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17 旧知


「学園長、お客様をお連れいたしました」


 入室すれば、そこで待っていたのはご立派な髭をたくわえた老人だった。

 老人は入ってきた人物を目視して身を震わせたように思えたが、気のせいのような一瞬だけ。

 すぐに余裕をもった笑みで受け入れ、リュミエルを労う。


「うむ、リュミエル先生、小間使いのように扱ってすまんね。下がってくれ」

「はい」


 リュミエルは綺麗な一礼をして退室。

 ドアがぱたんと音を立ててしまって――すぐ。


「アーヴァンウィンクル様!」


 老人――ローベル魔術学園学園長アドバルドは破顔した。


「いや、お呼び立てしてしまい申し訳ありません。本来ならばこちらかお伺いしたかったのですが……」

「いえいえ、あなたはこの学園の長、そう軽々に動くわけにはいかないでしょう」

「それを言うのならばアーヴァンウィンクル様は天にあるお方、儂ごときがお目通り叶うだけでもこの上ない恐悦ですとも」


 恭しく言って、アドバルドはソファを勧める。

 そして自分も高級感あるデスクではなく、対面のソファへと腰掛けた。対等な目線である。

 見遣れば既に応接テーブルにティーセットが用意されていた。

 アドバルドは自らポットを持ってカップへと注ぐ。紅茶だった。


「ミルクティがお好きでしたな。そちらにミルクもありますので」

「……アドバルド、だから、あなたはここの長でしょう。そんなに腰の低い態度は他の者に示しがつかないのではないですか?」


 言いつつもアカはミルクピッチャーをカップに傾ける。

 言葉と行動がチグハグな気もするがそれはそれ。

 ともかくアドバルドは年老いて地位を得て、なお未だに昔と対応が変わらないのは些か卑屈ではないか。


 当の本人はどこか楽し気。


「誰の目もありませんので。貴方様を迎えるとお聞きした段階から、部屋には遮断を敷いておりますので心配なさらず」

「それはわかりますが……」

「アーヴァンウィンクル様、貴方こそ、自らの高さをもう少し強く自覚したほうがよいのでは?」

「……」


 そう言われるとぐうの音もでない。

 どうにも、アカは天にある者として自覚が欠けているらしい。

 会うたび知人に指摘され、弟子たちすら時折ひかえめに提言してくる。


 そんなに威厳がないのだろうか……?


「今また妙な勘違いをなされていませんかな?」

「? なんの話です?」

「……いえ。

 ともかくです、儂もまたアーヴァンウィンクル様とお話しする時くらいはかつてのような見上げる側でいたいのですよ」


 上に立って下の者たちに心を配り、不安がらせないよう余裕をもって構え、見上げる子らや部下らの規範たらんと胸を張る。

 それは学園の長として当然のことであり、今の自分の最大重要の仕事だと思っている。

 だが常に気を張って過ごすというのも辛い。上にあっても同じ人、肩ひじ張らずに息抜きをしたい時だってある。


 アドバルドにとって最も古い記憶を共有できるのは、もうアカだけなのだから。


「まあ、そう言われてしまうと否定もできませんね」


 照れ隠しのように苦笑して、アカはミルクティをあおる。

 やはり、アドバルドの淹れたお茶はおいしかった。相変わらず。


 カップをソーサーに戻して、アカはさてと切り替えてはじめる。

 時間があれば幾らでも世間話に付き合うが、互いに忙しい身の上。そう悠長にもしていられないだろう。

 ……アカはこのあと昼休憩にアオとキィとともに食事をする約束をしているだけだが。


「それで、今日はなにかありましたか?」

「ええ、二点ほどお話があります」


 アドバルドも切り出すとなれば真面目になる。

 それは長としての顔。


「一点、これはお願いとも言えることですが」

「お願い、ですか。なんでしょう、あなたの頼みならばそう断るようなことはしませんが」

「ありがとうございます。

 アーヴァンウィンクル様は三年に一度、各国の魔術学園が対抗試合を開催するのはご存知ですかな?」

「いえ、寡聞にして知りません」


 世間とは離れて過ごしているアカとしては、そういう事柄に関してどうしても疎い。

 この頃はアオやキィなどから話を聞いて世間とのギャップを埋めていたりもするが、対抗試合とやらは初耳だ。


 アドバルドはであればと簡単な説明を。


「大三国のうち、国で一番となる魔術学園が代表者を三人選出して観衆の前で試合を行う、まあイベントですな。

 学園対抗魔術合戦――学園の育ち盛りの若人たちにとって最初の目標であり、国同士の若い才を見せつける場でもあります。

 それが、およそ二か月後にこの学園で開催されます」

「……小さな戦争、ですか」

「友好が建前ですがね」


 建前と責任者のひとりがこぼしてしまう程度には、国同士の面子や情勢が関与してくるのだろう。

 名目はあくまで学園同士の対抗試合であるため、国の事情については触れないこととしているのだが、現在において国家間における大きな試合はこの学園対抗のみであり、その注目は言わずもがな。


「ともあれ、この場に選ばれたとなれば学生とはいえ大きな注目を集めますぞ。さらに試合で活躍したとなれば魔術師協会からの覚えもよくなりますし、貴族の目にも留まります。さらに月位ゲツイの強力な魔術師の弟子入りも夢では――ありませんが、そこは貴方様に言うことではありませんな」


 言葉途中で苦笑交じりになったのは、続ける先が彼にとって意味がないことだから。

 月位ゲツイの上に、目の前の青年は立っている。


 ここまで来るとなんとなく話が読めてくる。

 アカは核心を突くようにしてそれを問う。


「つまりその試合に、うちの弟子を出場させたいという話ですか」

「まさしくその通りです」

「それは、この学園のためですか?」

「勝てば学園の評価が上がりますし、お上に恩を売れますが、違いますとも――あの子らのためになると信ずるがためです」


 確かに学園として得られるものは多いし、そこは否定しきれない。

 けれど本質として教育者、子らの未来に役立つことを優先する。

 なによりもその子らが――恩人の弟子ともなれば、なおさら。


「あの子らは学生で飛び抜けて優れておりますし、国という巨視で見たとしても上位にある魔術師……流石はアーヴァンウィンクル様のお弟子です」

「彼女らの努力の成果ですよ」

「かも、しれませんな……」なにかとても言いたいことは堪えて「しかしどれほど優秀であっても知られざる者に選択肢は少ないでしょう。多数から正当な評価を得てこそ先行く道が拓けるもの」

「なるほど、確かに私のような隠遁者には社会的な評価は縁遠いですからね」

「…………」


 なんだろう。

 どうしてこの御方はこんなにもツッコミどころ満載なのだろうか。


 彼の所持するコネならば、おおよそどんな道行きにも対応できるだろう。

 学園の長。月位ゲツイ九曜クヨウ。協会重鎮。王国「暦の騎士」。王族……アドバルドが知っているだけでも、相当な人物に顔が利くはずだ。

 優秀な弟子をよろしく頼むとでも言えば、喜んで受け入れてもらえるだろう。アドバルドだって飛び跳ねて喜ぶ。


 けれど、そうしたアカのコネを使ってしまうことを、弟子らは酷く遠慮しているのも知っている。

 アオやキィと面談した際に、そのようなことを揃って言っていたのだ。


 ――なにもかも師に寄りかかって、全部全部たよりきるのはイヤだ。


 それは、アカの弟子であることを誇るからこそ。

 まさかアカの弟子ともあろう自分たちが、アカの力なければなにもできないだなんて、そんな不様が許されるはずがない。


 教えてもらった、なにもかも。

 できるようにしてもらった、色んな事を。


 ならばそれだけで充分だ。

 教えられたことだけをもって走り抜けることこそが、師の素晴らしさを最も知らしめることだから。

 弟子たる自分たちが自力で駆け上がれば駆け上がるほど、育ててくれたアカへの恩返しになるはずなのだ。


 アドバルドは、その切実で暖かな思いを知っている。

 だから、ここではなにも言わない。


 この対抗試合に参加することは、彼女らが勝ちとった学園での成果であり――試合で得られる評価もまた、彼女らの力によるもの。


「しかし」


 そこで、アドバルドは憂慮を口にする。

 そもそもこうしてアカに許可が必要なのは、おそらく彼が困るから。


「彼女らの卓越が世界に知れるとなると、必然その師は誰かという疑義が呈されることは想像に難くない。彼女らの口が堅くともどこかで綻ばないとも限らないですし、こうして外で顔を合わせる際に貴方様になんらか追求がないとも言えません」

「……だから私に事前に承諾をということですね」

「はい。お弟子ふたりも、アーヴァンウィンクル様が許可しないと参加はしないと強く言っておりました」

「ふむ」


 アカは間を取るようにカップを摘まみ、ミルクティを一口いただく。

 カップをソーサーに戻すと、にこりと笑う。


「別に構いませんよ」

「……そんなにあっさりと、よいので?」

「まあ、私の事情などよりも弟子のほうが優先したいので。それに、そう容易く私に辿り着くことはできませんよ」

「ですが、翠天スイテンの方などは……」


 アカは翠天のルギスを探している。

 同時に――翠天のルギスもまた、アカを探している。


 互いに互いの絶対に許せない所業をしており、それを無理やりにでも止めたいがためだ。

 そもそも決定的な決裂を、ふたりはしている。遭遇すれば間違いなく穏やかには終わらない。


 アカの痕跡を知られるのはまずいのではないか。一方的に見つけられてしまわないか。 

 アドバルドの慎重な問いかけは、しかしはっきり非を告げられる。


「あれがアオやキィに目をつけることはまずありえません」


 アオやキィも十二分に天才の範疇にある。素晴らしい素質の持ち主だ。その上でアカが指導して、既に一級の魔術師と言える。

 だがその程度はこの世界に時々見受けられるくらいの逸脱に過ぎない。

 月位ゲツイに届き、人としての限界に到達する者は、世に百人はいる。


 その領域の存在を、翠天のルギスは見ていない。どうでもいいと思っている。


「そもそも彼は人間に興味がありません。区別をつけているかどうかすら怪しい。ひとまとめに有象無象と見下して、個人と認識しているのは、精々が月位ゲツイの上位と私や瑠天ルテンくらいでしょう」


 ……そして、本当の意味で不世出の異才。


「なるほど、見てすらいないですか。翠天の方は、本当に視点が天にあるのでしょうな」

「ただの人でなしですよ」

「ほっほ。ともあれ、そういうことでしたら、今回の学園対抗魔術合戦……我が校の代表として、アオくんとキィくんのふたりに参加してもらいますぞ」

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