第一話 ツムグ、物心がつく
「物心がつく」とはどういうことだろうか?
科学が発展した現代においても尚、人類はその事象を上手く説明できない。そんなどこにでも見られる不思議なことが、とある夫婦の間に生まれた男の子にも見られた。
――探吾紡だ。
しかし彼、他の人には見えない何かが見えている。見えているだけじゃない、聞こえてもいる。
そこにいるのはフィギュアなどでよく見かける八分の一スケール程の大きさしかない小柄な体躯の人型の少女。艶やかなボブカットの白髪に茶色の瞳、白や黒を基調とした服を好む。無色透明な四枚の羽を背中に携え、幻想的な虹色の粒子を時折纏い、慈愛のこもった眼差しと声音で紡に話しかけている。
まるでファンタジーの世界から飛び出してきたかのような、天使のように愛らしい風貌のその少女は、この世に似つかわしくない荘厳さと威厳を具えた神秘的な存在感を放っていた。
事は言ノ葉ちゃん(仮)の黒歴史から始まった。言ノ葉ちゃん(仮)は言ノ葉ちゃん(仮)である、人の営みの中で用いられる名前はまだないのであるからして。茶目っ気のある彼女は、これといった理由もなく、まだ生まれてすらいない胎児の紡に話しかけていた。ただの気まぐれだった。
ちなみに「紡」とは、妊娠前から紡の両親が決めていた名前だ。男の子なら「ツムグ」、女の子なら「ツムギ」と呼ばれる。なのに言ノ葉ちゃん(仮)は、男の子か女の子かまだわからない内から「ツムグ」と呼んでいた。男の子だと勝手に決めつけていた。『どちらにしようかな言霊の神様の言う通り……』と歌っていたのは、秘密にしてほしい。
『紡、聞こえますかー? お母さんですよー! なんちゃって! ごめんなさい、嘘ですから本気にしないでくださいねー』
それのどこが黒歴史なのか?
まず人族の常識から確認しよう。
人類から見れば、人が胎児に声をかけるのは恥ずかしいことではない。胎教と呼ばれる「意味のある行為」であり、生まれてくる子供の発育に影響があると言われている。
次に言ノ葉ちゃん(仮)の常識を確認しよう。
そもそも彼女は人間ではない、動物でもない、宇宙人でもない、物理現象ですらない。
――超常存在だ。
その正体は言葉の精霊。通称「言霊族」と呼ばれる、言葉を司る神とやらの末裔らしい。
言霊。
古代の日本では、言葉には不思議な力が宿ると信じられていた。言ったことが実現するとかしないとかいう眉唾物の伝承だが、事実それはオカルトだった。人は格好いい呪文を唱えても手から炎は出せないし、ティッシュを一枚浮かせるにしても息を吹きかけなければならない。願い事は言葉にしても自分の力で叶えるものだと叱られるし、もうどこに行っても他力本願ナンダソレ状態だ。良くも悪くも験担ぎ程度の趣向としては用いられているが、験担ぎは所詮験担ぎ。言霊信仰は完全にオカルトだった!
でもオカルトだった!
人智の及ばない超常の領域で、人が口に出した言葉は形ある現象を起こしていたのだ。
それを認識できるのが言霊族。認識できるだけではない、触れることもできる。
超常の領域では、人の言葉は紐となって現れる。但し一本だけではない。複数の紐が絡まった状態で現れるのだ。そもそも一本の紐というのも繊維のレベルで見れば複数の糸の集まりであり、もっと細かいことまで気にすればその定義は曖昧だ。何にせよ言霊族は、それを紐解いて内容を把握することができた。有り体に言えば、人の思考を読み取れるのだ。
時は現代。言霊族は気侭に人間に憑いては紐解いている。それを知ったら人類はこう思うに違いない。
(おいおい水臭いなぁ。もっと気軽に話しかけてくれてもいいんだぜ?)
だが水臭いのも仕方のないことだった。なぜなら、
――言霊族から人類に接触する手段はなかったからである。
声は届かない、姿も届かない、物理現象への干渉などできるはずもなく、紐だってただ一方的に思考を読み取れるだけ。故に言霊族が人類を見る態度とは、人がアニメを見る態度と大差なかった。
以上を踏まえたうえで、考えてみよう。
言ノ葉ちゃん(仮)がしている行為の意味を……いけない。これ以上比喩を用いてはいけない。だが、こう見えても「聡明な」彼女の名誉のために、なぜそんな恥ずかしいことをしたのかくらいは説明させてもらう。
時は十三世紀、神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世はこんなことを思った。
(一言も話しかけられずに育った子供は、どんな言葉を話すのだろう?)
彼は五十人の捨て子を集めさせ、隔離して育てさせた。当然生存に必要なミルクは与えられ、排泄物の処理などもさせた。実験は予想外の結末を迎えた。乳児は皆、大きくなる前に言葉を発することなく死んでしまったのだ。勿論この話は捏造かもしれない。目を見たり笑いかけたりさえしてあげなかったことが最たる死因かもしれない。
だが言霊族が一番関心を向けている事柄は紐であり、言葉なのだ。ならば言葉が主な死因ではないかと真面目に推考するのも当然のこと。だったらおちゃめな言ノ葉ちゃん(仮)が、ちょっと突飛な行動に走ってしまった気持ちも……まぁ少しくらいは、分からないでもない。いや、分からない。
『話しかけてあげないと死んじゃうんですから、私のしていることは恥ずかしい行為ではありません!』
言ノ葉ちゃん(仮)はそんなズレた論理でおちゃめ心を肯定してしまった。馬鹿と天才は紙一重なのだ。
しかし彼女は気づかない。この恥ずかしい黒歴史が、今後の人生――いや、言霊生の分岐点であったことに。言ノ葉ちゃん(仮)は聡明ではあるが天才ではないのだ。凡人は言い訳するためにズレた論理を使うが、天才はズレた論理を素で使う。天才が凡人に理解されないのはそのためだ。
彼女は自分がしていることの重大さに全く気づいていなかった。気づこうともしなかった。気づけるはずがなかった。生まれるまでの週にしておよそ四十、さらに物心がつくまでの数年間、彼女は紡に一方的に声を掛け続けた。
そして数年。紡、三歳。
『あれ? もしかしてこの子、私を目で追ってません? 声にも反応してるような?』
「おー」
もう、手遅れである。言ノ葉ちゃん(仮)が紡を溺愛する未来は、目と鼻の先だった。
頑張れツムグ、負けるなツムグ、言ノ葉ちゃんの愛に溺れるな!