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27 特訓


「あ、クロ、おはよー」

「キィ……うん、おはよ」


 なんとなくいつもより早く目覚めたクロがリビングに降りると、既にキィがなにやらキッチンで働いているところであった。

 早いと自覚があったのに先を越されていると、すこし驚く。

 アカも起きていない辺り勘違いではないはずだが、念のために時計を確認する。やっぱりいつもよりけっこう早めだ。

 では、キィがさらに早く起きたということだろう。


「ほら、クロ。ミルク」

「ありがと」


 すこし疑問に思っているとダイニングのほうから手招きされてしまう。

 思考を棚上げにして誘われるままに近寄り、テーブルに座る。

 暖かなミルクがカップに注がれて用意されていた。一口飲んでいると、キィは料理場に向き合ったまま背中から声をかける。


「今日はどうしたの、早起きだね」

「えっと、なんとなく、目が覚めて」

「そっか。あるよね、そういう日も」

「キィこそ、早起きよね」

「うん」


 とんとん、と規則正しい包丁の音が響く。

 ぐつぐつ、と鍋から控えめに音がする。

 なにか、料理をしているらしい。


「わたしもなんとなく。なんとなく、朝ごはん、作りたいなって」


 この屋敷では、基本的に朝はパンだけだ。時々、夕食の残りを添えることはあるが、昨夜の食事は残っていないはず。

 だから、キィが朝食を準備してくれるというのは休みの日とはいえ珍しいことだ。

 けれど、クロは深く問うこともせずに頷いた。


「そう。うん、あるよね、そういう日も」

「えへへ。ほんとはみんながおりてくる頃には出来上がってて驚かそうと思ったんだけどね」

「えっと、ごめんなさい?」

「謝らないでよ、冗談だよ」


 笑っている。キィは、いつものように笑っている。


 結局、昨日なにがあったのか、どんな話をしたのか、クロもアオも知らない。


 でも、きっと悲しい結末にはならなかった。納得いく決着を迎えられた。

 だって、いま笑うキィの笑顔が偽りだなんて、到底思えないのだから。



    ◇



「おや」


 いつものように授業を受けていると、不意にアカがあらぬ方向に目を遣った。

 なにかあっただろうか。クロは気になってしまって問いかけてみる。


「どうかしたの」

「いえ。アオとキィが特訓をはじめたようだったので」

「特訓」


 そういえば、以前アオがそんなようなことを言っていた。

 そして、それは既に何度も行われているらしいのだが、なぜだかクロは見たことがない。アカもだそうだ。

 おそらく、クロの授業や散歩などの不在のタイミングを狙ってやっている。

 特訓だから、隠しているのだ。秘密特訓なのだ。

 だからあえてクロは追及することもなく、忘れておこうとしていたのだが。


 アカは、どこか悪戯っぽく片目を閉じて。


「見に行きますか?」

「え、いいの?」


 それを聞かれたら目が輝くのを抑えられない。是としか答えられない。

 アカとしては、『本当は興味津々だけどそんなこともない』ように装っているクロがなんだかおかしくて、思わず提案してしまったのである。


 授業の切りもよかったので、せっかくなら。


「課外授業としましょうか」


    ◇


「えっ、アカ、クロ?」

「どうしたの、センセ」


 庭先に出れば、アオは驚いて硬直しキィは疑問をもってくる。

 アカは簡素に。


「特訓の見学をしようかと」

「えー」


 すこし不満げなのはアオ。

 隠れて密かに鍛えて、本番で驚かせたいのである。

 と言ってももう一か月もない。この短期間で驚くほどの成長が見込めないこともわかっている。

 だから文句はないけど不満がすこしといった具合だ。


 アカはそれを把握した上で気にせず。


「今は、なにをしていたのですか?」

「なじみの魔術をとりあえず素振り百回」

「えっ」

「スパルタで困ってるよー」


 アオはなんでもないように言い、キィも疲れた風情ながら深刻さはない。

 ただひとりクロはすごくビビっている。


「そっ、それはどんな意味があるのかしら」

「慣れる」

「えぇ……」


 そんな簡潔にざっくりとした回答されても。

 アカが苦笑しながらすこし解説を。


「魔術というのは繰り返せば繰り返すほどに発動を短縮できるものなのですよ。まさしく慣れによって」

「そうなの?」

「もちろん惰性で繰り返しても意味はありませんよ? 発動の度にどうすればもっと素早くなるか、よりよい術式にできるか、ひとつ前より上手くできるようにと意識しながら繰り返すことで、身体と魂がその魔術を覚えていきます」

「魂が、覚える?」

「はい。魔術は魂そして心の学問であり、その身をもって起こす術技ですから」


 とん、と自らの胸を示し、アカはいう。 


「それの究極が行動から思考を省き反射でなす――これは武術などでもある最短の最奥です」

「考えるっていうのもロスだから、それをできるだけ縮めるための慣れってことね」

「いちおう、あたしは短縮した事実があるから無駄じゃないぞ」


 ちゃんと計測したという実体験で語ってもらうと納得しやすい。

 それを実感できるレベルで習熟しているという事実にまたひとつたじろぐが。


「じゃあ魔術師って年輪を重ねて経験を積んだほうが強くなるのね」

「大抵の場合はそうなります」


 無論、それを覆すような才能もセンスも実在し、というかこの弟子らがその紛れもない証左である。

 

 クロはすこしだけ首を傾げて。


「でも特訓っていうわりに、するのは地道なことなのね」

「そんな急激に強くなれないんだよ。地道な積み重ねが大事なんだぞ」


 実際、アオほどの実力があるのなら、小細工せずに基礎の向上を目指したほうが確実だ。

 それを当人も理解しているのだから流石である。

 同時に、地味だからこそアカやクロの見えないところでやろうとしていた節がある。見ていて楽しいものではあるまい。


 一方キィもキィでしっかり不足を弁えている。


「わたしはアオほど決闘慣れしてないから、そういうののセオリーとか聞きたいけど」

「説明してるだろ」

「アオの説明わかりづらいんだもん」

「動きで理解すればいいんだよ」

「うーん?」


「…………」


 言い合うふたりを眺め、アカは思いのほか真面目に取り組むその様に感心していた。

 この短期間でできること、補い得る点。それについてアカでもこうすべきであろうと思う最善を正しく把握し取り組んでいる。

 教えなくても、既に努力している。

 

 これは本格的に自分は不要だなと思うと、寂しいやら嬉しいやら。

 それでも力になりたいと願う。技術面では即座に向上とはいかないが、モチベーションなら。

 ハズヴェントの案に、乗ってみよう。

 

 特訓を再開し、魔術を行使しだすふたりを羨ましげに見つめる背中に、アカはふとこんなことを言う。


「クロ」

「なに、アカ」

「私たちも、特訓しましょうか。あなたに見合った魔術を、身につけてみませんか」

「……え」

「は?」

「えっ」


 クロだけでなく、なぜだかアオもキィも随分と驚愕して手を止め振り返る。

 ふたりがことの次第を理解するよりも、クロがただ全力で飛び跳ねるほうが早かった。


「する! 特訓するわ!」


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