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38 黄の九曜


 そこは学園で最も高い場所。

 時計塔の上にてふたりの魔術師は立つ。

 緩やかな風に頬を撫でられて、特段に殺気も敵意も見せずに穏やかそうに向かい合うふたりは、ふとどこかで魔力の激突を感じ取る。複数だ。


「ほう。下でわしの弟子が、誰ぞと争い始めたな。もしや、おぬしの弟子かね?」

「……ええ」

「それは奇遇。ちょうど三人か。今もわしに付き添ってくれる子も、三人だの」

「あなたの暴挙に付き合ってくれる弟子が、ですか?」


 そこで、アカは踏み込んだ。

 塊坤カイコンのバルカイナは月位ゲツイ九曜という立場にして、最も弟子の多い九曜として知れていた。

 確か、彼のもとを離れた弟子を含めれば二十数人は抱えていたと聞いたことがある。


 それが、今や三人。

 彼の弟子とて、今の彼の凶行についていくような者は多くなかったのだ。

 当たり前だ。アカは視線を下げて、無念そうに。


「……塊坤カイコンのバルカイナ、あなたほどの魔術師が、どうしてこんな愚かな真似を?」

「あなたたほどの……?」


 あげつらうように繰り返し、バルカイナは面白くもないのに鼻で笑う。


「ひょ。わし如きをしてそのように評するのは些か過大ではないかな?」

「……月位ゲツイ九曜のひとりが謙遜ですか」

「違う」


 その否定の言葉は、どこかおどろおどろしいものが潜む。

 バルカイナは手に持つ杖で床を叩く。時計塔が揺れんばかりに力強く。


 それは開戦の合図かと身構えたアカに、けれどバルカイナはしわくちゃの顔で笑みを刻んだ。


「おぬし、ちと老人の愚痴に付き合ってはくれんか」

「構いません。理由は、私もお聞きしたい」


 アカは錫杖を握る手の力を緩め、促すようにして言う。

 うむ、とバルカイナもまた両手を杖に乗せ、どこか遠くを見るようにして言葉を作る。


「わしはの、若いの。魔術師に学園制度など似つかわしくないと常々思うておった。あれのせいで、雑多な非才どもが魔術師と名乗るおぞましき光景を生み落とす」


 それはきっとずっと思い続け、時折、誰かに語り聞かせたこともあったのだろう。

 よどみなく流暢に、それでいて感情的になって吐き出されるのは、まるで演説のよう。


「魔術とは、あんな拳大の火を熾す程度のチャチなものでは断じてない。

 魔術とは、荘厳にして壮大、神話を切り取った神々の御業に等しき大いなる奇跡だ。

 そして、魔術師とは魔術を揮い天を目指す不退転の魂である!」


 大喝。

 彼は彼のの定義する魔術師と現代魔術師との齟齬に苦しんで、そして怒っているようだった。


 その古い価値観に思うところがないではないが、アカは現状を否定しない。

 

「もはや魔術は限られた者だけに扱えるような特殊な技能ではなくなってしまっているのかもしれません。多くの誰もが使えて、汎用的に広がっている」

「それが本来の魔術と乖離させておるのだ。魔術とは奇跡、卑近な生活を堕落させるためにあるのではなく、矮小な目的に絞り尽くされためにあるわけではないのだ」

「……では、なにがためにあると」

「無論、天に至るためだ。魔術師とは求道者でなくてはならん」


 それは正しさを含みつつも、やはりどこか極端で。


「この世に魔術師と名乗る愚劣ども、一体そのどれだけが本物であろうか? 百か? 千か? 多く見積もってもおそらく数千人にも満たない――だのに世には魔術師を称する詐欺師が跋扈する。それはなぜか?」


 彼は、魔術師の神秘性にこそ重要性を認めている。

 かつてそういう思想はあった。

 魔術が大衆から認知されず、一握りだけが独占していた時代。

 魔術とは奇跡であり、認められた優れた者にしか取り扱うことは許されないと。

 その時代で魔術を継承したのは学園ではなく――


「徒弟制の減少、ですか」

「その通り。魔術師協会という無意味な集合体の設立と、その希薄な才能を篩にかけず教育すると定めた魔術学園の設置――これらの害悪が真の魔術師の育成を妨げた」


 個人が個人の才能を見出し育て上げる徒弟制は、たしかに唯一を育てるのには向いているのだろう。

 反して学園制度となると、どうしても下に合わせてステップアップが必要になる。

 つまり。


「才ある子らの成長のために傾けるべき時間を、労力を、教材を……無能な輩のために浪費している」


 学園は非才に優しい。

 魔術師として一定の――最低限の――標準さえ突破できれば位階を与え卒業を許す。


 事実、学園の設置とともに、魔術師協会は天上七位階のラインを《《低く設定し直した》》。

 かつてよりも、現在のほうが魔術師という名は、確かに軽いのだ。


「その結果、未だに天位テンイという究極に至った者はでてこない!」

「……」


 すこしだけ、アカはそれに目を伏せた。

 天位テンイに届いた存在が、三天導師以外に生まれないことは事実であり、それについて人類を不甲斐ないと落胆したことがないと言えば嘘になるのだから。


「九曜などと持て囃されても、所詮は低みからの礼賛に過ぎない……天には程遠い!

 それでなくても月位ゲツイですらほとんど見受けられない現状は、深刻な魔術師の練度低下だ!」


 もっと多くの正しい魔術師が生まれ、活発化して研鑽して、そして皆で一丸となって天を目指すべきなのだと彼は吼える。

 そのために足枷となるものがあるのなら、撃ち滅ぼすべきであると。


「だからわしは魔術師の学園を打ち壊す。

 これは宣言だ――今日このローベルを落とし、残る二校も滅ぼす。以降、再び学園が建設されようと、その都度、わしが手ずから砕いてやる!」


 それは憎悪にも似た――自らへの憤怒だった。


 かつてのバルカイナは研究者として自らの向上に余念はなかったのだろう。

 鍛え上げ、研究し、あらゆるをもって自身を押し上げんと必死だった魔術師のひとりだったのだろう。

 けれどどこかで限界を感じ、次に教育者として魔術師のスタンスを変え、多くの弟子をとって育て上げた。


 それらは全て、天に至るために。


 それもなおそこに至れぬことに絶望し、あまりに低い自らの弱さに絶望した。

 絶望しながらも挫けずに先を見据えた時、なすべきことを定めてしまった。

 近く来る終わりを予感すれば、止まることなどできようはずもない。


「わしはもう長くなかろう。歳を食いすぎた。故に、最後の一仕事をせねばならん……のぅ、退いてはくれんか、おぬしのような魔術師を殺めたくはない」

「……できません」

「そうか」


 心底残念そうに、バルカイナは息を吐いた。

 アカを未来ある一流の魔術師と認めているからこそ、自らが死した先にも天を目指して欲しかった。


「塊坤のバルカイナ、私の話を聞く気はありますか」

「ないの。決裂した以上は力で押し通るのが最短であるがゆえな」

「私はあなたの言い分を聞き受け、その上で否定しました。あなたは、私の言い分を聞かないのですか」

「老骨は気まぐれで、身勝手なものよ」


 急激に跳ね上がっていく魔力は、問答は無用と申している。


 月位ゲツイ九曜という現代における最強の魔術師が。

 巧築者クリエイターの称号をもつ造形キイ魔術の極致である魔術師が。

 今ここにて全力で殺意を研いで臨戦態勢に入ったのだ。


「……」


 ここで自分が三天導師であると明かしても、きっと言葉を聞いてはくれないのだろう。

 たとえ相手が誰であろうとも、邪魔する者は例外なく排除する。


 であるならば、伝えずに、そこらの木っ端の魔術師として相対したほうがマシか。


 アカは天に位置しながらも、相手を舐めてかかりはしない。

 油断すれば位階の差があっても敗北し、死んでしまうことを事実として知っている。

 勝負に絶対はない。僅かな可能性すらも手繰り寄せる戦闘的な意味での例外は存在する。


 だから。


「仕方がありませんね……こちらも相応に、全力を尽くさせて頂きます」


 アカは秘匿していた自らの力を、そこで解放した。


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