30 学園対抗魔術合戦・転
当初、第一試合終了のあとにすこしの休憩時間が予定されていた。
しかし今回に限り、あまり多くの合議もなく第二試合へと間を置かず移行することとなった。
第一試合の衝撃的な展開に、多くの観客が興奮してしまって次を早くと囃したてたこと。
それと、その一試合目が本当に数秒で終わってしまったことで、時間的に無駄ができてしまったこと。休む必要がなくなったこと。
これらをもって休憩を省略し――只今現在。
「早速の出番か、腕が鳴るね」
「……っ」
試合舞台に立つ、ふたりの学生。魔術師。
ジグムント・シュベレザートは胸を張ってなんらの気負いもなく正面から相手を見据えている。
相手方のヘルベルト魔術学園の学生は、しかしたじろいでしまって表情は険しい。
先の一戦に戦き、風位の位階だという男に恐れてしまっていた。
試合開始のその前から、既に形勢は傾いていた。
◇
「あ、次はアオじゃないのね。じゃあ今のうちにお花摘みに行ってくるわ!」
「……クロ」
あまりに素直に力強く言い切るものだから、アカは苦く笑ってしまう。
姉妹の戦いこそが最優先で、それ以外の魔術師の戦いは見逃してもいいやと割り切っている。
いや、会場に来るまでの出店でだいぶ飲み食いしていたので、どこかで行かねばならなかったであろうから、彼女なりに考えた結果だろうけど。
「でしたら、私もついていきましょう。この人波では迷子になってしまいかねません」
「む。子供扱いしないでよ」
「弟子扱いです」
「むー! むー!」
それを言われると反論がしづらい。唸るだけで不満を伝えるにとどめる。
アカは気にせず未だに自らの肩にしな垂れかかっているシロに声をかける。
「シロはどうします?」
「シロは別にええ。待っちょるー」
「わかりました」
シロの頭を両手で包むように持ち上げ、ゆっくり丁寧に椅子に寝かせてやる。
それからではと告げてアカは席を立つ。
◇
「お手洗いにつきましては客席側には用意しておりませんので、どうか学園校舎のほうへお願いします」
係りの人にトイレの場所を聞けばそんな返答であったので、ふたりはその足で校舎へ。
なんなら屋敷に戻って済ませますかと鍵を見せて問うたが、現地のことは現地でと断られた。
なのでアカはひとりで校舎の玄関前で待ちぼうけしていた。
人気もないし、案内板や矢印なんかもあって、これ以上付き添うのは鬱陶しがられると思い、こうして待機している。
思ったよりも時間がかかっていることを鑑みれば、確かにジグムントの試合直後に抜け出したのは、そういう意味で正しかったのだろう。
手持ち無沙汰になってアカはグラウンドのほうを見遣る。
会場の外では歓声が内と比べて小さく、けれどそれでもやはり届いている。
結界越しにも魔力の高ぶりと唾競り合いはアカには感じられ、若人たちの懸命さが伝わってくる。
それに、なんともなく微笑んで。
――その火花を散らしてぶつかり合う魔力を、より濃い膨大な魔力反応が塗りつぶした。
「……は?」
急に――なんの脈絡もなく極大の魔力反応が出現した。
それは前振りもなく打ちあがり轟音とともに咲いた花火のようで、さしものアカも一瞬、衝撃によって心を空白とする。
けれど彼は見かけによらず超然にして霊妙なる魔術師、立て直すのは素早い。
一転してアカは即座に現状を理解していく。
反応の方角は校舎のほう。大きく離れた、おそらく上階。術を構築している最中。
ガクタイの会場には内側から魔術の余波が漏れぬように舞台から客席、客席から外壁と二重で結界を張っており、おそらく内部の者の魔力感知はだいぶ鈍いだろう。
そのうえ目の前の戦いに集中しているのもあって、外に気づける者はおそらくいない。
さらにさらに学園とその外部とも結界が張られ、それが外からの介入をも防いでいる。
……今更注視することで気づいたが、学園外壁の結界が以前と一部書き換えられている。魔力反応と視覚を誤魔化すような細工。
つまり、アカだけがいち早く状況に気が付いた。
そしてそうこうしている間に魔力反応が弾け、魔術として打ちあがる。
アカはそれを感じ取って思わず空を見上げ、苦々しい顔つきで一度、振り返る。
クロの姿はない。まだ来ない。一体、誰と話しているのだ。
ほんのわずかに逡巡して、迷っている暇もないと客席のほうに駆け出した。
天に見上げるそこにあるのは――
◇
「っ、あなた……!」
「え」
こんなところで声をかけられるとは思ってもみなかった。
クロが用を済ませ、来た道を戻っていた時にその相手と出くわした。
早く戻らないとアオの試合を見逃すかもと小走りだったのに、声がして面倒そうになんだとばかり振り返れば。
そこに意外そうな顔をする少女がいた。
美人であるのは間違いないのに、その碧眼が映すのは退屈ばかり。
波打つブラウンヘアは、落ち着かず揺れるれその身体のせいだろうか。
その少女を、クロは覚えている。
たしか、その名は――
「嫌味なミーティ、だったかしら」
開口一番の悪口にミーティはむすっと不機嫌そうに顔を顰め、すぐににやりと笑って指を回す。
「そういうあなたは、小生意気なクロだったわね」
「あなた、こんなところでなにやってるのよ!」
「それはこっちのセリフよ。ガクタイってのの観戦はいいのかしら」
一瞬、クロは返答に遅れる。
「……わたしはお花摘みよ」
「あぁ。トイレ」
「お花摘み! お花摘みよ! あなたも淑女なら言葉には気をつけなさい!」
なぜか大いに力のこもった指摘であった。
「それで? あなたはなにしてるのよ」
クロは再度それを問う。
今先ほどの発言に、気になる点があった。
ミーティの言い方では、彼女はガクタイを観に来たわけではなさそうだったからだ。それほど軽く、ガクタイを認識しているように聞こえたのだ。
ミーティは不服そうに。
「……べつに、なんでもいいでしょ。あなたに関係ない」
「こんなところにいたら気になるじゃない。ガクタイの試合は? 見ないの?」
「あんなのどうでもいいわ。どうせ低レベルなんでしょ」
カマかけのように問えば、思った以上につまらなさそうに肩を竦められる。
やはり、以前のように彼女は学園のレベルをどうにも低く見ているらしい。クロの瞳はすこしずつ細くなっていく。
「見てもいないで勝手なこと、言うのね――すごかったんだから、わたしの姉弟子は」
「……へぇ?」
そこですこしミーティの反応が変わる。
侮蔑から嘲りに。不快なものを見る目が、滑稽なものを見る目に。
「そういえば前も姉弟子が学園にいるって言ってたわね。なによその子、ガクタイに選ばれてたの?」
「すごいでしょ」
「ふ」
小さく噴き出し、ミーティは笑う。
くすりくすりと笑む口もとを曲げた人差し指で隠す。
「あなたみたいな魔術師未満の姉弟子なんて、凄いところ想像できないわ」
「わたしは関係ないでしょ!」
クロはまだアカと出会って四、五か月ていど。
半年にも満たない付き合いでしかなく、クロが低位なのは日が浅いがため。
四年以上アカに師事を受けているキィとは年輪が違う。
それをミーティは知らない。
「あるでしょ、師の教えを共通して教授してもらえるから姉妹弟子なんだから。あ、そっか、そういえばあなたの師匠って大した事なかったもんね」
「……先生を侮辱するつもり?」
それは、以前にも言った言葉。
けれど以前のように緊迫するよりも、ミーティは口端を吊り上げた。
「ふ、ふふ。あなたって師匠のことになるとすぐに冷静さを失くすのね。もう探りはいれなくていいの?」
「っ」
思惑がバレている。
不慣れな会話で情報を引き出そうとしても、そう簡単にはいかないものだ。
「残念だけど、もうあなたなんかに構ってる暇はないの。とっととこの場から逃げたら?」
「……逃げる?」
おそらく、その言葉はわざと漏らしたものだ。
だから、あっさりと白状する。
「これからあそこ、なくなるから」
ミーティの指差したのは――窓から見えるガクタイの会場。
クロがどういうことかと声を荒らげるより先に――別の強力な感覚に言葉を失う。
窓に張り付くようにして外を、空を見上げる。
天に見上げるそこにあるのは――