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23 手紙2


「ふぅん、ガクタイねぇ……」


 ふぃー、と紫煙を吐くのはハズヴェントである。

 実はハズヴェントは愛煙者である。

 子らの前では絶対に吸わないが、今日はアカとふたりなので遠慮なく煙草をくゆらせている。


 今日はすこし珍しいことにアカがひとりでフェント村の軍基地に訪れていた。

 いつもの仮眠室で灰皿片手に空を眺めていたハズヴェントは突然の来訪に目を細めたが、すぐににへらと笑って椅子を勧めた。

 そしてアカから話を聞いて、新たに煙草を一本吸ってから――火はアカに熾してもらった――あまり興味なさそうに呟いた。


 アカは首を傾げて。


「おや、知っていますか?」

「いや、聞いたことくらいはあるぜ、魔術学校のイベントな」

「そうでしたか。そういうものに興味はないと思っていましたが」

「まあ、そりゃ元王都住みだし耳にも入るわ。っても、見に行ったことはねぇけどな」


 王都にいたころは、今と違って忙しかったし。

 苦い思い出を煙と変えて吐いて捨てる。


「アオとキィが参加しますが、見に行きますか、ハズヴェント」

「うーん。いや、やめとく」

「おや、そうですか」


 意外とノリの悪い。

 ハズヴェントは頭を掻いて。


「王都にゃ会いたくないのがいるしな……。

 それに、見るったってそんなの見るまでもなく勝敗わかってんじゃねぇか」

「そう思いますか」

「キィはともかくアオが相手じゃ学生魔術師じゃあ敵はいねぇだろ。仕込んだおれが言うのもなんだがよ、ありゃ相当に動けるぞ」


 魔術の腕も体技の妙も、既にあの年齢で上等だ。

 一等の剣士として、それは断ぜられる。


「あいつを倒したきゃ既に一線級で経験豊富な奴でも連れてこねぇとな」

「それを学生に求めるのは酷では」

「あぁ。ていうか、普通の魔術師って不動で動き回ったりしないだろ? 前衛が前提っていうかさ」

「最近はソロで動ける魔術師も増えてきているらしいですよ」

「そりゃあんたの弟子はそうだろうけど、まだまだ学生にそれ求めんのは酷なんだろ?

 だから、たぶんだけどこのガクタイってやつ、決闘しても不動のまま魔術の撃ち合いになんじゃねーの?」


 どこか白けた様子で、ハズヴェントは続ける。

 彼は幾たびもの苦境に直面し、あらゆる死闘を繰り広げ、もはや生死の境など彷徨い飽きた。

 そういう百戦錬磨の男から言わせてもらえば、そんな戦いなどお遊びみたいなもの。

 つまらなさげでも、それは仕方ないのだろう。


「派手派手しくはあるだろうけど、実用面から見る奴からすると面白くはなさそうじゃん?」

「なるほど。一面的には正しそうですね」


 とか言っておきながら、アカの意見も似たようなものだ。

 であるのに、彼ほど自信をもって弟子の勝利を言えないでいた。

 すこし困ったようにいう。


「ですが、それでも私は彼女らが必ず勝つと断言できないのです」

「……心配性だろ」

「かも、しれません」


 俯くアカに、ハズヴェントはばんばんと背を叩く。


「なに不安がってんだよ、もっと弟子を信じてやれ」

「信じている、つもりだったのですけれどね。どうやら、私は根っこの部分で彼女らを信じ切れてはいないのかもしれません」

「まぁ、あんたはそりゃしゃーねぇのかもな……」


 灰を灰皿へ落とし、ハズヴェントはすこし気遣わしげな顔つきになる。


「あんたはなんでもできるから。あんたは誰より強いから。

 だから、弱いおれやあいつらがどうしても心配なんだろうな」


 三天導師という逸脱、究極の天。

 そこに座して見下ろすのなら、地に這う人々などなんとも儚くて小さく思えるのだろう。

 強すぎて――弱さが理解しがたい。


 アカがそういう奴だからこそ、隣に立つハズヴェントは剣を磨いて最強を目指した。

 弱さを心配されないように。雑魚と不安がられないように。


 こうして対等に言葉を交わせるように。


 ハズヴェントは、むしろそれを言ってやれることをすこしだけ喜びながら。


「そこは、まああんたの課題だろ。弟子をしっかり信じてやれ。それができないのはあんたの傲慢だ」


 強いからって、他者を蔑ろにしていい理屈はない。

 高くあるからって、他者を見下していい道理はない。

 アカが天にある導師であったとしても、弟子らを軽んじるのはアカの不徳だろう。


「……肝に銘じておきましょう」


 アカもまたハズヴェントの言葉を聞き流すことなどなく、確かに言葉通りに受け取る。

 こうした苦言を呈してくれるような相手は、本当にすくなく大事でありがたいのだから。


「では、それとは別に……どうすればいいと思います?」

「どうすればって、なにが」

「いえ、あの子たちに実戦についてすこし語りはしたのですが、この二か月でしてあげられることはなにかないかと」

「あー」


 いや、まあそれとは別と言われると、確かに別かもしれない。

 彼女らだって、おそらく言葉にしないだけで多少なり不安を覚えていてもおかしくない。

 まだまだ子供、情緒はそう安定しないし大舞台で緊張もあるだろう。アカの弟子であるという気負いが過ぎて負けられないと変に力んでしまうかもしれない。


 大人として、教える立場として、なにかしてやれることがあるならしてやりたい。

 その気持ちはハズヴェントにだってある。

 とはいえ。


「まあ、言ってもアオもキィも熟練みたいなもんだろ。そういうレベルまで行くと、もう短期間での成長は見込めないぞ。せいぜいが小技を考えるとか……」


 言いながら考えを巡らせて、ひとつ閃く。


「そうだ、クロだ。クロを育ててやれ」

「それは……どうしてまた。彼女は今回、ただの観客ですよ」

「あの子は他と違ってまだまだ未熟で、逆に言えば育ちざかりだ。二か月でも思わぬほどに伸びる可能性がある」

「それはそうですが」


 先の疑問に対する回答とはなっていない。

 クロがこの二か月で伸びて、それでアオとキィになにか好影響でもあるのか。

 あるのだと、ハズヴェントは言う。


「末っ子ががんばってるのを見ると、姉貴ってのは奮起するもんさ」

「……そういうものですか?」


 あまりそういう経験がないアカにはいまいち要領を得ない。

 いや、待て。そういえば曲がりなりにもアカだって末の弟子であり、兄弟子がいて……

 両手で顔を覆う。


「正しいかもしれませんね……」

「どっ、どうしたよ、なんか死ぬほどゲンナリしてる気がするが」

「兄弟子を思い出しました」


 あれは相当にプライドの高い男で、他者に劣ることを死んでも認めないような性格をしていた。

 自分より上がいることが我慢できなくて、それが故に努力するタイプ。ひねくれた努力家とでも言えばいいのか。

 見下されるのが最も嫌いで、そのくせ自分に迫るものも嫌い。誰より高みに立っていないと満足しない。

 嫌悪感を最大のモチベーションとしてひた走れる異才だった。


 だからこそ弟弟子なんてまるで認められず、日に一度は殺されかけていた時期があった。

 そして、師に曰く彼は「アカが来てから一気に伸びた」らしい。

 師という前方の壁も赦せなかったのに、後方から追いかけてくる存在ができたことでぶっ飛んだとのこと。

 もう本当にしょうもないやつである。


 ハズヴェントはなんとなく察して追及はしないでおく。

 代わって、別になにか案をこねる。

 そういえばと、懐にあるものを今さら思い出した。


「あとは……あー、精神的な問題の解決とか?」


 実力は太鼓判を捺せる。

 けれどそれを扱うのはまだ未成熟と言っていい少女の心だ。

 万全とは言い難いだろう。なにせ。


「魔術は心の影響がでかいんだろ? で、あの子らは過去に傷を負ってるわけじゃん。それを消してやることはできないけど、受け入れる手伝いをしてやれば、たぶん変わるだろ」

「あの子らはいい子たちですよ」

「そーだな。でも、おれから言わせりゃやっぱあんたんとこの子はどっか危ういよ」


 幼少期に遭った呪詛被害、それは少女たちの心に癒えぬ傷を刻みこんでいる。

 どうしようとも変えられない――拭っても拭い切れない過去。

 アカが話を逸らしたくなる程度には、未だに彼女らの心に根深く残っている。


 それはまるで呪いのように。


 それを解けるかどうかはわからないが、なにかの切っ掛けにはなるだろう。

 ハズヴェントはニッと笑って懐から手紙を取り出す。二通。


「ちょうどよくここにお手紙が来てるぜ」

「……手紙、ですか? 誰からです」


 答えず、ハズヴェントは二通の手紙を差し出す。

 それを受け取り、宛名を見ると――アカは目を見開く。


「これは……」


 ハズヴェントは煙草を灰皿に押し付けて消しながら。


「アオのやつは見てやれたから心配してねぇけど、キィにはあんまりだったからな。そのぶん不安だ」

「……」

「そいつがキィを迷わせると思うんなら、ガクタイの後にでも渡してやれ。けどもしも、あいつの先行きに役立ちそうなら……」

「ええ、ありがとうございます、ハズヴェント」


 誰より信頼できるこの友人に、アカはできる限りの謝意をこめて頭を下げるのだった。


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