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42 初雪の日


 静々と、雪が降る。

 深々と、雪が積もる。


 すべてが色を失い、ただ真っ白に包まれていく。

 緑の草原も、遠い山々も、視界に映るすべては雪に飲まれて消えてしまったかのよう。

 それは冬の訪れだった。


「あぁ……もうそんな季節か」


 その朝、アオは自然と目を覚ましていた。

 無言で起き上がって窓辺に寄れば案の定、外は銀世界。初雪だった。

 はらりはらりと花びらのように降り続ける雪は、アオの記憶にあるそれとなんら変わりなく。

 どこであっても、いつであっても、雪は不変に空から舞っては積み上がる。


「はぁ……」


 愁いを帯びたため息は、アオという少女にひどく似つかわしくないそれ。

 窓から雪景色を眺めていると、どうしたって故郷を思い出してしまう。


 アオは雪が好きだ。

 あの綺麗な純白で汚いものも嫌なものも等しく沈めてしまうから。

 アオは雪が嫌いだ。

 あの残酷な冷気で生きるものも好きなものも等しく止めてしまうから。


 アオは雪が好きだ。

 大好きなアカ(ひと)を思い出せるから。

 アオは雪が嫌いだ。

 思い出したくないひとを思い出させるから。


「あったかい雪があればいいのにな……」



    ◇



「雪ね!」

「そうだね、雪だねー」


 朝食を食べ終えて早々、クロは元気いっぱいで外に飛び出した。

 先日、買ってもらった厚手のコートを羽織って、初雪に足跡をつけていく。駆け回る。


「すごい、すごーい! 雪だわ!」


 彼女の生まれた土地では、ここまで厚く雪が積もることはなかった。

 ほんのわずかにぱらぱらと降るばかりで、積もったとしても薄くて踏み荒らせばすぐに地面が見えるていど。


 けれど、ここの雪は違った。

 踏み出せば足が埋もれ、くっきりと跡がつくのに地面は見えない。

 見渡すいつもの景色は、どこまでも雪化粧に染まってまるで別世界のようだ。


 楽しくなって雪の上を踊るクロに、お目付け役のようにキィがついていた。

 苦笑しながら念のための忠告を。


「あんまりはしゃぐと転んじゃうよー?」

「だいじょうぶよ!」

「……」


 キィはなぜか非常に不安に思い、無言のうちに魔法陣を設置式セットアップ

 返事のあとに一分も待たず、それは訪れた。


「――わ、ぁわわ!?」


 雪に足をとられ、クロの体が浮く。

 派手にすっころぶ――直前で発動した造形キイ魔術が手袋を作ってクロの身を支える。

 

「ふふ」


 あまりに予想通りで、キィは笑ってしまう。

 いつもは聡明なのに、こういうところはまだまだ子供で、ほっこりした心地になる。

 お姉ちゃんががんばらないとと思える。


「ぅぅ……」


 一方でクロのほうは気恥ずかしさに首まで真っ赤だ。真っ白な風景と白い肌に、その朱色はわかりやすすぎた。

 そんな風に雪の中で縮こまっているクロに、キィはにんまりと笑う。


 そして、身をかがめたかと思うと雪を手にとり丸めて固めて――


「おりゃ」

「えっ……わ!?」


 それをクロに投げつけた。


 突然の襲撃に驚くのは直撃くらったクロ。

 痛く――はない。玉はもろくやわく、あまりしっかりとは固められていなかった。

 ただ頭からぱらぱらと雪が散り落ちていくのを感じると、ちょっとむっとする。


 キィは笑っていう。


「悔しかったらやり返してみなー?」

「む!」


 そういう挑発には弱い。

 負けじとクロも雪を集めて固めて玉を作る、立ち上がる。そして振りかぶって。


「お返しよ!」

「きゃー」


 雪玉を投げつけた。

 キィにあたって散り、きらきらとふたりの周囲に雪が舞う。


「やったなー!」

「やるわよー!」



    ◇



「元気ですね」

「……そーだね」


 リビングの窓から雪と戯れはしゃぐふたりを見つめ、あんまり微笑ましくてアカはにこにことしてしまう。


 季節は巡り、日の入りが早くなって、寒さが芯から身を震わせるようになった。

 冬である。


 そのため学園は冬休みに突入し、アオもキィも外出は極端に減った。それが理由なのか、クロに付き合っているというていのキィは初雪に妙にテンションをあげているようだった。


 けれど振り返ると、アカはすこしだけ悲し気になる。 


 アオはソファで億劫そうに肘をついてなにをするでもなくぼうっとしていた。

 暇さえあればいじっていた髪の毛すら触れず、二つ結わいもなんだかしおれているように思える。

 なにか、いつもよりも幾分か気分が低い様子だった。


 それの理由を、アカは知っている。


「……まだ雪は苦手ですか」

「自分で作ったりするぶんには、いいんだけどね」


 アオは雪が好きだった。

 アオは雪が嫌いだった。


 好悪の感情が複雑で、心がどこかこじれてしまっている。


 無理に線引きを探してみれば、きっと自然に発生する雪を嫌い、たぶん魔術で発生する雪が好きなのだろう。

 それが正解であれ不正解であれ、そんなのはどうでもいいことなのだが。どうにせ、今彼女はどうにもダウナー気味だ。


「まあ、すくなくとも雪が積もったのを見てはしゃげはしないな」

「雪国出身ともなれば、やはり見慣れておいでで?」

「そりゃね。外を見ればいつも真っ白。歩けば足元は冷たくて、気を付けないと転んで大怪我。雪が積もっていいことなんてひとつもないと思う」


 だからこそ魔術における攻撃に雪を行使しているのかもしれない。

 アオにとって、雪は阻害であり殺傷。敵に向き合い武器として握るのに、これほど適したものもない。

 そのせいで、自分への損害をカットするのに手間が増す副作用もあるので、必ずしも便利とは言い切れない認識だが。


 アオの正直な言い様に、アカはわずかに苦笑を漏らす。

 正直なのはいいことだ。嫌なら嫌で構わない。こうして部屋で会話するのもいいだろう。


 ではお茶でも淹れましょうか、と声を発しようとして――


「んー、でもダメだな! 切り替えよ!」

「おや」


 張り切るように腹から声をだし、アオは立ち上がる。

 彼女は自分の弱さを、あまり放置しておきたくはないらしい。


「外出てふたりと遊んでくる。雪国仕込みの雪遊びを教えてやる」

「あまり無理なさらずとも、私と話していてもいいんですよ?」

「う。心惹かれるお誘いを……でも、今日は遠慮しとくよ。たぶん、朝食だけでもふたりに心配かけちゃってるし」

「そうですか、それなら心配無用を見せなければいけませんね」

「そうだね! そうする!」


 決めたが早い。

 アオはリビングからまずは自室のコートを羽織ってこようとドアを開ける。


 その威勢の良さはちょっとした空元気であろうが、姉として見栄を張ろうとする姿は微笑ましい。

 これ以上引き留めるのは野暮でしかない。アカは背中に向けて。


「いってらっしゃい、アオ」

「うん、行ってくる!」


 ばたんとドアは閉まれば、リビングにはアカがひとり。

 すこし寂しさを覚えながらもアカもアカでやることがある。アオが心配いらない様子なら、もうひとつの案件を済ませてこよう。

 三人がお昼になって戻ってくるまでに……少しばかり遠出を。


「さて」


 アオが部屋からとんぼ返りで階段をおりてくる音を聞きながら、アカは鍵をとりだし虚空へと差し込む。


 ――昨日のうち、ハズヴェントより報せがあった。

 それは世界中に駆け抜けたある世代交代のこと、この情報伝達の遅い田舎でも数か月程度の遅れで届いた大ニュース。


 ――魔術師協会会長交代!

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