、です」

「「「はーい」」」


 言えば聞いてくれる素直さは、ずいぶんと助かるものだ。

 

 これより赴く極北地において、最大の敵。最も警戒して恐れるべき存在。

 彼について説明できずにあそこに向かうというのは、アカとしては避けたい事態であった。


「先ほど、ジュエリエッタさん――」

「ジュエル」

「――ジュエルさん。は縄張りと言いましたが、実はすこし違いまして。


 事実は、私が彼を極北地に封じ込めたというのが正しいのです」


「え」


 そこでジュエリエッタが目を見開く。


「どっ、どういうことだい、アーヴァンウィンクルさま。あなたが、封印を選んだ……?」


 ことの事実ではなく封印を選択したことに、ジュエリエッタは驚いている。

 なぜならそれの意味するところは。


「では、樹魂竜魔アンフィスバエナは、あなたをして倒すことのできない存在だと?」

「いえ。彼を倒すことは可能です。ですが、殺し切るのは難しい」

「?」

「順番に説明しましょう」


 その言い回しにはジュエリエッタだけでなく、全員が疑問符を浮かべている。

 アカは、根本的なことから。


「彼のもつ特異な能力の名を「分魂統魄(ストック・スプリット)」といいます。

 それの特性は自らを分け、新たな竜を生み出すこと。そういう異能を彼は保持しており、そしてその異能によって無数の自分ドラゴンを生み出しては増殖を続ける災害、それが樹魂竜魔アンフィスバエナです」

「なにそれ、自分を増やしてるってこと?」

「ん。どっちかって言えば分裂じゃないのか?」

「株分けとか?」


 口々に言う弟子らに、アカが丸をつけたのはキィ。


「キィの解釈が最も近いと思います。その存在としての根幹は同質でありながら別の個体として分離し、それでありながらひとつの親をもつ」

「自分じゃないってことは、子供とかで考えていいの?」

「完全に同質の存在を子供というのは憚られます」

「じゃあ、やっぱ分裂じゃんか」

「ひとつを分けているわけではなく、自分を親として自分を作っています。確固として最優先個体を設定した分裂、と考えれば分裂でもいいのですが」


 分裂体には株分けの異能は備わらない。最優先個体が唯一それを保持する親の個体。


「……やっぱり親子みたいに聞こえる」

「むずかしいなぁ」

「ともかく竜を増やす竜ってことな」


 頭を抱えるクロとキィをしり目に、アオは簡潔に納得を示す。

 そこらへんは確かに複雑で、アカだって完璧な理解をしているかは自信が薄い。


 ともかく、アオの結論した竜を増やす竜で話を進めるとして。

 クロはいう。


「でも、本体は一体なのよね? 増える能力をもってる奴を倒せばそれでお仕舞いじゃないの?」

「いえ……もしも本体が死んだとしても、本体の魂は別の個体に移るのです。故、全てを滅ぼし尽くさねば、再び増殖してしまう」


 それこそが樹魂竜魔アンフィスバエナの厄介なところ。

 件の最優先個体が滅んでも、また別の個体がその役割を引き継ぐのだ。どれだけ離れても自我を移譲され、株分けの異能も移り行く。

 樹魂竜魔アンフィスバエナは身体が変動するだけで己というアイデンティティを残存させる。


 だからこそ全ての個体を根絶するほかに打倒が不可能なのである。


「そういう魔獣がいるって聞いたことはあるけど、基本的に弱いものって聞いたけど」


 魔獣について、幾度か討伐に出かけたことのあるアオならではの知識だ。

 分裂する魔獣は、樹魂竜魔アンフィスバエナだけではない。だが、本体を引き継ぐ能力は彼の唯一無二であろう。

 さらに彼は神話魔獣。単体でも恐ろしく、その眷属でさえ、最強の魔獣とされるほどの強度を誇るという恐怖。

 数の暴力に質が伴ったらどれほどの恐怖になるか。

 苦々しく、ハズヴェントは吐き捨てる。


「厄介だな」

「そのため、私は彼を人の存在しない極北地に封じ込めました」


 ジュエリエッタがここで問いを。


「……それ、先ほども聞いて思ったのだけど、あの大地に結界でも張ってあるのかい」

「ええ」

「でも、あそこを出入りしたという話は幾らか聞くよ? たしかに樹魂竜魔アンフィスバエナが北から出ないとも聞いたが……」


 極北地はドラゴンの住処であり縄張り。

 だから彼らはそこからわざわざ出たりはしない――というのが通説であったのだが、実は封じられていたという衝撃的な事実はさておき、けれど封印に疑問が残る。

 その疑問の答えは――


樹魂竜魔アンフィスバエナだけを封じる結界ですので、他のなにものにも影響ありません」

「あっ、はい」


 ストレートに理解不能レベルに高度な術式であった。

 元九曜をしてそんなことできるんだ……と頷く他ない。


 できるからこそ三天導師。

 それだけで納得せざるをえない圧倒的説得力である。


「ねぇセンセ」

「はい、どうしましたキィ」

「閉じ込めてるっていったけど、なんで閉じ込めてるの?」

「そうじゃん。閉じ込めができたら、もう倒せそうじゃない?」


 アオも同じ疑問に辿り着いたのか、同調を見せる。


「たぶんだけど、センセの張った結界って、その樹魂竜魔アンフィスバエナの本体の移譲を妨げる結界なんじゃないの? じゃないと、閉じ込める意味ないもんね」

「ええ。その通りです。かつて彼と対峙した際に、倒しても倒しても次々に身体を入れ替えることに業を煮やした私は、彼の能力を遮断する結界をその場で編み出しました」

「その場で……」


 いや、気軽にそんな超高等の魔術を作り出せていいのか?

 しかし他を見渡してもゲンナリしているのはジュエリエッタだけで、あぁ慣れていないのは自分だけなんだなと謎に落ち込んでしまう。

 

 アカは続ける。まさしく文字通り神話の御伽噺を。


「結界を敷けばこちらのものです。あとは手当たり次第に竜を潰していけばいずれは本体を抹殺できますからね。

 ところが……」

「ところが?」

「……その」


 ちらと、なぜかアカは気まずげにハズヴェントを見遣る。

 当人はなぜこちらを見るのかわからず不思議そうにするだけ。


 黙っていても進まない。

 アカは目線を逸らしつつ心もち早口に、そこはかとなく声を絞ってそれをいう。


「彼が、もう悪さはしないから許してくれと……」

「はい馬鹿! 旦那、馬鹿! なにクソ白々しい嘘に乗せられてんだよ、コラァ!」

「ぅ……やはり、嘘ですかね?」

「嘘に決まってんだろぅが!」


 ぴしゃりと断言されて、アカはちょっと気落ちしてしまう。

 過去の行いをそう力強く否定されてしまうと割と凹む。

 だから言いたくなかったのだ。

 アカは子供のようにそんなことを思ったが、流石に弟子らの前では言葉は控えた。


 ハズヴェントの怒りは冷めやらぬ。


「あー。あー。まったく、なに? そのクソ戯けた嘘っぱちに騙されてトドメを刺さずに放っておいたってこと?」

「そう、なります」


 首肯はしても逆説もする。


「ですがもう悪さはしないと約束しましたし、極北地から出られないように結界は敷いたままですし、本当に嘘だったかはまだわからないですよ」

「でも北に行ったやつら皆殺しにしてんじゃん」

「いえ、それは縄張り争いでしょう。生物として当然では?」

「人間が殺されてもか」

「それは……胸が痛い話ですが、そこまで私は人間側に偏って肩入れしているわけでもありませんし」


 いちおう、アカとしては人間同士の争いに関わらないようにしているし、目立たずに過ごしている。

 それと同じことで、人間と魔獣の争いにも大きく触れはしない。

 人の世とあまり近づきすぎないようにと気を付けている。


 とかなんとか言っておきながら、目の前に困ったひとがいたらすぐに助けに入るあたり、割とアカのスタンスも確固たるものとはいえない。

 今回の極北地へ向かう件にしたって、秘匿案件とはいえだいぶ人の世に干渉している。


 そこらへんの政治的感覚というか、匙加減についていまいち頼りないのは彼の弱点のひとつであった。

 線引きしているつもりで、ちょくちょくその線を越境している。感情的なのだ。


 その感傷的な性質であるからこそ救われた者だっている――この場の誰もがそれを否定したりはしない。


 ハズヴェントだって、別に彼を責め立てたいわけではない。自身の立場や影響力は弁えて欲しいが。

 ため息ひとつで、とりあえずは引き下がる。


「はぁ……まあ、わかったよ。百万歩譲って、嘘かどうかはこれから行ってみて確かめるってことで」

「そんなに譲らないといけませんか」

「そーだよ」

「はい……」


 まず間違いなく十中八九、百発百中で嘘っぱちであるけれども。

 それでも、アカが信じたのなら、完全に断言することだけは避けておく。


 そこでクロがすこし笑った。


「でも、本当に改心してくれてたらいいわね」

「あ、たしかにそうだね。今回いくのにすっごい楽になる」

「うん。それに、センセもハズヴェントに怒られないですむしね」

「あ、キィ。べつにおれは怒ってるんじゃなくてだな……あれだ、叱ってやってんの」


 子らにはタジタジとなるハズヴェントであるが、横合いからもまた笑い声。

 ジュエリエッタは目を細めていっそ戦慄の眼差しで半笑い。


「やはり君は恐ろしいな、ハズヴェントくん」

「あ?」

「アーヴァンウィンクルさまを叱ることのできる人間なんて、この世に一体どれだけいるのかな」


 ハズヴェントは返答に窮し、への字に口をゆがめることしかできなかった。

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