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29 学園対抗魔術合戦・承


「では、学園対抗魔術合戦、一日目第一試合一戦目――代表、前へ!」


 朗々と男の声が響き渡る。

 そこはローベル魔術学園のグラウンド――であったはずの場所。

 年若い少年少女たちが勉学と研鑽に勤しむはずのそこは、今や殺し合いすら起こりかねない戦場だ。

 一昨日まではなかったはずの巨大な客席にぐるりと囲われ、結界で中心の場は隔離されている。


 高位の黄魔術師の手腕は、なにもないグラウンドを一週間の間だけ決闘場コロシアムの如くに仕立て上げる。


 もはや原型はなく、名残りと言えそうなのはむき出しの地面と覗く空の青さくらいのもの。

 その地面を踏みしめ、空の下で、ふたりの魔術師は相対する。

 第一試合の出場選手――キィとジャロンのふたりである。


    ◇


 一方で込み合った客席の合間を通りながら、空席を探す青年とふたりの少女がいた。

 アカとクロ、そしてシロである。


「シロ、クロ、こちらに席が空いていますよ」

「急がないとはじまっちゃうわ!」

「んぅー」


 出店で遊びまわるのが過ぎた。

 あっちやこっちに目移りして歩き回るクロが非常に楽しそうで、アカは微笑ましさから時間を忘れて付き合ってしまったのだ。

 シロが寝ぼけ眼をこすりながら、ええのー? と言わなければ危なかった。

 開始時刻まで猶予がないことに気づいて大慌てでグラウンドに向かい、こうして試合開始の直前に差し迫ってやっと三人は席につくことができた。


 アカは安堵の一息。


「なんとか間に合いましたね」

「あ、キィだわ! おーい、がんばれー!」

「しょっぱなからキィなんじゃね。ほんとにギリギリじゃったわ」


 既にキィと相手方の代表生徒のふたりがグラウンドの中心で向かい合っていた。

 もはや開幕は秒読みと言ったところ。


 家族であるキィの試合を見逃すわけにはいかない。間に合ってよかった。

 ほっとしながら試合場のふたりを観察する。

 

 相手方の少年――審判役の協会魔術師の述べた名は、ジャロンといったか。

 魔術貴族らしく高い魔力と度胸の据わった態度、それだけでも学生としては十分に優秀に見える。


 一方で我らがキィは、遠目から見ても緊張――していなかった。

 むしろ、あれは。


「あれ? キィ、なんか怒ってない?」

「珍しいですね。それもこんなタイミングに、どうしたのでしょう」

「あー」


 大層不思議がるクロとアカに反して、シロはなにか思い当たるものがあるのか半笑い。

 すこし気になってしまい。


「なにか心当たりでも?」


 シロは返答するかで悩むようにこてんと首を傾け、そのままアカの肩にもたれかかる。

 ローブ越しでも柔らかさが伝わるほどに頬を押し付けて、それで気分がよくなったので返答はすることにした。


「たぶん、学外のひとに、せんせーをバカにでもされたんじゃろ」

「そんなことであの温厚なキィがあぁも顔にでるほど怒るとは思いませんが――」

「それなら怒るわね!」


 シロの推論にアカは怪訝そうに否定しようとして、横のクロが痛く納得してしまった。

 どうしてそれで納得いくのか、アカは問いを続けようとして――なんだか呆れたようなシロの呟きが先んじた。


「これ、すぐ終わってまうかもな……」


 予言のようなその言葉の直後に、試合開始の合図は響き渡った。



    ◇



「試合開始!」


 声とともに、審判の術師は青い魔法陣から小規模の爆発を巻き起こし、その轟音を合図として試合ははじまった。


 余裕か油断か、ジャロンは即座に魔術を、とはせずに肩を竦めた。


「ふぅ、本当は風位フウイの彼とあたりたかったんだがね」

「……風位フウイじゃなくてごめんなさい」


 けど、とキィは杖を握り締めて言う。

 いつにも増して冷めた、心無い声音で。


「わたしのほうが強いから、安心して負けていいよ」

「戯言を!」


 そして両者が魔法陣を展開し、ただそれだけで――


「――!」



 会場が凍り付いた。



 誰もが声を忘れて息を呑み、目の前の現実に目をむいた。

 驚愕と驚嘆は電撃のように瞬く間に周囲に拡散し、痺れを残して硬直させる。


 その時、展開された魔法陣は六枚。


 ジャロンの手のひらから生み出された青い魔法陣がひとつ。

 そして、キィが杖を振るって展開した黄色の魔法陣が――五枚(・・)


 ひとりの魔術師が、五つの魔法陣――五つの魔術を同時に起動している。


 それは、ありえざることだった。

 魔法陣の同時多重展開という技術は広く知られ、多くの魔術師が可能としている。

 一般的には三重で優秀。学生は二重で上等。四重できれば最上位であり――五重が限界と言われている。


 そう、五重の同時展開というのは人類の限界点。

 現存する魔術師でも、両手で数えられるくらいしかいないとされる最上だ。


 それを、学生の身分で行うなどありえない。

 ある意味で――学生での風位フウイ位階到達以上に、ありえないデタラメだ。


 故の驚愕。


 そして、その驚愕は、戦場において空隙で、当然にねらい目。

 唯一、その場で動けるキィは既に魔法陣が駆動している。


 ――初手回避が基本ならば。


 五つの魔法陣それぞれより多重の鉄鎖が造形され、蛇のように狡猾にうねっては伸びていく。


 ――一挙動で動ける範囲全てを包囲すればなにも問題はない!


 殺到した数えきれないほどの鎖は少年を一部の隙もなくぐるぐる巻きにして捕縛し、逃れようもなく呑み込んだ。

 観客が声を思い出したのは、そうして決着してからだった。


 そして歓声が湧きおこる。



    ◇



「ええと」


 客席の沈黙、それは彼ら三人にしても同じだった。

 いち早く、口を開いたのはクロ。


「あれ、どういうことなの? キィって確か同時にできて四重って話だったわよね、それに、あの鎖……」

「鎖はキィの心図シンズじゃろ」


 答えたのはシロだった。

 特に驚いた風情もなく、アカの肩に身を任せたまま。


「キィの心図は「手」あるいは「伸ばすもの」。鎖は後者に該当するじゃろ……キィの認識としては、じゃけど」

「でも、今までは手袋って」

「ありゃキィの見栄じゃ」

「……見栄?」


 キィには似つかわしくない単語に、クロは目を開いて驚いた。

 むしろそこで驚くのかとシロは意外そうに。


「キィって、なんちゅうか、あんま目立ちたがらんところあるじゃろ?」

「たぶん、そうね。学園でも本気でやらないみたいなこと、アオが言ってたわ」

「じゃろー? ありゃ他と比較してまって輪ぁから外れるのを怖がっとるんじゃな。じゃけぇキィは殊更、普通であろうとする傾向があるわけじゃ」

「ふつう……?」


 そこで歓声が会場を包み込む。

 あまりの大きな声にクロは思わず耳を両手で塞ぐ。

 

 皆が興奮して立ち上がるのもわかる。

 五重の魔法陣を使いこなす学生。コケ脅しでもなく波濤の如き鉄鎖の射出。ガクタイ第一試合においての――瞬殺。

 テンションが上がらないはずもない。


 ……とはいえ、キィの勝利を信じていた姉妹弟子たちにはそこら辺で驚きはしない。

 それよりも黄色の少女、その内面にクロは興味がある。

 それを汲んで、シロもまた続ける。


「他と違わない。恐れられない、侮られない――忘れ去られたりしない、そんなとこじゃな」

「べつに、そんなの普段通り振舞ってても変わんないじゃない」

「ほうじゃね。シロもそう思うよ。じゃけぇ当人はそう思っちょらん――はずじゃったんじゃけど」


 舞台を見下ろし、シロはすこしだけ難しそうな顔になる。

 勝利に腕を掲げて笑うキィの姿は、これまでの彼女とはすこし違っていた。


 代わって、アカがそこで言葉を継いだ。


「どうやら、一皮むけたようですね」

「え」

「妹さんとの会話が思った以上にキィに良い影響を与えてくれたようです。成長しています」


 見栄えよく可愛げのある手袋ではなく、恐ろしげで戦闘に向いた鎖をこの観衆の前で使う度胸。

 そして――


「五重の魔法陣。あれは確実にキィの心の成長を表していると言えるでしょう。素晴らしい」


 心は魔術に影響されることはない。しかし、魔術は心に強く影響を受けている。

 キィが心の整理をつけ、前を向き、魔術に真摯に向き合った。


「え、心って……それだけで強くなっちゃうものなの?」

「それほどのことですよ、魔術師にとっては」


 それだけのこと――それほどのこと。

 魔術師にとっては後者である。

 そして確かに魔術師として、キィは確かにステップアップした。

 魔法陣同時展開数の一枚増加、それは姉妹弟子誰にもない唯一無二の才能だった。


「すごい……すごいわ!」


 それは大きな一歩を踏み締めた姉弟子への賞賛なのか、それとも。

 魔術師という存在の大きさへの賛美なのか。


 アカにもシロにも、それはわからなかった。



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