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10 呪詛具


「さて、落ち着いたところで本題に入ろうか」


 四人掛けのテーブルで三人は座す。ほーちゃんはお茶の用意を終えれば静かにジュエリエッタの後ろに控えて直立不動。

 クロは未だにほーちゃんが気になるのか見つめたまま茶を手に取って。

 それを見計らいジュエリエッタは話を切り出す。


「ワタシはこんな辺境に隠れ潜んでいるわけだけど」

「? そういえば、ここはどこなの? 先生の扉で来たからわからないわ」


 クロの素直な発言に、ジュエリエッタは一瞬だけ不思議そうに目を広げ、すぐに得心する。


「そういえばそうか、アーヴァンウィンクルさまに距離はあまり関係なかったね」

「には? ジュエリエッタ、さんも、えっと高位の術師なんでしょ? ああいう扉は作れないの?」

「とんでもない。あんな術、おそらく既存の魔術師の誰にもできやしないよ。空間ムラサキ魔術は他どの色よりも習得が困難だし、それに特化しても彼ほど見事な術式は描けないだろうね」

「へぇ、そうなんだ……」


 アカしか知らないクロとしては、どの術がどのくらい凄いのかとか比較ができなくて把握しづらい。

 だってアカはなんでも当たり前のようにやってのけてしまうから。


「まあ、アーヴァンウィンクルさまは比較するのも恐れ多いほどに飛び抜けてるわけで、それを基準に考えると世の魔術師たちが嘆いてしまうので気を付けるといい」

「あ、はい。気を付けます」


 首肯を確認すると、ジュエリエッタは話を戻す。


「まあともかくここはとある辺境地なわけだが、ワタシがここに隠れ住むようになって当初、当然ながら周辺地形の把握に歩き回ったんだけど、そこである人里を発見してね。そこで――呪詛具を見つけた。


 それも特上の、おそらくは翠天製――「呪翠具ジュスイグ」」


「……そう、ですか」


 既に手紙で読み知っていたアカは、ただただ悲し気に目を伏せた。

 一方で、クロはよくわからない。

 わからないが、翠天という言葉には計り知れないほどの不吉と憤怒を覚える。


 確認のように。


「呪詛具っていうのは、たぶんだけど、呪いのアイテムっていうか……」

「呪詛を撒く厄介な物品の総称だね」

「それの翠天製ってことは」

「はい。ジュエルさんの見立てならばまず間違いないでしょう、翠天のルギスの作品です」

「っ」


 やはり、なによりも忌々しい男の仕業ということ。

 自分と同じような不幸が、誰かにも襲いかかったということ。

 

 アカは恐怖と怒りに震える弟子に気を遣りながらも話を続ける。


「見つけた村は、どうなっていましたか?」

「……全滅だね。生活の跡をのこして、誰一人として生存者はなかった」

「そんな……っ」


 自分以外であれの被害を被った誰かを思うと胸が苦しくなる。

 大勢の命が奪われた事実に眩暈がする。


 その現場を見たはずのジュエリエッタは、けれど変わらず淡々と。


「遺体は奇妙に綺麗で外傷はなし。ただ生命力だけが抜き取られたような感じだった」

「……生命力を奪う性質の呪詛具ということですか?」

「うん、たぶんね。村に入った時点でワタシにも影響があったよ。とはいえだからこそ赤魔術師のワタシが抵抗できて、封印できた。まあそんな強固にできないし、すぐに破られちゃうだろうけど。もってあと三日くらいかな?」


 封印は対抗アイ魔術の分野で、ジュエリエッタは苦手としている。騙し騙し生命アカ魔術で蓋をしてみたが、長くはもつまい。

 だからこそアカがこのタイミングで訪問してくれたのは運がよかった。

 間に合わなければ、逃げられていた(・・・・・・・)


「……というか、ほんっとにわかんないんだけど」


 そこで、クロが苛立ちを宿した刺々しい声を発する。


「翠天のルギスって、なにがしたいの?」


 呪いをばら撒き見ず知らずの人間の人生を壊したり。

 呪詛具なんて作って村ひとつを滅ぼしたり。

 なにが目的でそんな恐ろしくおぞましい所業をしているというのか。


 アカは感情を抑えた一言で答えた。


「彼の今の目的は、三天導師わたしたちですよ」

「わたしたち? 先生と、誰?」


 首を捻るのはクロだけ。

 ジュエリエッタはこの話題にだけは感情的、難しい顔で口を引き結んでいる。不安げにアカを見つめている。


 アカは弟子の問いにまったく正しい答えを教える。


「赫天のアーヴァンウィンクルと、瑠天ルテンのエインワイス。自己を除く三天導師の呪殺、それが彼の目的です」

「……自分以外の自分と同じくらいすごいひとがいなくなってほしいって、そういうこと?」

「おそらくは」

「ばかじゃないのっ」


 身も蓋もなく、嫌悪露わにクロは吐き捨てた。

 なんて俗物。なんて低俗。なんて――下劣。

 激しい軽蔑が押し寄せて堪らない。


 むかっ腹を立てるクロの横で、ついでとばかりジュエリエッタがちょっと気になったと挙手をする。


「細かい話だけど、彼は呪殺にこだわっているのかい? 他に幾らでも殺し方はあるんじゃないのかな」

「呪殺が一番安全で確実だからですよ。呪って解呪されないのであれば、あとは逃げて隠れている内に死にますので」

「……直接に戦うと危ないから?」

「はい」

「なんとも、言い難い御仁のようだ」

「ただの卑怯者じゃない!」


 ジュエリエッタは言い淀み、クロはばっさりと切り捨てた。


 いやまあ一応、彼の得意な色が直接戦闘に向かない緑色であったのが主な原因でもあって。

 逆にアカは赤だし瑠天ルテンは藍色で、これらは割と戦闘向きな色なのだ。

 相性問題ではあり、とはいえそれでも卑怯の謗りは免れがたいだろうが。


 ジュエリエッタは半目でため息を吐く。


「いや、ほんとうに御伽噺の嫌われ者は伊達じゃないらしい」


 三天導師の御伽噺。

 それはほとんどが三人の力もつ者の好き勝手な行動の記録みたいなもので、規模が現実離れし過ぎて御伽噺あつかいとなっている。


 たとえば空が青いのは最初に天に座したのが瑠天ルテンであったからだとか。

 神話魔獣は赫天が戯れに作った命だとか。

 覚えのない呪いは天から見下ろす翠天の目にとまったからだとか。


 そうしたエピソード群の中でも翠天のそれは邪悪なものが多く、人々からは嫌われ者とされることが多い。

 ちなみに瑠天ルテンは好悪半々くらいで、赫天はエピソード自体が他より少なく、そのためまだマシという扱いだったりする。


 伝説に謳われる当人はそうした評価に苦笑しかない。


「ああいう御伽噺は多くが誇張ですが、時々真実が語られているもので、翠天が謂われなく呪いをかけるのは本当のことですし」

「身をもって証明できるわね!」


 ふむと、思案顔でジュエリエッタが問う。


「しかしかの御仁の目的がアーヴァンウィンクルさまたちだとして、ではどうして呪詛具なんて作って放り捨てているんだい」

「実験でしょうね。とりあえず呪詛を作って誰かに試す、呪詛具を作って試験運用をする。そうして次に活かす。今より効力を上げた術を開発しようと躍起なのですよ」

「……あれ? じゃあなにかしら。もしかして現存する呪詛じゃ、先生は殺せないってこと?」

「まあ、いちおう、そうなります」

「それも大概びっくりね」


 一応方法がないわけでもないが、それをやろうとするとリスクが大きいというのが事実ではある。

 そして、ルギスはリスク少なく確実に殺したいので、未だに術開発に精を出している。


 三天導師をも呪殺しうる呪詛を編み出さんと、他のあらゆるものを実験材料にしている。

 気まぐれに天よりやってくる災害そのものだ。


「そのせいで愚かな真似を彼にさせて、多くの方に迷惑をかけてしまっています」

「先生はなにも悪くないわよ。どう考えてもルギスが悪いわ」


 全部全部ルギスが悪いのだからとクロはいう。

 被害者がこう言うのだから、あまり勝手に背負わないでほしい。

 怒りながらも渡してくれる気遣いに、アカはなんとも言えずに頬を緩ませた。


 話が詰まれば、それはもはや話すことがなくなったということ。

 ジュエリエッタは察して次の行動について確認をとる。


「それでアーヴァンウィンクルさま、わざわざご足労なされたということは、これから件の呪詛具をどうにかしに行くつもりなのかな?」

「そうですね。可能であれば破壊を、難しいようなら封印して持ち帰り解析します」

「となれば、ワタシは案内をすればいいかな」

「お願いします」


 頭を下げて言うと、今度はクロへと視線が向ける。指し示すように。


「それからクロをお願いします。呪いの範囲に行くのは私だけでいいので、その間の彼女を見ていてくださいませんか」

「ここで留守番してもらえばいいんじゃないかい」

「いえ、クロには可能な限り私の傍にいてもらいたいので」

「ここでも翠天さまの呪いがネックというわけか」


 アカの術式で隠されているが、翠天の呪詛は見え隠れする部分だけでも厄介さがにじみ出ている。

 表情に乏しいジュエリエッタをして悲哀が顔にでるほど。


「呪詛具の範囲外で最も近くとなるとおそらく道の真ん中になると思いますので、ひとりにはしておけません」

「アーヴァンウィンクルさまがひとりになってしまうけど?」

「……なんとかしますので」

「そうかい。まあ、ワタシ如きがあなた様の心配など恐れ多いかな」


 ジュエリエッタは納得するも、クロは不満そう。

 向き合って、その不満を吐露する。縋るような目つきになっていた。


「……ついていっちゃ、だめなの?」

「はい。危険ですので」

「アカがいれば危険なんてないでしょ」

「全幅の信頼は嬉しい限りですが、しかし翠天のルギスが相手となるとそうもいきません」

「でも、だってただの作品でしょ? 本人と対面するわけでもないんだし」

「それでも、危険が大きいのです。呪いの恐ろしさはあなたが一番よくわかっているでしょう?

 私はあなたを危険な目に遭わせたくありません」

「……そうだけど」


 そういう言い方をされると返しづらい。

 クロは不承不承でため息を吐く。


「仕方ないわね、アカがそこまでいうなら待ってるわよ」

「ありがとうございます」


 言い終えた頃には茶は飲み干している。

 立ち上がり、気を引き締めて。


「では、行きましょうか。ジュエルさん、案内をお願いします」


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