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43 魔術師協会会長


 魔術師協会。

 そこは大勢の魔術師が所属し、組織としての規模は世界最大であるとも言われている。

 彼らを束ねる協会の幹部は伝統的に五名であり、その上に、すべての頂点として会長職の魔術師が存在する。


 今代におけるその魔術師は先代の一人娘にして月位の位階にありながら、若干三十四歳という異例の若さ。

 魔術師協会第二十九代目会長――その名をシュレーア・ロズウェルトという。



    ◇



「会長就任、おめでとうございます」

「……さすがに、驚きます」


 魔術師協会本部、その会長室にて執務を行っていた女性は顔色を変えずにひとまずそう述べた。

 突如として出現したドアが開き、その向こうから白いローブをまとった青年が顔を出したというのに、だ。


 そこはシックな執務室。

 ほがらか日差しを受け取る大きな窓、調度品の数々――まではいいとして、奥に配置された仕事机が強烈に部屋の雰囲気とそぐわない。

 その机は、おそらく非常に部屋の内装にマッチした上等なそれであったのだろう。

 けれどそれをうかがい知ることは今や不可能となっている。


 机は、おびただしい数の書類に埋もれている。


 塔のように盛り上がった紙束は数えてみれば十にも及ぶ。いくらテーブルが広々としたものだからと、さすがにそれだけ紙束に占有されては執務スペースなど微々たるもののはずだ。

 すこし肘をぶつけただけで、あの頼りない塔はあっさりと崩れ去って、さらには他の塔すらも巻き込むことが簡単に予測できる。


 その上なんと机上のそれだけでなく、机の下から突き立って座する人物の腰元まで昇る山まで見受けられるから驚き。

 仕事の量をそのまま紙の枚数で計るとすると、はてこれは個人の裁量でこなせる仕事量なのだろうか。


 アカは部屋を占領するいっぱいの仕事というものへの畏怖を感じつつも言葉を向ける。


「おや、そのようには見えませんが」

「感情を顔に出すことのないようにと心掛けておりますので」


 そのせいで鉄面皮だなどと呼ばれもするが、特段に困ってはいない。

 不愛想にそう述べて、資料の束から現れたのは妙齢の女性だった。


 彼女の名はシュレーア・ロズウェルト――魔術師協会会長に数か月前に就任した女性である。

 ある意味ではこの世の魔術師の頂点とも言える存在に、アカはごくありきたりに苦笑する。


「挨拶が遅れて申し訳ありません、ここ最近は些か手を離せない状況にありまして」

「……」

「どうしましたか」


 反応の鈍さに、すこし馴れ馴れしかっただろうかだとか、アカはやはりどこか見当はずれに不安に思う。

 シュレーアは固い口調で。


「前もって言わせていただきますが、私は未だにすこし貴方を疑っています」

「おや」


 その牽制の一言に、アカはどこか楽し気。


「それはまた、どうして」

「そもそも三天導師など本当に実在しうるのか、私には甚だ疑問です」


 御伽噺を信じなくなったのはいつ頃だろう。

 それを現実的ではないと見限るような契機はなんであっただろうか。


 多くの子らが御伽噺を大人たちに読み聞かせられ、自ら読みふけり、けれど大人になれば忘れてしまう。

 物語とはそういう一時の、少年少女の夢のようなもの。


 世界最大の組織の長として席を得た彼女にとって、御伽噺はやはりまやかしにしか思えない。

 そもそも、シュレーアは「天空そらから物語」を読んだことすらない。

 概要は大まかに聞いているが、夢に耽溺するするような暇は人生においてわずかたりとも存在せず、現実だけを見つめて精進した。まい進した。

 であるからこそ、彼女はこの年齢で会長職という異例中の異例を成し遂げられたのだ。


 そんなシュレーアの見えざる努力や覚悟、強さには、アカをして感心してしまう。

 自らの存在を否定されたような発言であっても、むしろ喝采を送りたい。


「ですが、会長になったときに引き継ぎがあったのでは? たしか、ええと……秘匿案件甲種一号、でしたか」

「ありましたね」


 協会の長として、先代から任を受け継いだ際に様々な引継ぎ案件が存在した。

 その中でも、秘匿案件甲種――協会内で会長と副会長のみが知ることを許された極秘事項の開示がある。


 会長就任でいの一番に教えられる第一号こそが「三天導師の実在と協会との関係性」である。


「しかしあなたが三天導師様であるとは記載されていませんでした」

「……一度、あなたのお父上とともに会いましたね」


 だからこそアカは彼女と初対面ではなく、そしてある程度の気安さをもって声をかけたのだ。


「はい。父が、いずれ会長になる私にと紹介してくれた日は、いまでも覚えております」

「お父上の言葉は信用ならないと?」

「疑り深いのです」

「なるほど」


 なにがうれしいのか、アカはすこし笑ったようだった。

 アカは自分に正直な者がけっこう好きだ。


「では、証明のようなことをしなければならないということですか」

「できるのならば」

「……ふむ。そもそもその扉から現れた時点で、私という証明になりませんか」

「あれは道具による現象でしょう。偶然拾った誰かにも使えます」


 アカの金の鍵については、彼女も知っている。

 秘匿案件一号にも記載があったし、父からも聞いている。だから正確にそのような返しができた。


「いちおうこの鍵、使うにはコツがいるのですが」

「たまたま、コツを掴んだのかもしれません」

「はは。本当に疑り深いようで」

「性分です。申し訳ないとは思っておりますよ?」


 顔面筋をひくりともさせていないが、心のうちではそうなのだ。

 いちおう、人生経験豊富なアカからしてもそれが嘘ではないだろうとは思う。本当の嘘つきの嘘は見抜けないだろうが、シュレーアは基本的に実直で正直であろう。


 だからこそ、本気で疑っているし、嘘偽りなく納得したいと思っている。


「しかしとなると、どうしましょうか」

「魔術でも、使ってみますか」

「おやおや、魔術師協会会長の目の前でよくわからない男に魔術行使を推奨しますか」

「そこは父の知人ですから」


 前会長の――父の知人であることは認めている。

 ただ御伽噺の魔法使いであるというのは、いささか疑念が残っている。

 彼女は御伽噺を信じるような少女時代を送っておらず、現実的に世界を見据えている。


「では」


 ふっと虚空より錫杖を取り出し握る。

 石突で床をかつんと鳴らす。


 ふわりと、それだけで魔法陣が展開――空間ムラサキ

 部屋中を見えぬ力が覆い、そして隠す。


「……遮断ですか」

「会長室で急に魔力反応が起こったら驚いてしまうでしょう」

「ご配慮、感謝致します」


 準備はこれでいいだろう。

 だが、まだどうすれば信用されるかまでは思いつかない。


「しかし……ふむ、どうしたものでしょうかね」

「できれば貴方の魔術を見せてほしいのですが」

「身の証明になるような、ですよね。どういったものなら納得いただけるか……そうですね」


 ふと、アカは部屋に設えられた窓を見遣る。

 外の風景は青空ばかりで、ここが上階にある部屋だとわかる。

 青空……。


「向こうと違い、こちらは晴れているのですね」

「向こう、というのは貴方の住まっている場所のことですか」

「ええ。雪が積もるほど降って、弟子らがはしゃいでいましたよ」


 思い出して、すこし顔がほころぶ。

 対照的なまでにシュレーアは無表情。


「生憎と、こちらは雲一つない青天ですね」

「……ならば、それにしましょう」

「……はい?」


 こつん、と返答もせずにアカは再び石突を鳴らす。

 魔法陣は……しかし展開されない。


「?」


 疑問に思うシュレーアに、むしろ怪訝そうなアカ。

 すぐにその理屈に気づく。


「失礼。遮断していましたね」


 しゃらりと円環を鳴らす。

 それだけでこの部屋に敷かれた遮断の空間ムラサキ魔術はその性質を変化させる。

 一個部屋を覆い隠していたそれは――部屋を中心として、上方にまで柱のように伸びた隔離空間を生み出す。

 その変化の理由を、シュレーアにはわからなかった。


 いや、すぐに気取る。

 彼が遮断空域を指定しなおしたのは、余所にはバレぬよう。けれどシュレーアにはそれを見つけられるようにするためだ。


「っ」


 電撃的にそれに気づけば、シュレーアはばっと天を見上げる。しかし天井が邪魔でなにも見えない。もどかしげに窓へと駆け寄り、開き、そして青空を見上げる。


「……うそ」


 実際、彼女にそれが見えているわけではない。

 だが魔力知覚はそれを認識している――高高度上空において展開された魔法陣のことを。


「馬鹿な。一体どれだけの遠隔展開だと……!」


 魔法陣を展開するに際し、術師から離れて展開する技術を遠隔展開という。

 これは中級程度の技術で、やり手の魔術師ならば結構な人数が使用可能である。


 だが……それにしてもあれは遠すぎる。

 地上から、天上の果て。懸絶されし雲の座す空域に魔法陣を展開するなどありえない。聞いたこともない。


 だというのに、それをなした本人はどこまでも気の抜けた声で。


「あぁ、ちょうどいいので、そのまま見ていてください」

「っ」


 まだなにを。

 いや、そうだ。彼はまだ魔法陣を展開しただけだ。魔術を、使ってすらいない。

 なぜか、シュレーアはそれが酷く心躍った。

 これからなにが起こるのか。期待が膨れ、久しくなかったわくわくとした昂りが心の底から湧き上がってくる。


 そして、彼女はそれを見た。


「ぁ」


 ほんの小さな声が漏れた。


 それは白かった。

 それは小さかった。

 それは、無数に降り注いでいた。


「雪……」


 覚えず伸ばした手のひらに、それはゆっくりと舞い降りて、触れた途端に溶けて消える。

 

 その冷たさに、シュレーアは愕然とする。


 天候操作――それは、御伽噺でしかできないような神業、とは言い難い魔術であった。

 生涯をかけてそれに没頭し、極めた魔術師――月位の青魔術師ならば可能な芸当だ。


 雨を降らせ風を吹かせ嵐を巻き起こす。砂を躍らせ雪を舞わせて雷を落とす。

 そうした天候の魔術は実在し、その規模から頻度は少ないまでも実際に行使された例だって報告されている。


 しかし、それは同時に生涯をかけるくらいせねば可能ならざる離れ業ということ。

 彼のような年若い風貌の魔術師が気軽にできるものではありえない。

 それも、そうした離れ業を、彼は二種類扱った。それが破格。


 先の空間隔離の遮断魔術。あれもまた月位の紫魔術師、いやそれ以上の精度の魔術であった。


 ならば彼は、あの若い外見に似つかわしくないほどの高齢であるというのか。

 人の寿命を二巡して、なお困難な複数色の魔術を使いこなすという規格外。

 では若さの件はどうなるのか。生命アカ魔術でその命を活性化し、永く生きながらも肉体年齢の針を押しとどめているというのか。


 それもまた、月位の赤魔術師でなければなしえない離れ業である。


 おそらく、こちらから注文すればほかの色相の魔術であってもこのレベルで使いこなしてみせるのだろう。

 七色全てを月よりも高く超越して扱いうる――それは、天にある者の証として文句のつけようもない。


「これまでの非礼、まことに申し訳ありませんでした」


 シュレーアは恥じ入るように、その言葉をなんの虚飾もなく告げることができたのだった。


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