25 妹
「キィ、ごめんね! 入るよ!」
クロは声を張り上げ、キィの部屋へと踏み入れる。
すこしばかり強引だが、こうでもしないとおそらく消沈した少女に声をかけることはできない。
嫌な記憶を思い出し、辛く苦しい現実を突きつけられると、人は耳を塞ぎたくなる。目を閉じて、なにもかも遮断してしまいたくなる。
そうした時に、優しい声をかけても聞こえない。暖かく寄り添ってみてもわからない。
全部嫌になって、良し悪しどちらも遠ざけてしまうから。
だからちょっと無理やりにでも傍にいると大声あげて気づかせなければならない。
それに、クロとしても。
勢いづけて自らを鼓舞しなければ、きっと今のキィには向き合えない。
落ち込んでいるとき、変なことを言って余計にこじらせるかもしれない。
伝えたいことが上手く伝わらず、誤解を与えて沈んでしまうかもしれない。
嫌われてしまう……かもしれない。
そんなのは嫌だと怯えて縮こまって、言葉がちゃんと出てこないのでは本末転倒。
なにより、キィに嫌われることよりも、キィが悲しい顔をしているほうが、クロは嫌だ。
キィには笑っていてほしい。
いつも楽しく話してくれた。
いつも優しく教えてくれた。
本当の妹のように、可愛がってくれた。
たくさんたくさん感謝があって、それをすこしでも返したい。
その一念で、クロは自らを奮い立たせてキィと相対する。
「……クロ」
部屋に入ると、キィはベッドに腰掛けていた。
沈痛な、今にも泣いてしまうんじゃないかと思える面持ちで。
それでも、クロの突撃に反応はしてくれて、あまつさえ。
「ごめんね、クロ。さっき、ぶつかって転ばせちゃったよね、ごめんね」
「そっ、そんなのいいよ!」
そんな顔して謝らないでほしい。
絶対絶対、辛いのはキィなのに、そんな余裕のないときにこちらを気遣わないでほしい。
胸が痛くなる。
痛くて痛くて、なにか縋りつくものが欲しくなる。
きっと自分よりも痛みを感じているキィに、縋るものを用意してあげたくなる。
だから、クロは。
「……え」
思わず抱きついた。キィを全身で抱きしめた。
子供が親に縋るように――妹が姉にしがみ付くように。
「キィ、辛いなら辛いって言ってよ! 悲しいなら悲しいって言ってよ!
誤魔化されたら辛いよ! 遠ざけられてるみたいで悲しいよ! わたしたちは家族でしょ!? もっと……もっと、頼っていいんだから!」
「っ」
ただひたすら真っ直ぐに感情を言葉に変えて言った。
そして、それ以上は言葉にならず、なぜかクロのほうがえんえんと泣き出してしまう。
「……」
抱き締められ、泣きつかれ、キィはしばらく茫然としてしまう。
ゆっくりと状況を把握して、それからなんとかクロを落ち着かせられないかと思う。
恐る恐る手を伸ばす。
クロの背中に手を添えて、できるだけ優しくさする。キィからも抱き締める。
「ぁ」
すると気づく。
クロの暖かさに。その生きている証に。
なんだかそれだけで、我慢していたものが決壊してしまう。
わんわんと、いつの間にやらキィもつられるように泣いていた。
互いにどうして泣いているのかわかっていない。
ただ色とりどりの感情が昂ぶって混じりあってぶつかって、気づけば涙になっていた。
◇
どれだけ大泣きを続けたのだろう。
ともかく感情を吐き出せたのか、どちらともなく声が収まっていき、ようよう落ち着いてくる。
とはいえまだ鼻声で、嗚咽を漏らしながらクロは言う。
「ねぇ、キィ」
「うん」返事をするキィも、やっぱり涙声で「なぁに、クロ」
「キィのこと、教えて」
「……」
「なにがあったの? どんな呪いで不幸になったの? 教えてよ」
そんなこと、口にするのもおぞましいだろう。
思い出すだに吐き気を催し、泣きたくなる。
クロにもわかる。きっと、彼女も自分のことを思い返して話そうとすれば今のように泣いてしまう。
けれど、なにも知らずに言ってやれることもできることもない。
聞いて、知って、理解しないとなにもはじまらない。
知らないままで放っておいてキィの悲しい心を無視するなんて、したくないから。
無理なお願いとわかっていたが、果たしてキィは。
「わかった。聞いて、クロ」
ぎこちなくて儚くも、できるだけ綺麗に――笑って頷いてくれた。