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40 愚願の呪詛


「ありえぬ……」


 ゆっくりと歩み寄るアカを、バルカイナは明確に恐れていた。


「ありえぬ……! おぬし、本当に何者なのだ!」


 手も足も出なかった。

 戦いにさえ、なっていなかった。

 塊坤カイコンのバルカイナが。月位ゲツイ九曜のひとりが。

 まるで子供のようにあしらわれた。


 最後の生命アカ魔術を初手で使っていれば、それで終わっていたのは明白で、それ以外の全ては茶番だ。遊ばれていたに過ぎない。

 それだけ最後の弱体化の術は早すぎた。

 神速と言えるほどの速度は、おそらく魔術としての理論上の最速最短の発動。


 一体どれだけ、あの魔術を繰り返し行使したのだろう。


 数えるだけで気の遠くなるような膨大な数をこなし、なお一切の妥協を許さずに最短を追求し極めた芸術的なまでの神業だった。

 あのスピードで術を発動されては、誰もなにもできやしない。


 裏四色を二色も類を見ないほどに高度に使いこなし、造形キイ魔術を自分以上に扱い、なおそれ以上の精度で生命アカ魔術を行使する。

 そのどれもが現代の九曜に匹敵凌駕しているのは明白で、ありえざる領域にあるのは論ずるまでもなかろう。

 あれだけの魔術の連続をしてもなお特段に疲労もなく、魔力量もまた底知れない。

 なにより、彼はつい先ほどにバルカイナの全身全霊をこめ時間をかけて発動した最大の魔術『塊坤カイコン』を打ち砕き、杖を犠牲に最速で放った『塊坤カイコン』すらも破砕した。


 なのに、どこにも揺らぐことなく当たり前に笑っている。


 そんなのありえないだろう。

 あまりに規格外が過ぎる。あまりに荒唐無稽が過ぎる。

 地に足のついた現実味すらないほどで、まるでふわふわと浮いた――御伽噺ではないか。


 そう、御伽噺だ。

 まるで彼は御伽噺の魔法使いそのもの――


「私の名は赫天カクテンのアーヴァンウィンクル。三天導師、その末席を汚す者です」

「……!」


 それはどこか心の隅で予想できていたこと。

 ありえないと否定し続けた驚愕ばかりの迷妄。

 しかしてそれは、事実として目の前にある。


「まさ、か……まさか本当に……本当に実在していたのか!?」

「おや、そこを目指すのが魔術師の定義なのではなかったのですか」


 笑い、そのころにアカは倒れ伏すバルカイナのすぐ傍にまで辿り着いていた。

 バルカイナは未だ生命アカ魔術の影響を受けながらも、必死になって身を起こそうとする。

 彼の前で、不様をさらしたくないとその眼は鬼気迫るほどに輝いている。


「……」


 それを察し、アカはすこし魔術を緩める。

 バルカイナがなんとか折れた杖を頼りに半身を起こせる程度には。


「さて、お話をしましょうか」

「わしを、殺さないのか」

「ええ。別段、あなたはなにもできていませんし」


 それは多少なり辛辣な言葉だったかもしれない。

 あれだけのことを仕出かして、結局なにひとつとして達成できていないのは忸怩たる思いなのではないか。


 だが事実、死者はひとりもできていない。

 既に弟子らの戦いも終わり、全てこちらの勝利であった。

 ――内心で、弟子らの勝利に多大な安堵があったが、それは顔には出さずにおいて。


 無論、アカの弟子たちは相手を殺すことなく捕縛して――真実、この戦において死者はゼロだ。

 ならば主犯とはいえ罰する必要はあれど、殺害するほどにことではない。すくなくとも、アカはそう思う。


「……それに」


 いえ、とそこで一旦、首を振る。

 非常に厄介にして邪なることに気が付いたが、それよりも先に話を進めよう。


「では、私の話を聞いてもらいましょうか」

「……」


 無言で促され、アカは初手から爆弾投下。


「学園という制度、引いては魔術師協会を設立したのは、瑠天ルテンのエインワイスであることはご存知でしょうか」

「なんだと」


 それは知られざる事実。

 きっと近代において知るのは三天導師と、協会の上役の数名だろう。


「事実です。そして、その設立の理由はただひとつ……自らの後継を見出すため」

「!」

「魔術師協会を作り、世界中に魔術師という存在を知らしめ有用性を誇示しその地位を確保しました。そして学園を作り、世界中から子らを集めて才を見極めようとしました――天位テンイを作るためです」

「では……!」

「はい。あなたと似た思想で、学園は設立されたのですよ、塊坤カイコンのバルカイナ」


 歴史の裏側にあった事実に、バルカイナはただただ驚く。

 まさか自らと同じ思想をもって、自らが否定した学園が設立されたなどと、想像だにしていなかった。


「ただ、師は翠天スイテンと私を発見した時点で協会から手を引き、育成にのみ尽力したので、その後の運営には全く関わってはいませんが」


 ともあれ、とアカはいう。


「わかりますか、バルカイナ。

 まずなによりも、魔術師という枠組みを広げ、多くのひとびとに関係してもらわねばはじまらないのです。あなたの時代ならば魔術師は多くいたのでしょう。前にも後ろにも、隣にも。けれどそれをさらにさかのぼれば、魔術師という存在が異分子であり、本当に少数しか生存していなかった」


 魔術が大衆から認知されず、一握りだけが独占していた時代。

 それは同時に、大勢の無知なる者から魔術師が排斥されていた時代でもある。

 だからこそ、瑠天ルテンのエインワイスは協会を設立した。そうでもしなければ、未だに魔術師は多くの者たちに知られることもなく、身を潜めていたかもしれない。


「学園という制度、私は素晴らしいものだと思いますよ?」


 それは、クロにも言ったこと。

 本心からの言葉だった。


「たくさんの師から学び、多くの同士と競い合う。多様の価値観を知ることができ、そして色とりどりの魔術の工夫を知る。

 個人にのみ教わった子は、偏った思想にしかなりえません。師のできることしかできない弟子では狭いでしょう」

「……」

「そうした狭い継承は、やがて先細りしていくことでしょう。その果てにあるのは衰退です」


 無論に、弟子自ら学びとり、多方面に目を向けることができれば問題はなかろう。

 師の失敗を挽回し、手の届かなかったところに歩む。それが正しい継承だ。


 それをさせてやれない教育者は遺憾ながら多くいて、学園ほどに広く見渡すことができない。

 弟子としては、師がいると安易に正解をただひとりに求めてしまうものなのだ。視野を広げる機会も得られず、師だけを正答として偏って成長してしまう。


 それこそ魔術師という業界にとって、最悪の結末ではないか。


「それに、本当にやる気のある子は、卒業後に名のある魔術師の弟子になることが多いそうです。徒弟制度も廃れてなどいませんよ。両方が併存し、高め合っている。それでいいではありませんか」

「……わしは」


 バルカイナの言葉は、続かなかった。

 なにか、頭の中で蠢くものがある。理路整然としたアカの言葉に、バルカイナのなにかが痛む。

 なにか、なにかがどうしようもなく心の底で喚いている。


 その苦悶に、アカは酷く申し訳なさそうな面持ちになる。


 不合理な発想、突発的な凶行、短絡的な結論。

 そんなのは……話に聞く塊坤カイコンのバルカイナという魔術師の人柄とは違う。

 多くの弟子をとり、慕われ、そして最後まで面倒を見ていた男ではなかろう。


 それは、きっと……


「それと、ひとつ謝罪を――兄弟子が迷惑をかけたようで」

「な……にを?」

「……ああ、なるほど。本人は気づかないようになっていたのですか、また厄介な呪いを作ったものです」

「呪い、呪いだと」

「あなたは呪詛に侵されています。その呪害は、術式を見たところ……心のタガを外すもの」


 アカはその手のひらをバルカイナに差し向ける。

 祝呪ミドリ魔術によって――深く沈んだ呪いを浮き彫りにする。解析する。


「こっ……これは!」


 翠天スイテンのルギスの呪詛は被呪者にすら気づかせず、誰にも気づかせず――ただ当たり前のようにそこにある。

 同じ三天導師の手でも加わらない限りは。


 バルカイナは、そのときはじめて自らが呪詛にかかっていたことに気が付いた。


「理性を歪ませ、良心をくすませ、秘めた願望を間違った形でさらけ出させる。

 ――ああ、くそ。わざわざ名称まで術式に残して、私に対する当てつけか」



 その呪いの名は『愚願ぐがんの呪詛』。



 魔術は心の学問。

 そして、魔術に心は操れない。


 けれど、魔術はそれ以外のすべてに干渉しうる。


 身体の状態反応を意図的に興奮させ、流れる命の波をわざと荒立たせ――気分が高揚しているような錯覚を、心以外から心に与える。


 まるで夢見心地の泥酔。まさしく忘我の極みな酩酊。なにより、正気を失った中毒。

 愚かな願いに縋る愚者を、さらに愚かへと陥れる最低の呪術。


「貴様は本当に、ひとの嫌がることをさせたら右に出る者がいないな……」


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