キィ4 進路
「そういえば気になってたんだけど」
「なにー」
まったりと休日を過ごしキィに、クロは意を決して声をかける。
あまりがっつかないように、単なる会話のように、繊細な注意を払って声音を落ち着ける。
以前聞いて、それ以降ずっと気になっていたこと。
「前に言ってた、キィの進みたい進路って、なにかなって。
あ、教えたくないなら別にいいんだけど……」
「そんなことないよ!」
言葉途中であれこれやっぱり踏込みすぎでは、と急に尻込みしだすクロに、キィは遠慮無用と笑って受け止める。
人付き合いの間合い管理に歴然たる実力差があるふたりであった。
これ以上、クロが遠慮に逃げないよう、キィはあっさりとそれを口にする。
「わたしはね、杖職人になりたいの」
「杖職人? えっと、杖を作るひと……?」
魔術師にとって杖とは補助具だ。
魔力を溜めこんで不足時の補てんにしたり、術式を一部書き込んでおいて発動速度を高めたり、効能の底上げをしたりと、種類は用途によって多様である。
ただ昨今では杖を持たない術師のほうが多く、すこし衰退気味な分野だとアカは言っていた。
それでもキィは嬉しそうに楽しそうに語る。
「そう! こればっかりは専門職だから、センセでもあんまりなの。だからどこか有名どこの杖職人のひとに師事して学ぶつもり」
衰退気味で凄腕の職人は少なく、だからこそガクタイでの評価がほしいのである。
なるほどとクロは理解を示し、同時に疑問もふくらむ。
「でも、なんで杖なの?」
キィは黄魔術師。ものを作ることに長けてはいるだろうが、それにしても専門的すぎて選んだ理由が気にかかる。
キィならもっとすごいことができるんじゃないかと、クロなどは思うのだが。
「んーとね」
キィは、ちょっと気恥ずかしそうに。
「センセが杖を使ってる理由、クロは知ってる?」
「え? 先生?」
突然、出てきた名前に面食らう。
この話にアカが関係するのだろうか。
どころか、彼のためのキィの決意である。
「それはね、力を出しすぎないようになの」
クロは目を丸くして驚く。
「センセが全力を出したら、あの杖は耐えかねて砕けちゃうんだよ。そうならない程度に力を抑える目安として、センセは杖を使って魔術を行使してるの」
魔術師にとって杖は補助具――しかしアカのそれはただの定規か制御具ていどにしかなっていない。
なしでも無論、制御は万全だが、目安があったほうが容易いのも事実。強すぎる力を無用に出力し、その余波を外に知らせぬようにと隠匿するに際して持ち始めたらしい。
けれどそれは、本来の杖の用途ではあるまい。
「だから、わたしはセンセに最高の杖を作ってあげたいの」
アカに見合った耐久性を。
アカに見合った術式保護を。
アカに見合った効力増強を。
そんなアカ専用の杖を、作ることができたなら。
それは三天導師用の杖という前代未聞の試み。
今までありえなかった、これもまたひとつの天へと至る極地である。
それは造形魔術を得意とするキィにしかできないことだから。
クロは目を見開き、そしてなにより羨ましそうに目を細めた。
なにせそれは、それが。
「それがキィの恩返しなんだね」
「うん、そうだよ」
華やかで、美しく、どこまでも魅力的にキィは笑った。
同性のクロが見惚れるほどに愛らしい。抱きしめたくなる。
「すごいな、すごいよ。わたしなんか、まだ方法も思いつかないのに」
「……そうでもないよ」
「え」
「ほんとは、恩返しより、わたしがアカに忘れてほしくないからだもん」
笑顔は儚げに移り変わる。
「わたしの杖を持っててくれたら、わたしとお別れになっても、きっとわたしのことを覚えててくれるから」
アカはどれだけ生きるかもわからない天なる者。
だから、せめて杖くらいは彼とともに悠久を連れ添い、忘れがたい忘れ形見として握り続けてもらいたい。
いずれかつてと古びれていくキィのことを、いつまでも心の片隅にでも置いてくれますようにと、それは小さな祈りであった。