12 魂剥蛇殺
星にも命はある。
大地にも空気にも、木々にだって生命は存在する。魔力は世界に満ちている。
極まった赤魔術師は自身以外のそうした生命に干渉し、時に借り受け、時に譲渡するような魔術を用いる。
だがこんな邪悪は決して行わない。
全てを剥ぎ取り土地ごと殺すような、こんな大規模で無作為な略奪など、命を知る赤魔術師がするわけがない。
このままでは数分ももたずに周辺の命は蛇の貪食に食い潰され、痩せて枯れ果て、そして死ぬ。
数年単位で草の根一本生えることのない不毛の土地となる――だけならまだしも、それにさらに。
空気中の魔力が空白地帯になだれ込んで災害になる。
ちょうど真空に空気が殺到して暴風が吹き荒れるように――魔力嵐が発生する。
甚大な被害が予測され、広範囲に破壊が吹き荒れることになるだろう。
アカはともかく――ジュエリエッタやクロは範囲内、まず間違いなく死んでしまう。
自然災害は人の抵抗などあってなきように諸共に圧し潰す。
「とはいえ、幸いにも発見が早かった。ジュエルさんには感謝せねばなりませんね」
人魂が二千少々と畜生魂が五千ほど。
この程度ならば問題なく対処できる。
かつん、と。
手に持った錫杖で地を叩く。
先端についた六つの円環が鳴り交わし、透明感ある綺麗な音色を響かせる。
石突きの下より発生するのは二種の魔法陣。
対抗と空間に彩られた二重の魔法陣はすぐに白蛇へと向かって飛び出し、拡大する。
ちょうど白蛇を囲うよう、魔法陣が展開する。
そして、それだけで。
「――――」
白蛇は沈黙。
身じろぎひとつ許さず、舌の先まで停止する。
当然、呪詛による命の吸収行為さえも封じ込め、かの蛇は完全に隔離されてしまう。
「さて」
これで多少は余裕ができた。
無論、このまま放っておけば蛇はその爆発的な生命力によって二年ほどで封鎖を食い破るであろう。
放置するわけにもいかず、この場で対処すべき。
あの白蛇の厄介な点はその貪欲さ。
なんでも剥いでどこまでも食らうことで際限なく膨れ上がる特性は――本当に低確率ではあれ――確かにいつかアカをも超える魔力量に至る可能性をもっていた。
けれど早期に発見できれば、多少膨らんだ肥満の蛇でしかない。
アカならば魔術ひとつで溜めこんだ生命を全て吐き出させた上で世界に還元できる。
しかし気にかかることがある。
アカを相手取ると想定したくせに、生命魔術の領分で挑んでくるというのはどういうわけだ。
三天導師であっても、互いの得意分野において大きな開きがあるのはわかっているはずだろうに。
「まさか」
それを踏まえた上で注視して、ようやく気付く。
あの白蛇に飲まれた魔力はすべて強力な毒素に汚染されている。
タチの悪いことに呪詛具の術式はほぼ開示されているくせに、毒化の要項だけを徹底的に隠ぺいしていたようだ。アカに気づかせず、魔力を還元させるために。
あれをそのまま空気中に還元してしまえば、毒を広範囲にばら撒くことになっていた。
大地の枯渇よりもなお酷い死病の感染。悪意ある災厄の具現である。
「よくもまあ、ここまでの嫌がらせを……」
放っておけば動き回っては命を奪い。
封じようとすれば奪った命を使って暴れ出し。
破壊したとしても汚染された生命力を吐いて毒を遺す。
なんて嫌がらせばかりの呪いだろうか。
作った者の顔に殴打を叩き込みたい。
気づいた以上は対策をする。
これ以上、罠が隠れていないか警戒しつつ、術式を編みあげる。
必要事項はふたつ。
蛇の抱え込んだ魔力を霧散還元をし無力化すること。
そして散っていく魔力の毒を解除し無害化すること。
一括でそれらを行うのなら――
「ふむ、あなたの術式を借りてみましょうかね、白蛇の呪詛さん」
あっさり言い放つと、アカは何故だか錫杖を手放す。
錫杖は虚空へと消えていき、代わりにアカの手のひらが踊る。清浄な魔力を高めていく。
そして描き出される魔法陣は、翠天の御株を奪う祝呪である。
――白蛇の術式は周囲から魔力を奪い、奪った魔力を毒と汚して、そして溜めこむというもの。
アカはそれの構築を目視のみで完璧に把握し、その上で――応用。
翠天の呪詛を反転し、祝福として再構築する。
――その術式は白蛇から魔力を奪い、奪った魔力を綺麗に浄化して、そして放出するというもの。
白蛇だけを呪い、それ以外すべてにとっての祝福の魔術である。
そして身動きとれぬままに白蛇には祝呪が刻み込まれ――数分ののちに消滅した。
◇
「遠目で見たところ、急に巨大蛇の動きが止まったかと思えばさらさらと塵になって消えてしまったわけだが」
「心配したわたしがばかみたいだわ!」