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授業・精霊


「精霊について、すこしだけお話をしましょうか」


 切り出したアカの声はどこかいつもと違って硬質で、目つきは愁いを帯びていた。

 なにか精霊という存在に思うところがあるようだが、それとは別に授業は進行する。


「精霊という存在を、クロ、あなたは知っていますか?」

「ええと、童話とかででてくる、魔力でできた命、だったかしら」

「一般的な知識ではそうです。ですが、それは確かに実在します」


 精霊は一般的にその存在を疑われていた。

 三天導師に近しく、ありえざる存在とされていた。


 だが、当の御伽話の魔法使いは、同じく御伽噺の生命の実在を語る。


「人によって染色された魔力を放出――つまり、魔術を使った際、その周辺の空間魔力――マナにも色が滲むものです」


 これを魔術による残色現象という。

 とはいえその名称は大事でもないので伝えず進める。


「水槽の中に少量のペンキを垂らしたら、わずかの間だけその色が浮かび、やがて霧散していきますね? それと似ています」

「魔術がペンキで、水槽の水が空気中の魔力ってことね」

「はい。並大抵の規模の魔術であれば、世界の広さに色合いもすぐに溶け込んでしまうものですが、一定値を超える多大な染色をされた魔力が撃ち込まれた際、色が残存することがあるのです。それも長期的にです」

「それって、つまりどれくらいの規模なの?」

「そうですね……まあ、すくなくとも月位ゲツイに達した方でもないと、秒単位で霧散するはずです」


 つまり現代における最高峰の術師の一撃でもないと発生しえない稀な現象。

 もしくは神話の魔獣たちならば、それを引き起こす可能性をもっているか。


「こうして長期間残存した色を帯びた空間魔力マナは、けれど周囲の無色の魔力によっていずれは削れて失われるものです。ほとんどの場合は、ですが」

「じゃあ、違う可能性もあるのね」

「はい。偶発的に同じように残存した色魔力の塊同士、これがかち合う場合にのみ例外が起こります」

「それって、近くで大魔術が複数撃ち合った時ってこと?」

「多くはそうですね」


 いや大魔術の撃ち合いとか、その現場非常に恐ろしいのでは。

 大魔術が破壊だけを意味するとは限らないので、クロの想像はすこしズレているのだけれど。


「色と色が混じり合い、染色された魔力は大きくなります。これが幾度か繰り返されるという奇跡が起こった時、精霊という存在が産み落とされるのです」


 本当に本当に奇跡的な確率ではあるが――長い歴史と広い世界は、そんな奇跡をときどき起こす。


造形キイ魔術が肉体を作り、生命アカ魔術が動力となり、自然アオ魔術が動力を伝達し肉体を稼働させる。そうして生命として確立させます。これにより、魔力による疑似的な生命となります」

「……なにもないところから、命が生まれる?」

「疑似的な、ですけれどね」


 ぎじてきな、とクロは同じ言葉を口の中で繰り返す。

 不慣れな単語に不可思議を覚えつつも、さらに大きな疑問が先立つ。


 疑似的な命――それは、そのような存在は。


「それって、その……心とか、そういうのはあるの?」

「……」


 すこしだけ、悩むような間をおいて。

 慎重に返答をする。


「確かなことはわかっていません。ですが、対面し相対したときに、その反応は人のそれとなんらの変わりもありません」


 言葉を交わし、触れ合い、感情を伝え合った。

 そこに差異などありはしなかった。

 アカの経験、いや思い出のなかの精霊という存在は、そうだった。


「じゃあ、やっぱり心はもってるんだ」

「おそらくは。もしくはそれに近しいなにかがあるか、でしょう」


 そもそも人にある心でさえ、アカにはうまく説明できる気がしない。

 ひどく観念的で抽象的な概念であるために、長く生きたところで結論はだせていない。


 だから、語るのはどうしたって説明的な誰かの意見。


「いちおう、最も有力な理屈は、魔力には術を放った術師の情報が多少なり含まれているので、それらの情報が重なり合って自我を生むというものです。また大本が人間である以上、その形や精神性は必ず人のそれと酷似するとも」


 それ以外の情報も組み込まれはするが、やはり大抵は人間のそれが構成因子として過半を占めるから。


「なるほどね。なんとなく納得できるわ」


 太源に基づいて反映されると考えれば、クロには得心がいく。

 だが、べつのところで眉根を寄せる。


「でもそれってすっごい偶然に偶然が重なってようやく生まれるかどうかなんでしょ?」

「はい。ですから、精霊種は現在ではほとんど存在しないはずです」

「でも、いないわけじゃない」

「彼らは一度生まれさえすれば、そこから長く生きますので」

「あ、やっぱり寿命長いんだ」

「そもそも寿命は事実上存在しません。ただ肉体は薄く、自ら構築せねば酷く軽く、場合によっては簡単に砕けてしまうそうです」


 まあ、砕けても自在に再構築できるので、彼らを真に殺すのならば魔力を消耗させるか、もしくは精霊すらも消し飛ばすような強大な魔術をぶつけるかしかない。

 しかし。


「精霊たちはその発生の仕組み上、魔術という現象に関して非常に密接な存在です。彼らは生来からして当たり前に魔術を使いこなし、その規模は人類の比ではありません。比べるのなら神話の枠組みでしょう」

「すっごく強いってことね」

「端的に言えば、まあそうなります」

「先生より?」

「それはわかりませんね、敵対したこともありませんので」


 ああ、その言い分だと、やはり……。

 クロは目を細めて言葉を撃つ。


「先生は、精霊と会ったことがあるのかしら」

「……あります」


 若干言いづらそうなような、どうせ聞かれると思っていたような複雑な感情が見え隠れする。

 アカはあまり深くは言いたくないようで、踏み込まれる前に先に口を動かす。


「いえ、まあ精霊に出会うことはまずありえませんので……ありえたとしても気づけない場合がほとんどです」

「気づけない? そういえば、精霊って、外見上は人に近いのかしら」

「ええ。ひとから生まれるわけですからね。そのため、見分けは難しいでしょう」


 御伽噺の存在としてその実在を疑われている現状こそがその困難さの証左と言えよう。

 視覚情報ではなく、魔力的な感覚で認識するにしても特に鋭敏な術師で、かつそれの違いのわかる者でなければならない。

 いや、クロほどの第六感ならばあっさり見抜くのかもしれないけれど。


 問題は、精霊のほうではない。

 精霊を求める、人間のほう。


「精霊を探そうなどと思ってはいけませんよ? 彼らは彼らで一生懸命生きている、それを好奇心で邪魔するようなことをしてはいけません」

「ん、そうね。珍獣みたいに扱うのは、失礼よね」

「……」

「なによ。もしかして、そういう人がいたのしら」


 短い沈黙からも意味をくみ取れる辺り、この授業もそれなりに長く続けているのだと気づく。

 アカは重く頷く。


「精霊という存在は人を超越している――故に、それになろうとした人が、かつていました」

「精霊に、なる? なれるものなの?」

「……わかりません。けれど、人はそれを目指しました。天位テンイとはまた別の頂点として」

「でもそれって人をやめるってことじゃないの? それって、怖いよ」

「その恐怖は大事ですよ。自らが自らであろうとする心の表れですから」


 逆に言えば、自分を捨ててでも上位存在へと登ろうとする者どもの厄介度合は計り知れない。

 クロの恐れこそが正常なのだ。


「身の丈に合わない高望みは、己の破滅を招く……精霊になろうとした者たちはそのほとんどが失われています」

「なんか」クロはジト目で「先生って、いつも含みをもたせるわよね」

「事実を偽ることはできませんので……」

「いるのね、生きてるひとが」


 クロの鋭さに、アカは脱帽である。


 精霊に転じようとした――否、させられかけて、未だに生きている者は確かにいる。

 けれど。


「それについては、ひみつとしましょう。授業で個人の事情を語るというのも、脱線ですから」

「まあ、そうね。好奇心で邪魔しちゃまずいわね」


 言った言葉を正しく返され、アカは苦笑するのだった。



    ◇



「でも」

「どうか、しましたか」

「それはこっちの台詞。どうしたの、急に精霊のことなんて。今までとなんか違わない?」

「……それは」


 これまでは魔術についての授業がほとんど。他には一般教養などがせいぜい。

 そのなかで、ふと急に違うテーマが上がって、すこしだけ疑問に思う。

 そういうところ鋭い淑女に、アカは躊躇いがちに笑う。


「すこし、必要になるかもしれない知識なので」

「……ふぅん?」


 またなにかあるのだろうか、クロは漠然とした予感を覚えるのだった。

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