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28 学園対抗魔術合戦・起


 ――学園対抗魔術合戦。


 それは戦後しばらく続いた大三国の冷戦状態を打ち破った、存外に由緒正しい催しである。


 軍事的な衝突を避け、けれど優劣はつけ、そして人々に娯楽を与える。

 ならばそこに選ばれたのは学生という未熟ながらも原石たる輝きを誇る者たち。


 ちょうど三国には魔術学園が幾つか設立されており、そこに通う次代を担う優秀な魔術師であれば国の代表として格落ちはしない。


 魔術師協会に仲立ちと運営を任せ、学園を選別して生徒を選別して、そして開催。

 彼らの親善試合は、当初開催前にあった不安を消し飛ばすほどに盛況だった。


 既に合戦は十五回も行われ、全てが成功を収めている。

 かつてあった冷戦の空気も――すくなくとも民間の間には――どこへなりとも消えてしまった。


 合戦の中止の年には戦争が起こるとまで冗談めかして言われるほどに、国際交流の場として確固たる重要性を保持している。


    ◇


「と、そういった催しなのですが……聞いていますかクロ、シロ」

「えっ? あ、ごめんなさい。目移りしちゃってたわ」

「すぅ……すぅ……」


 学園対抗魔術合戦――ガクタイ。

 その当日には王都は一際賑わっていた。

 都市中で熱狂のお祭り騒ぎ。

 以前に来たときよりもずっと人が多く、大通りでさえごった返している。


 それだけ大きな、国家規模のイベントごとだ。

 そうした盛況ぶりは商売っ気だけでなく、他国から訪れた客人に王都とはかくも煌びやかなりと示すためでもある。


 まるで無知であったアカは今日のためにと下調べしておいたのだが、あまり意味はなかったらしい。


 そんな知識よりも、目の前に溢れる人々の活気に目を奪われている。


 たとえばたくさんの出店が居並んで、今日こそ売り時とばかり店主が声を張り上げ喧伝する。


 見知らぬ果物の盛り付け。

 書物でしか知らないような生き物の丸焼き。

 焼き菓子、麺料理、ジュースなどなど。


 それらに物凄く目を輝かせ心惹き寄せられていたクロは、アカの一言でバツが悪そうに謝る。


 一方でシロは先刻まで興味ありげに周囲を見回していて、確かに起きていたはずだったが、いつの間にやら眠っていたらしい。

 歩きながら、眠っている。

 器用というべきか横着というべきか。


「……」


 ――ふぅん、ガクタイなぁ。ええね、シロも見にいくー。


 と、そんな発言に驚いたのは、屋敷の住人全員であった。

 なにせシロが屋敷の庭先から外に出るのなど云年ぶり――無論、アオもキィもシロが外出したところを見たことがない。

 当人は妹たちの晴れ舞台だからと珍しくお出かけ気分。

 もちろん、それを否定する者など誰もいない。それならそれで、みな喜んだ。


 というわけで本日、先に学園に向かったアオとキィを除いてアカとクロとシロが三人揃って王都に訪れていた。

 ガクタイの開始時刻まですこし余裕があって出店を見て回っていたのだが、これが混雑していてなかなか進行するだけで難儀。


 特に寝ながら歩くという奇行はどう考えてもふらふらとして覚束ない。危うい。

 アカは眠りシロの手をとり、ぶつかったりしないようにと先導する。


「あっ」

「はい?」


 すると、今度は逆側のクロがなにやら物欲しそうに、そしてなにか言いたげに口元をわななかせる。

 そして、意を決して。


「アカ!」

「はっ、はい。どうしましたクロ」

「ここは人通りも多いし、わたしは背も低くて足幅も狭いし、なにより病弱よ!」

「はぁ」


 それは知っているけれど。

 だから、なんだという。

 だから、こうしろと。


「ん」


 クロは無言で手を差し出す。気恥ずかしさに顔を逸らして、けれど強くねだるように瞳だけは流し目でこちらをうかがって。

 そこまでされてやっとアカは得心いって、包むようにクロの手を握った。


    ◇


「ふぅーはははははははは! 遂にこの日が来たね、諸君!」

「ジグムントうるさい」

「あはは」


 学園の空き教室。

 いつもなら何十名と学生を収容し、先生次第に様々な授業を開いているはずのそこは現在、閑散としていた。

 席に座すのは三名のみ。


 ローベル魔術学園学園対抗魔術合戦代表選手の三名――アオとキィ、そしてジグムントである。


 結局、三人目の代表者はあの後に行われた選抜試験において最優秀の成績をとったジグムントだったのだ。

 わりと全校生徒の予想通りの代表三名と言える。


「なんだいアオくん、ノリが悪いな。さては緊張しているのかな?」

「単純に声がうるさいんだよ。あんたこそ、声張り上げて誤魔化してるだけなんじゃないのか」

「ふ、まさか。シュベレザートの魔術師として、この程度の衆人環視など幾度も浴びたとも」


 それに反応したのはキィ。

 ちょっと好奇心で問いを。


「やっぱり魔術貴族のひととなると、こういうの慣れてるんですか?」

「もちろんだとも!」

「いや、キィ、こいつに敬語使わなくていいぞ」

「……アオって、ジグムント先輩になんか当たり強くない?」

「いや、一時期付きまとわれたからさ、強く言わないと聞かないって知ってんだよ」


 なんとなく重みのある発言である。

 だが当人は心外とばかりに目を剥く。


「いや待ってくれないか! ぼくは付きまとってなどいない!」

「あれは付きまとってただろ!」

「あれは純粋に決闘をしてくれという真っ向からの挑戦であって――!」


「――過ぎた緊張は不要ですが、緊張感もなく弛緩しているのもよろしくありませんよ」


 言い争いを止めたのは、教室に入ってきた女教師だった。


「リュミエル先生、おはようございます」

「はい、おはようございます、キィさん」


 しっかりとソツなく挨拶をできたのはキィだけだった。

 残るふたりは掲げた拳を下げるように居住まいを正してからでないと、不要に声が荒いでしまいそうで一拍を要した。

 それから。


「おはようございます、先生」

「おはようございます、リュミエル先生。今日も一段とお綺麗だ」

「世辞は結構です」


 ぴしゃりと言い放ち、リュミエルは足音もなく歩み進んで教壇へ。

 それに伴って三人も近くの席へと座り背筋を正す。


 それはいつもの授業のようで。

 ぱんと手を叩き、リュミエルが注目するよう促す。


「さて、これは既に幾度も確認しましたが、今一度だけ」


 もう本当に授業のようだ、思いつつも三人は黙って聞き入る。

 リュミエルの口調はいつにも増して厳しく、激しく、力強い。


「あなたがたはこの学園、ひいてはこの国の代表魔術師です。

 もしもその事実に物怖じするようであれば棄権なさい。もしもその事実に舞い上がっているのなら棄権なさい。

 本校の名に恥じぬ振る舞いで戦い抜くと自信がないのなら、棄権なさい」


 それは本当に今日まで何度も何度もリュミエルから問われた言葉。

 どこまでも重圧的でいっそ威圧的。けれど座するその代表という席の重みを正しく直視させてくれる。


「……」


 当然にこれまでは是と間髪入れずに返答してきた。

 しかし当日の直前ともなれば、一瞬の間が空いてしまい――それだけだ。


「何回確認されたって答えは変わんないよ、あたしは誰より強くなりたい、その理由がある! だから誰にも負けない!」


 アオの断言に追随して、ジグムントもまた高らかに。


「ぼくはシュベレザートの未来の当主。生まれた時より覚悟はできているとも! 国の代表だなんて、光栄で胸が躍るよ!」

「……」


 そして最後に、キィは。


「わたしは」


 目を閉じて、思い起こす。

 ここにまで来た理由を。これから戦う動機を。


 学園のためでも、もちろん国のためなんかでもない。


 救ってもらった。共にいてくれた。姉妹と出会わせてくれた。

 幾つも幾つも尽きぬほどに恩はあり、これはその恩返しのための第一歩となる。


 キィは、しかと目を見開いて挑むようにリュミエル女史へ視線を返す。


「わたしは戦います。夢に近づくために……センセに近づくために!」


「……よろしい」


 三者三様の決意表明を聞き届け、リュミエルは巌のような口もとをほんのわずかに綻ばせた。

 けれどそれは一瞬の出来事、三人が気づくよりも早く緩みを正していつものように。


「では、学園対抗魔術合戦の説明をさせていただきましょう」


 それもまた、これまでに幾度か聞いた説明である。

 リュミエル先生の授業は、いつもこうだった。

 大事なことならば何度も何度も繰り返し、念を押し、忘れないようにと言い含める。

 それがまず間違いなくペーパーテストで出題されるのだから、生徒たちにとっては厳しさの割に単純だと思われている。

 だがそれは彼女が誰よりも基礎を大切に思い、生徒たちに伝えなければならないと信じているから。


「その目的は親善、けれど競い合うのは魔術の腕前。

 集まった三校のうち、どこが最も優れた魔術師を育て上げたかを問う決闘になります。

 そのため、真っ向勝負をしてもらいます。それも総当たりで。勝利数の最も多かった学園の優勝となります」


 三校――東西南の三大陸大三国で、最も名のある魔術学園。


 西大陸のハンドバルド王国のローベル魔術学園。

 東大陸のヒノ大国のホウライドウ魔術学園。

 南大陸のセントバード連合国家のヘルベルト魔術学園。


 各校の代表生徒が勝敗を競い、勝ち星を奪い合う。


「試合形式は至ってシンプル。代表者三名同士が一対一で魔術決闘を行うというもの。

 舞台はここ一週間ほどを使ってお呼びした黄魔術師様方にグラウンドに作成してもらいましたので、そこで行います」


 ちなみに客席も舞台も、五日後には全て消失するよう設定してあるので、その後の授業にも差支えはない。


「基本的に決闘のルールはこれまでのものと同じとします。念のために言っておくと勝敗は、当事者の降参宣言、審判の判断によって決定します。また、故意の殺害も同じく反則となります」


 できうる限り人死には避ける方針ではあるが、偶発的なそれは仕方なしとされる。

 これまでのガクタイでも、死者は幾人かでている。

 それだけ過酷であり、誰もが死に物狂いで本気なのだ。


 けれど。


「あなたがたは誰も死なぬよう。可能ならば死なせぬよう心掛けなさい」


 親善を謳うのだから、そこを違えてはならないと。

 国の面子、将来の指針、魔術師としての誇り――どれも大事だが、命を捨てるほどのものではない。そして、命を奪うほどのものではない。


 それを肝に銘じてほしい。


「わかりました!」


 全力で返事をしたのはキィだけだった。

 あれ、とふたりを交互に見ると、アオもジグムントも苦笑だった。


 それもやっぱり、ふたりにとって耳にタコができるほどに言い聞かされたことだったから。

 キィはそれを察してなんだか恥ずかしくなって俯いた。


 リュミエルは微笑ましさを覚えながらも、話を進める。


「最後に本日の対戦校ですが、学園対抗魔術合戦第一戦は我らローベル魔術学園とヘルベルト魔術学園になります」


 そう、初日の今日このあとすぐに行われる第一戦目こそが、三人の出場する試合。

 だからこそ、三人はすこしだけ表情に緊張感を露わにして、すぐに潜める。


 あと二時間もせず、試合ははじまる。

 大観衆の前で命を落としかねない戦いをする。

 それも、多くのものを背負ってのだ。


 まだ年若い彼と彼女らには、やはり重い。


「事前に渡しておいた資料は確認しましたね? 対戦相手の情報が――


「おいおい、魔術貴族がひとりって、ローベルもレベル落ちたなぁ」


 不意に教室のドアが開く。

 リュミエルの言葉を遮って、どこか退屈そうに声を上げるのはローベルとは違う制服を纏った少年だった。


 少年は今リュミエルが掲げた事前資料と同じものを手に、遠慮もなく敷居を跨いで入室。

 近づきながらもばんばんと資料を叩き、質問を。


「あんたらがローベルの代表だろ? どれが誰なわけ?」


 突然の訪問と質問に、三人は困惑してすぐには返答できなかった。

 いや、すこし違う。

 三人的にはこの戒めの教師を前によくもそんな尊大な態度がとれるな、絶対怒られるぞと教壇のほうに意識が行ってしまったのである。


 一方でそのリュミエルは、むしろ口を挟まないようにと自ら沈黙を選ぶ。

 ガクタイ直前のぴりぴりとした空気感と生徒らの緊張は理解しており、こうした横暴にも多少寛容になれる。というか他校生徒を叱りつけるのもあれなので、向こうの教師に報告して任せたほうがいい。

 

 無論、三人はリュミエルの心情を理解できていないが、ともかくここで叱り飛ばさずこちらに任せてくれたことを把握。

 目線を通わせ、代表してアオが返す。


「突然、失礼じゃないか? 名を知りたいなら先に名乗ったらどうだ」


 喧嘩を売られたのはわかっていたので、相応に返事もまた尖ったのは致し方ないだろう。

 相手もそれを得心したのかすこし好戦的な笑みを刻む。


「……まあいいや、そうだね挨拶だ。俺はヘルベルト魔術学園の代表、ジャロン・クウェース」

「……アオだよ」

「キィです」

「……は?」


 ふたりの名に、ジャロンと名乗った少年は呆けたように停止してしまう。

 すぐに再起動――大笑いを吐き出した。


「アオ……キィ? はん、ははっ。なんだ、その魔術師名。とんだ雑な名付けだな、師の格が知れる、あははははははは!」

「……!」

 

 ――そのとき、ジグムントはヤバいと察する。


 アオとキィは優しい少女たちだ。

 学園においてもそれは有名で、みなに慕われ、驕ったり怒ったりはしない。


 けれど、彼女らにはひとつどうしても触れてはならない逆鱗が存在する。

 それは、ローベル魔術学園の生徒たち全員が知る最悪の逆鱗。学園中で周知された暗黙の了解。


 ――彼女らの師を侮辱してはならない。


 特にジグムントはアオがどうしても気分が乗らないと決闘を拒んだ時に、一度だけ焚きつけるべく軽く煽ったことがあった。

 ボッコボコにされた――魔術決闘なのに、素手で。


 以降、彼はその手の言動は完全にやめている。


 そんなジグムントだからこそ、行動は早かった。

 ずいと前へ出る。


「ぼっ、ぼくはジグムント・シュベレザート。よろしくお願いするよ」

「!」


 それに、ジャロンはすこし目を広げた。

 この世界で姓を名乗ることが許されているのは貴族のみ。そして、魔術学園に通う生徒で、この試合に選出されるのならば自分と同じ魔術貴族であることは間違いなかろう。


 貴族において才ある魔術師の血を多く取り入れ、意図的に強力な魔術師を造ろうとする一族というのはまま存在する。

 それをして魔術貴族と呼び、確かに多くの名のある魔術師が輩出されている。


 歴代の月位ゲツイ九曜クヨウに名を刻んだ魔術師も、半数ほどが魔術貴族であるとされる。


 そして、今回のガクタイに出場する学生魔術師、三校三名ずつの合計九名のうち――アオとキィを除く七名全員が魔術貴族である。

 それだけ実力という物差しで見たとき、魔術貴族というのは上に位置しやすい。


 そういう認識がジャロンのなかにはあって、だからこそ姓も名乗らない少女ふたりを軽く見積もり、さらに魔術名の貧相さに笑ってしまった。


 ――全校生徒の予想通りの代表三名。

 しかし、それはローベル魔術学園の予想であり、それ以外の者からすると予想外の面子なのである。


 大陸からして違う別の学園にまで、ローベルの事情は伝わっていない。アオやキィのとびぬけた才気は届いていない。

 ただひとつだけ駆け抜けたセンセーショナルな事実がひとつだけ。


「じゃあ、あんたが学生で風位フウイっていうとんでもない魔術師なのか」

「え?」一瞬、ジグムントは意味を拾い損ね、すぐに気づくと「……あぁ、それはちが――」


 ぐいっと、言葉途中でアオに腕を引っ張られる。

 どうしたと振り返れば、少女は華やかに笑っていた。


「そうそう。こいつが風位フウイ

「え」

「やはり……」


 神妙に頷くと、ジャロンはジグムントをきっと見つめて真っ直ぐに。


「では、言っておく。俺は第一試合一戦目に出る。できれば、あんたとやりあいたいね」

「……」

「じゃ、それだけ言いに来ただけだから、俺は帰るよ」


 ジグムントの返答も待たず、ジャロンは颯爽と退室してしまった。

 本当に挨拶だけが目的だったらしい。


 そういう律儀さは割とジグムントとしては嫌いになれないが、いや、結構な横暴さは困りものだが。

 なによりも、自分がこの程度でも他のふたりは――


 懸念しながら何気なく、ジグムントはアオへ。


「アオくん、先ほどはなぜあんなことを?」

「そりゃ、情報アドバンテージを渡さないためとか」

「嘘だろう」

「嘘だけどさ」


 あっさり両手を挙げて降参。すぐに本音をバラす。


「いや、ほら。知らないみたいだったし、試合でぶっ飛ばしてから言ってやろうかなって」

「……やっぱり怒っているね、君」

「そりゃね。キィだってだいぶキてるよ」

「え」


 ジグムントが言われてキィのほうを見遣れば、彼女は笑っていた。

 なぜだかぞくりと怖気がするほど綺麗な笑みだった。


 ジグムントはなにも言えなかった。


「第一試合、わたしがでるね」

「キィくん……?」


 出し抜けの発言にジグムントは驚いて、咄嗟に否定を口にしてしまう。


「いやいや、しかしキィくん」

「駄目ですか?」

「……」


 そう返されると、強いて否定はできない。

 けれど。


「駄目、ではないが。仮にも相手は――勘違いとはいえ、風位フウイの相手を買って出るような魔術師だ、自信はあるのだろう」


 学園生にとって風位フウイという位階はとても大きい。


 なにせ現状、風位フウイの学生は世界でもアオただひとり。

 歴史を振り返っても、アオを除いてたったの二名とされている。

 風位フウイにまで昇り詰めたのなら学生などしていなくとも、すぐにどこからでも引く手あまた。すぐに自主退学するか、そもそも入学しない。

 考えられるのは魔術貴族としての伝統に則り、卒業証書を取得するためだけに在学しているか。

 もしくは、ガクタイでその実力を広くアピールをするためか。そのどちらかであろう。


 アオのように、単純に楽しいからとか師の教育方針であるとか、想像しろというほうが無理である。


 だからジャロンがジグムントを唯一の風位フウイと勘違いしても仕方がなく、そして、そんなジグムントに挑みかかろうとするのは勇気ある挑発と言えた。

 そんな彼に、


「君は勝てるのかい?」

「……勝ちます」


 静かな宣言だった。

 けれど、強い言葉だと思った。


「わたしは……ううん、わたしとアオは、センセをバカにした人には絶対負けないって決めてるんです」

「いや、あれは魔術師界隈としては仕方ない面もあるというか……」

「それでも、撤回させないとわたしがイヤです」


 わかっている。

 キィだって、ジャロンの発言は致し方ないことだと思っている。アカだって、おそらくこの話を聞いても苦笑するだけだろう。

 でも、それでも、仕方ないで終わらせたくはない。

 湧きあがった怒りという感情を否定したくは、ないのだ。


「……わかったよ。初戦はキィくんだ。アオくんも、いいかい」


 困りながらもジグムントは同意しつつ、アオにも振っておく。彼女も彼と戦いたいのではと思ったからだ。

 アオは意外なほどあっさりと頷いた。


「しょうがないなぁ。ほんとはあたしがやりたかったけど」

「ごめんね、アオ」

「いいよ、いつもは譲ってもらってるし」

「……こういうこと、何度かあったのかい」


 ジグムントは戦慄を覚えつつ、なにを言っても止まらないと悟り、諦観にひとり笑った。


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