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第四話 将来の夢

 それは今度行われる授業参観の際に発表するためだと、小学校の先生からとある作文の宿題を出された時のことだった。


「言ノ葉ちゃん。将来の夢って、何?」

『紐解けました! えーと、私の将来の夢じゃなくて、そもそも将来の夢とはどういうことを指すのか? という意味ですね。うぅ~ん、ツムグの言葉だけではちょっとわからないかもです』

「ど、どうしよう。ボク何を書けばいいかわからないよ。宿題できなかったら怒られるかな?」

『ツムグは真面目ですねぇ。だったら先生に質問してみたらどうですか? 何を書けばいいんですかって!』

「すごい! 言ノ葉ちゃん天才! 早くききにいこ!」




 先生はとても嬉しそうな、しかし、どこか浮かない感じもする表情でボクに答えてくれた。


「心の底からやりたいことを書けばいいんだよ。自分の好きなこととか、興味のあることとか。先生は先生をやりたかったから、今こうしているの……色々あったけどね。紡君にも、一つや二つはあるでしょ? お父さんのことでもいいんだよ? そういうのをきっかけに、将来自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、書いて欲しいの。わかるかなぁ?」

「はい! 先生ありがとう!」

「どういたしまして!」


 何となくわかったような、わからないような。ボクは言ノ葉ちゃんが大好きだ。それをきっかけに、やりたいことを書けばいいのかな?

 他には……『心の底から』って言ってたっけ? うーん、わからん。


「言ノ葉ちゃんわかる?」


 ボクは先生から離れて、さらにクラスの皆にも聞こえないように気をつけながら、言ノ葉ちゃんに訊いた。


 ――言ノ葉ちゃんのことは皆には秘密。

 ――お父さんにも、これからは秘密にするように努力する。


 いつも優しい言ノ葉ちゃんが、初めて真剣な表情でボクにしたお願い。『ボクが大人になるまでは』という期間限定らしいけど、大人になってからどうするかはボクに任せてくれるらしい。それを守る努力をしてくれなくなったら、『もう会ってあげることはできない』とまで言われた固い約束。


『ちょっと待っててくださいね、今先生の言葉をチョー頑張って紐解いてますから!』

「うん!」


 ボクはソワソワしながら、言ノ葉ちゃんが先生の言葉を紐解いてくれるのを待っていた。やっぱり言ノ葉ちゃんはすごい! ボクには言ノ葉ちゃんが紐解いている紐は見えないけど、いつもボクの疑問に答えてくれるそれは、普通ではあり得ない、超能力みたいなすごいことだって知ってるんだ! 人間にはできないことなんだって分かったんだ! その代わり、ボク以外の誰にも見えないし聞こえないし触れないけど……。


『紐解けました! えーとですねぇ、うーん……』


 どうしたんだろ? どう言ったらいいのかわからないのかな? こういうのを歯切れが悪いって言うんだっけ? 最近教わったのだ――言ノ葉ちゃんに。


『先生が「心の底から」と言っている理由は、おそらく紐にはありません』


 どういうこと? 紐は人の考えていること……思考、そのものなんだよね? 言ノ葉ちゃん前にそう言ってたじゃん。


『魂の残滓……あっ、ツムグにはまだちょっと難しい言葉でした! ごめんなさい、言い直します。私が見て、触っている紐はたまに、光っているとか、匂いが染みついてるとか、温かいとか、色がついていることがあるんです。ちなみに無色の紐といっても、白さ、黒さ、透明さといった特徴くらいはあります』

「うん」


『私は紐の形から、人の考えていること、思考を読み取れるだけで、紐に宿っている形のないものからは読み取れません。光っているは光っている、匂いは匂い、温かいは温かい、色は色。それだけのことしか、分からないんです。さっきの先生の言葉には、確かに色と光がありました……普段は色だけなんですが』

「ボクは? ボクの言葉には、そういうのはついてないの?」


 言ノ葉ちゃんはたまに、背中の羽からきれいな虹色のりゅーしを振りまく。多分、嬉しかったり楽しかったりすると勝手に出ちゃうんだと思う。ボクはそれを見るのが大好きだ。彼女には『いつも喜んでいてほしい』と思っちゃうくらいに。


「いくよ言ノ葉ちゃん、よく聞いてね。いや……紐解いてね」

「はい」


 さぁ、言うぞ! ボクはあの光景を見たい。そのために彼女を喜ばせる、喜ばせたい! 二人とも幸せに……あれ、そういえば言ノ葉ちゃんって、「一人」って数えていいのかな? 「一匹」の方がいい? うーん……「匹」にしよう! ボクはこれから、一人と一匹が幸せになれる、最高の言葉をおくる。大好きな言ノ葉ちゃんへ、友達の証を――、




「ボクは言ノ葉ちゃんが大好きだよ」




 どう、言ノ葉ちゃん? 虹色だった? きれいだった? 光ってた?


『……ついて、ないですよ』

「え……」


 うそ、なんで、どうして? もしかして……白黒の透明なの?

 それに、すごく嫌な感じがした。自分の考えていること、思っていることが、全部(・・)信じられなくなった(・・・・・・・・)ような……。


『多分、ツムグはまだ子供だからだと思います。ちょっと失礼かなとは思いましたが、周囲の他の子の言葉も紐解いてみました。皆ついてません。子供の内は、そういうものなんだと思います。紐に残滓を宿す原因となる何かを持っていないのか、或いは、子供の無知な素直さ故に、紐にはその残滓は宿らないだけなのかはわかりませんけど。私はおそらく、後者の無知な素直さが原因だと推測しています。魂も認識出来たら、もっと究明も捗るのですが……』

「言ノ葉ちゃん難しい……」

『あ、ごめんなさい! まだ早すぎましたね。大丈夫ですよ、ツムグは賢いです! 時間が経てば、大人になれば、生きていれば、わかる日が来ると思いますから! わからなくても、大人になれば解決します! 紐に何かの残滓が宿るでしょう! ね、大丈夫ですよ! きっと大丈夫!』

「うん」


 それからしばらくして、紡の一人称は《ボク》から《オレ》になった。


 頑張れツムグ、負けるなツムグ、言ノ葉ちゃんの愛に溺れるな!

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