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授業・黒雷


「では、今日の授業はクロの魔術『黒雷クロイカヅチ』についてすこし反省会をしましょうか」


 反省会というのは、授業とは少々異なるのではなかろうか。

 なんとなく小骨が引っ掛かった気分なクロに、アカは首を傾げる。


「どうしました?」

「なんか、なんとなく……反省会っていうのがしっくりこないわ」

「……ええと、では。復習、などではいかがですか?」

「復習! いいわね、それでいきましょう!」

「……では、そのように」


 クロの感性は時々いまいちわからない。

 まあ、なんでもかんでもわかりあえるわけでもない。わからない部分を、わからないままに受け入れていくのも重要だろう。


 改めて。


「先の学園でのごたごたの時に、対人戦で使用できたとのことでしたね」

「そうよ、大成功だったわ!」

「……その。どうして発動できたのでしょう……?」


 割と失礼なことを、アカは聞いてしまう。

 それだけ今のクロの魔術発動には多大な隙を晒す。実戦にはまるで程遠いくらいに長い長い溜めが必要なのだ。


 その見解はクロにもあって、だからすこしどうしてについては考えていた。


「あの嫌味な子、完全にわたしのことを舐めてたからよ。それと、「封魔逸失フウマイッシツの呪い」が決まったって勘違いがあったからね」

「そうでしたね、学園であった呪い騒ぎの犯人なのでしたね。ですが、魔法陣が展開してからはどうでしょう。そこまで来てしまえば慌てて反撃するのでは?」

「そこがわかんないのよね。なんか、驚いて固まっちゃってたわ。そんなにわたしが別の呪いにかかってたのが不思議だったのかしら」

「……あぁ」


 なんとなく、アカにはその理由がわかった気がした。

 きっと、相手の子はクロの魔法陣を真正面から直視し、その術式を大まかに読み取れてしまったのだろう。

 精密にして異質なあの魔法陣を。


「確かにクロの魔法陣は一目見て驚くに値するものなのですからね」

「えっと、なんだっけ。わざと複雑にしてるんだよね?」

「はい、その通りです。あなたの出力が高すぎて、一定以上の魔術の発動に際して術式の回路が焼き切れてしまうのですが」

「……わたしが未熟ってことね」

「その未熟の内でも魔術の発動をどうにか成し遂げるための方策としておこなった工夫が、別のひとからする奇異に映ったということでしょう」


 なぜクロの魔法陣があんなにも密度の高い精度なのか。

 それは、そうしないとクロの放出する魔力が魔法陣を粉砕してしまうからだ。


 そもそもの問題点は、クロが魔力を注ぐという行為に手加減がほとんどできていないことにある。つまり言ったように彼女の未熟だ。


 膨大な魔力量を有し、巨大な魔力を放出することのできる出力の高さを誇るクロは、それゆえに逆に注入を絞ることが苦手なのだ。


 適量の魔力で始動するように魔法陣は構築されるもの。

 なのに、クロはどうしても適量に制御できずに過剰に魔力を突っ込んでしまう。それで、魔法陣は許容範囲を超過し崩壊する。


 魔法陣自体の強度や容量の大きさを向上させるのは、そのためひとつの課題だ。


 だがそれ以上に、魔力の制御がクロにとって目下最大の解決すべき案件として挙がっている。


 とはいえ、それは一朝一夕で習得できる技能でもなくて、だから現状においてなんとか魔術発動のための工夫をアカとふたりで考えたのだ。

 それがあの精密にして密集した魔法陣だ。


 あれは、要するに術式を必要以上に書きなぐることで必要魔力量を底上げするという、一般的に見れば頭の悪すぎる行為である。

 術式の一文ごとに要する魔力量は増大する。困難な指示ほどに魔力量は増大する。

 だから、それをあえてする。

 それにより、クロの出力する魔力と魔法陣の必要量の、帳尻を合わせる。無理矢理に。


 そんな非効率の極みのようなことをすることで、なんとか魔術を稼働させている。実質的に馬鹿みたいな無駄を許容して。


 だから、ミーティが驚いた術式の精度についても、実はあと何段階か落とすべきであった。魔力出力の制御をし、落としていくことで一番効率よいポイントを探すことが本当の出来る魔術師というものだ。


 まあ、とはいえ外から見ると規格外の魔法陣に映るのは頷けること。

 本質を理解できなければ、底なしの複雑さに眩暈がするかもしれない。わからないものは恐ろしい、ということだ。


「そっか。ふつうはしないことって言ってたもんね。変なことしてるって思われたのね」


 うん、と納得をしかけて、あれと思う。

 類似した要件があるのではと問いを。


「でも、教本の魔術は変な工夫もなしにできるわよ。それって、どう違うの?」

「あなたの雷が、もはや中級魔術ということですよ」

「下級と、中級の差?」

「はい」


 頷いて、アカは両手をかざす。

 そこに魔法陣を展開した。二枚の魔法陣の色は生命アカ、けれどその構成には差があった。


「こちら、右手の魔法陣は下級に分類される魔術。

 そしてこちら、左手の魔法陣は中級に分類される魔術になります」

「……」


 じっとそれらを見比べ、クロはそれに気づく。


「中級のほうが構成が複雑なのね。あまり考えてなかったけど、こう見ると下級はけっこう単純に感じるわ」

「正解です」


 ふっと魔法陣は消える。口を回す。


「必要とする魔力量や染色濃度、それから術式の数量と組み立てによって魔術の等級に差異があります」

「魔力量はわかりやすいわね。染色濃度っていうのも、つまり染色作業で濃度をより濃く染める必要があるってことね?」

「その通りです。では、術式のほうはわかりますか?」

「書き込み量が多いほうが等級があがる……のはわかるけど、数量と組み立てっていうのは?」


 黒板に、ぐるりと丸をひとつ描く。


「術式陣構築とは、魔法陣というカンバスに絵図を描きこむようなもので、その際に最低限必要な字数画数が存在します。それに伴って全体の構図を最初に考えておく必要があるわけです」

「ん。使わないといけない線の数が決まってて、それを上手く使って図形を造らないといけないってこと、かしら」

「おおむね、それで間違いありません」


 直線が三本あれば三角形が作れる。

 だが四本使わねばならないのなら、三角形を作っていては一本が浮いてしまう。だから四角形を作って余りを失くす必要がある。

 その本数の最低数が、魔術の難易度によって増えていく。形作る図形が複雑になっていく。


「魔法陣の空白を嫌うのならば字や図のサイズもまた考慮しなければいけませんし、むしろ空白を活かすことを考えるのなら配置に一層気を遣わねばならないでしょう」

「ほんとに、絵を描くみたいなのね。いや、文字もあるんだから……絵本かしら?」

「ええ。その考え方で間違いありません。時に、クロは絵を描くのは好きですか?」


 急な質問に、クロはちょっと恥ずかしそうに。


「ええと、そうね。屋敷のなかでできる遊び事はだいたい好きよ。でも、見せるほどのものじゃないからね?」

「ああ、いえ。見せてほしいわけではなく、単純、絵描きの方は魔法陣の構築に向いているとされているので、聞いてみただけですよ」

「そうなのね。じゃあやっぱり絵本を描くように、ってイメージで正解ね」


 どこか満足げにうなずくクロは、自分の考え方を肯定された安堵が大きいのかもしれない。

 アカはさてという。


「それで、話を戻しますが。下級と中級の差別化はそうした点にあり、そして術式が簡素なほどに必要魔力量も当然減ります」


 うんうん、とクロは頷く。とくに申し立てる言葉もない。 


「いくらクロが魔力の出力制御が不得手と言っても、よほど些細な量なら難しいものではないでしょう。だから下級魔術の発動に手間取らず、正しく発動されます」


 湖から水を手酌で掬うことは誰にでもできる。

 中級からは、それでは足らず、ならばと湖の底に穴を開けて滝のように水流を垂れ流すとなると逆に多すぎる。

 クロのやっていることはまさにこれで、だから手酌で発動できる下級に関して問題なく、中級から問題が表面化しだす。


 ちなみに上手うわての魔術師ならばその湖に堰を築いて水量調節をする。

 堰の建設が、とりあえずはクロの最重要課題。

 クロはそれを自覚しているであろうが、アカは念入りにそれを伝えておく。


「では、これから後はクロ、通常通りの授業と、リクエスト通り生命アカ魔術を覚えることに注力します。

 そのため、この魔術についてはあなた自身で考えて、術式をより良いと思える風に書き換えてみてください。無論にアドバイスなどが欲しいのなら与えますが、ここからは原則としてひとりで悩んでください。いいですね?」

「わかったわ!」


 自分自身の固有魔術オリジナル、ゆえにこそ、誰よりも自分自身が考え抜く必要がある。

 生みの親として、魔術師として、それは最低限の責務であった。


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