第二話 言ノ葉ちゃん、名付けられる
言ノ葉ちゃん(仮)は現在、人類と言霊族のファーストコンタクトの真っ最中だった。
『紡、言葉は話せますか?』
「はなすっ、はなせる!」
彼女は思わず狂喜乱舞しそうになった。
『……私の姿は見えますか?』
「うん、みえる!」
彼女は狂喜乱舞した。すると忽ち羽から虹色に光る粒子を振り撒き、いつも以上に神秘的な雰囲気が漂い始める。紡は口をポカンと開けて眺めていた。それだけ心を惹きつけられる光景だったのだ。
『紡、聞こえますか?』
「あい」
『紡、見えてますか?』
「あい」
『つーむぐッ!』
「あい!」
『つむぐ―!』
「あーい!」
『ふふっ、楽しい!』
彼女は自らの内に生じた感情に驚いた。まさかこんなに楽しいとは思わなかったのだ。人に見てもらえることが、声をかけてもらえることが。流石に触れることはできずすり抜けてしまったが、それでも十分だった。十分過ぎた。既にその感情を表現するには狂喜乱舞では力不足であり、舞は謎の踊りへと進化していた!
しかし五分もそんなアホみたいなことを続けていれば流石の紡も飽きてくる。子供の気は移りやすいのだ。そのことに気づいた言ノ葉ちゃん(仮)は、慌てて彼の気を引こうと趣向を変える。
『うーん、折角ですから色々なことを話してみたいですよねぇ……紡、もっと言葉を覚えませんか?』
「ことば?」
『はい、言葉です。いっぱい覚えましょう、言葉を! 私が教えますから!』
「ことば、ことば……ことばちゃん!」
『なんで急に喜んでるんですか! えぇいもう、言霊族の本領を見せてあげます! とりゃとりゃとりゃとりゃ……せいっ、紐解けました! えぇっ! それ、私の名前のつもりですか! どうしましょうどうしましょう。嬉しいんですけど、嬉しいんですけどッ! 安直すぎるっていうか、そのままっていうかぁ……』
「うー」
『うっ! ダメなんて言えない。このままじゃ紡がのの字を書いて拗ねちゃうかもしれません。のの字、のの字……はっ!』
(ひっ、ひらめいた――――!)
どこかの天才か哲学者が言いそうなセリフを、彼女は内心で叫んだ。ついでに頭の中では雷が落ちていた!
『……「言ノ葉」なんてどうですか?』
「ことのは?」
『はい、私は言ノ葉です。言ノ葉ちゃんが良いです!』
「ことのはちゃん、ことのはちゃん!」
『ふぅ、何とか乗り切りました。さすが私です』
無事、事なきを得て額の汗を拭う言ノ葉ちゃん。これでやっと(仮)を外せるようになった。そしてふと、彼女は感慨に耽る。
『それにしても、まさか人間に名付けられるとは思いもしませんでした。不思議な縁もあるものですね』
昔はよく妄想していたものだった。もしも人間と話せたら、もしも一匹の登場人物として人の営みに関わることができたら、と……。
言霊族と人の共存共栄――それは言霊族の間では、御伽噺と揶揄される笑い事。
その思想は、現代人にとって中二病が通過儀礼であるように、言霊族にとっての通過儀礼であった。
言霊族と人の「縁」も気になるが、「名付け」という行為も奥深い。言ノ葉ちゃんは今回の黒歴史を刻み始める前、人が子に名付けをする際の心理にハマっていた。出産の近そうな妊婦さんを見つけては憑きまとい、これから親になる人の言葉を紐解きまくっていた。
名付けは人の営みの中ではありふれた行為なのだが、子の名付けとなるとほとんどの親が、目の色を変えて言葉選びに真剣になる。彼女はその時の言葉を紐解くのが好きだった。凝縮された親の人生が垣間見えることが多いのも理由の一つだ。
ふと言ノ葉ちゃんは、自分に変化がないか気になった。創作物に登場する名前付きのモンスターだって、大抵強かったり、重要な役割があったりするからだ。手をにぎにぎしてみたり、羽の形や大きさ、髪の長さなどが変わってないか確認してみた……特に変化はなかった。うーん、残念ッ!
だが変化はあった。言ノ葉ちゃんの病は完全にぶり返してしまった!
彼女はまだ見ぬ未来に胸を躍らせ、『まずは言葉を覚えてもらいましょう!』と育児に強い意気込みを示す。
『さぁ! 第一回言霊授業の開幕ですよ! 紡、準備は良いですか!』
「うん、はなすッ!」
こうして、紡と言ノ葉ちゃんの人生と言霊生は新しい幕を開けた。
しかし舞台とは、物事が順風満帆に運ばないからこそ見応えがあるというもの。
でも大丈夫ッ! きっと言ノ葉ちゃんが支えてくれるから!
頑張れツムグ、負けるなツムグ、言ノ葉ちゃんの愛に溺れるな!