006:マルカのゲーム
いつもあいつが先に飽きた。
「引退って、マジなの?」
古いMMORPGだったけど、ユーザー数はそれなりにいたし、何より6年もプレイして慣れ親しんだゲームだった。あいつにとっても一番長く続いたゲームのはずだ。
「おう。装備売れたら箱開けるから付き合えよ」
「そんないきなり!? なんで……」
「時代はVRゲームだぜ? 体験会行ってきたけどあれはヤベェって。没入感が違うね」
……またか、と思った。
あれこれと理由を並べてはいるけど、結局はもう飽きてしまったのだろう。最近はチャットで話してばかりいるしログイン率も悪い。いきなりでもなんでもなく、こうなることは薄々わかっていた。
もう少し、一緒に遊べると思ったけどな。
「年末に出るって言う新しいMMOのことでしょ? だからって今から引退なんて」
「ハードから新しく買い揃えないといけないからな。明日からバイトだ」
「え!?」
VRゲームの存在は数年前から知っていた。技術の拙い初期に比べ、次々と新しいインディーズソフトが生まれゲーム制作の技術も熟してきた最近では目を見張るようなゲーム体験の声も多く聞く。
何よりも注目を集めたのが【フルダイブ技術】の登場だろう。これによってプレイヤーは、その手のSFやアニメのように、ゲームの中に入り込める。感覚の全てでゲームを体感することが出来るらしいのだ。
それが家庭用にまで小型化した時の盛り上がりは記憶に新しいが、問題はそのゲーム機の価格である。
当たり前の話だが、ハードがなければそのゲームはプレイできない。
「いくらくらいするものなの?」
「本体だけでも100k超えるからな〜」
10万円以上!? そんな!!
僕の貯金じゃ、ぎりぎり買えない。
「っつーわけで、明日のバイトのためにも落ちるわ」
「う、うん」
VRMMO、僕は参加出来なさそうだな。
まぁVRだけがゲームでなし、あいつはあいつ、僕は僕、だ。
その時は、そう思っていた。
すぐに大学の仲間内ではそのゲームの話ばかりになり、みんなこぞってそちらに流れた。
そのゲームの発売が半年も延期になって、なんだかんだで僕もバイトして、
なんだかんだで、また同じゲームをするって、
そう思って、このゲームにログインした。
◎
【Weiß Glass】生活、10日目。
もしもこのゲームの外で現実の体があの日のまま放置されていたとすれば、水すら飲んでいない僕の肉体はとっくに死を迎えているだろう。ゲーム内から確認することは出来ないけど、とりあえず今のところは僕思う故に僕在り、だ。
けれどそうではない人もいた。この10日ですでに行方不明者の届出が掲示板に100人以上も貼られている。何らかの理由で回線が切断したか。きっとログアウト出来たんだ!などと言う人はもう居なかった。
はっきりと仲間の目の前で『HPが0になった』プレイヤーの数は今日で4人という話だ。行方不明者も含め、本当にそれだけの人間が死んだのか。実感は無い。
このままこのゲームの中で死ぬまで暮らすなんてイヤだ。僕は足掻く。
【攻略組】が言う事に根拠が無いのはわかっているけど、他に出来ることは何も無い。
それにひょっとしたら、イベントやクエストをクリアしていく過程で、このゲームのことが色々とわかるかもしれない。
……このデスゲームの首謀者は運営側にいる。もっぱらの噂でしかないし確かめようも無いことだけど、『ログアウト出来ない』という状況を作れるのはゲームの運営や開発者側の人間以外には考え難い。
このゲームを隅々まで攻略すれば、その運営側の意図や思惑が読み取れることもあるかもしれない。情報を得るためにも【攻略組】に参加したい。
そのためにも、早く強くならなければいけない。Lvも30になった。あとは装備を整えれば攻略組ギルド入団条件はクリア出来るだろう。
街の中央の【転移石広場】と東門近くの【掲示板広場】を結ぶ大通りは『職人通り』などと呼ばれクリエイトスキルで作成したアイテムや装備を販売するプレイヤーたちが店を構えている。
NPCのお店では最低限の物しか買えないので生産プレイヤーの存在は重要だ。今日も職人通りは大いに賑わっている。
「ザ・っっっけんなよ!!なんだこの値段は!!いつからこのゲームの通貨はジンバブエドルにアプデしたんだよ!!!!!!!??????」
「ポーションは日々貴重になってんだよ!!原始時代のレート持ち出してんじゃねーぞ!!石の輪っかでお買い物してーんならバナナで我慢しとけや下等生物のサルが!!!!!!!!」
「昨日の今日で三倍の値段とか赤い彗星がバックミラーから消えるっつーの!!俺らが死んだらポーションの素材すら取ってこれねー戦闘力5のゴミ野郎が!!さっさとポーションをダースで奉納しろ!!!!!!!!!!」
「ちまちまちまちま雑魚狩る程度で神気取んなボケが!!街から100mでも離れてから言ってみろや!!ポーションの素材のハチミツ採集のどこら辺に回復薬が必要なんですかねぇポーションおしゃぶり無いとビビってお外も出られないんでちゅか〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!?????????」
毎日こんな感じでお買い物を楽しむプレイヤーたちが集まっているのだが、生存率に直結する回復薬なんかはすぐに売り切れてしまう。NPCからも【ポーション】は買えるけど、1日に買える数が制限されているのだ。クリエイトスキルで作らないととても足りないし、実際それでも足りてない。これだけで生産プレイヤーの重要さが窺い知れると思う。
だと言うのにここ数日はとあるプレイヤーがポーションを買い占めまくっている。本人に聞いたところ【グラス】の街には回復薬やそれを作成するスキルの習得方法、回復魔法スキルなどというものが存在しないのだそうだ。向こうのプレイヤーだってHPの回復手段は喉から手が出るほど欲しいだろう。結果この高騰具合である。
「お、マルカも買い物かー?」
「ジェシカさん。こっちに来てたんですね、ポーションの買い占めですか?」
「スタグレ売って来たとこだ。今からはアタシの買い物だな」
ポーション富豪の片割れが現れた。
ジェシカさんはある日突然現れてパーティーを組んで以来のフレンドだ。相棒の宮本くんとともに【グラス】からやってきたスゴい人である。
宮本くんとジェシカさんは今このゲーム唯一の両陣営横断者コンビだ。転移地点を解放した人しか使えない転移石とポータルを経由して【ヴァイス】と【グラス】の街を行き来できる二人はただ移動するだけで富が蓄積していくチート級既得権益持ちと言える。
「で? 最近のアルトはどーなのよ?」
「おかげさまで、あれから私と一緒なら街の外に出るようになりました。さっきその辺でポーション買ってましたよ」
……うぅ、あの一件以来この話は僕もちょっと恥ずかしい。
この間の一件以来、アルトも少しはモンスターと戦うようになってくれた。この調子でやる気を出してくれれば一緒にゲーム攻略が出来ると思う。けどゲームがしたいから泣くなんて赤ちゃんみたいな黒歴史、早く忘れたい。
「マルカとアルトはリア友なんだよな?」
「そうですけど、それが何か?」
「つきあってんの?」
「ぶべら!!!!??????」
突然なんておぞましいことを想像させるんだこの人は!反射的に舌噛んで死んだらどうするんだ!僕とあいつが??オゲェア!!僕の記憶を消してくれ!!
「私の前で二度とそんなおぞましいことを言わないと今ここで誓ってください!!」
「いやなんか、そんな風に見えたっていうか」
「マジで有り得ないですって!! はっきり言いますけどこのアバターは……」
「まー違うんならその話はいいや。それより買い物付き合ってくれよ」
そんな無責任に変なことを言わないで欲しい。コレが腐女子ってやつか。法律で裁かれないのはちょっとオカシイぞ。ただでさえこのアバターのまま10日も過ごして直結厨どもに目をつけられ始めてちょっと不安なのに。まぁこの美少女アバターを持ってすれば男が恋してしまうのも無理からぬ話だとは思うが。
僕は女の子のアバターを可愛く着飾って愛でるのが好きなだけで、女の子になりたいわけじゃない。ずっと女の子で居続けるのは色々と精神的によろしくないみたいだ。早くログアウトしたい。
「それでジェシカさん、何が買いたいんですか?」
「近接戦闘用の武器だな」
「グラスのサイボーグが剣なんて使うんですか?」
「そりゃアタシのデカい大砲じゃ近づかれた時に不利だからな。ナイフの一本くらいは常に持ってるぜ。でももうちょっと良いのが欲しいんだ」
聞けばグラスの街では主に銃火器が売られているけど、近接武器はヴァイスの方が強力な物があるらしい。
こちらの街で売ってる装備なら僕でも基本的なことは教えられる。今のSTR値を聞くとかなり重い武器でも使えそうだ。
早速武器専門の生産プレイヤーの店に行く。
ポーション生産は低レベルでも手が出しやすく重要な役割だ。そしてその次に重要なのはやはり武器防具の生産プレイヤーだろう。
お店に入るとがらんとした広い店内に片手で数えられるほどの武器が陳列されていた。
「あんま品揃え良くないな」
「店主に聞こえますよ。まだ10日やそこらでそんなに素材もスキルも無いんですよ」
「そりゃそーか。で、どんなのがあるんだ?」
「えーと私は杖ですしアルトみたいな槍とか、それ以外は……」
武器の種類はたくさんある。基本的に攻撃力が高い武器は重く、装備するのに相応のSTR値が必要になる。とりあえずジェシカさんのSTRならここにある武器は全て大丈夫だ。
「片手で扱えて、出来るだけ攻撃力が高いのがいいな」
「片手……、それならコレじゃないですか?」
手に取ったのは柄に護拳のある海賊みたいなサーベル。幅広で肉厚な刀身が攻撃力を想像させる。手帳の羽ペンでつつくと武器性能がページに表示された。ジェシカさんに見せると好印象のようだ。
「【パイレーツカトラス】攻撃力150? いいじゃないか」
「でもこれ10万Kもしますよ。手持ちは足ります?」
「よゆーよゆー」
表示された値段は今の僕ではとても買えない額だったけど、ジェシカさんは問題なくボールペンでも買うかの様に即決で購入してしまった。ブルジョアジーだ。
あやかりたい……、正直あやかりたい……。
「マルカは別の買い物があるんだよな?」
「そうです。ジェシカさんも一緒にどうですか?」
「もちろん着いてくぜ」
武器の次は僕の買い物だ。
さっきも言ったが、まだこのゲームが始まって10日ほどだ。プレイヤーのモチベも高いとは言えない。『職人通り』には武器屋も防具屋も多数のプレイヤーがお店を構えているけど、どこも品揃えはそんなに変わらないのが現状だ。
そんな中で、特に『服』を作成するスキルを鍛えた職人がいた。
彼は僕にとって最も重要な生産プレイヤーだ。今日の目的も実はそれ。
「ジェシカさんこれ見てください!! かわいいでしょ!? めっちゃかわいいでしょ!!」
「わかった! わかったって! 一旦落ち着いてくれ」
「いいえわかってないです!!もっとよく見て!!あとで感想文書いてもらいますよ!!」
「ちょ、ほんと怖い!!」
店に入るなり目に付いたパステルカラーのふりっふりの衣装を片っ端から試着していく。前に来た時より品数が多くなってる。まだまだ色違い程度のバリエーションも多いがこれだけの数を揃えているのはこの店だけだ。その内店主のスキルが向上したらオーダーメイドを頼むんだ。インナーとか下着とか……うふ、今から楽しみ!! 貯金しよ!!
いや〜この時間だけは何物にも変え難いな〜。初期装備に比べればどの服もよく見えてしまうし。もう全部欲しい!!
ジェシカさんも女性アバターならなんでこんな筋肉ゴリラにしてしまったのか。理解が出来ない。
しかしまぁジェシカさんの種族は【サイボーグ】だ。グラスのサイボーグは他の種族とは違い、いつでもアバターの容姿を作り替えることが出来るはずだ。体のどこかに機械部分を設定しなければならないという縛りはあるけど、僕も今の種族とどちらにするか迷ったんだよなぁ。
どうせならカワイイ方が絶対良いに決まってる! 今からでも決して遅くはない!
「ジェシカさんもせっかく【サイボーグ】なんですからもっと可愛くすればいいのに。なんでサイボーグにしたんですか?」
「え? だってアバターの見た目を好きに変えられるっていうから。強そうだろ?」
「それそういう意味じゃないですよ! アバターはどの種族でも好きに作れるんですサイボーグは作り直しが出来るってことですよ!」
「そうなの? じゃぁ他の種族でも良かったんだな。今更遅いけど」
「………………」(絶句)
この人、【サイボーグ】の強みをまるでわかっていない……。アバターを再設定出来るなんて僕にとってはそれだけで即決してしまうほどの種族的優位だというのに。それに比べたら他種族より初期STRが高いとかグラスの様々な技術的支援を利用しやすいとかは瑣末な問題に過ぎない。毎日だって容姿を変えても良いくらいですよ!!
ちなみに僕の選んだ種族は【エルフ】である。
「マルカはなんでその種族にしたんだ?」
「設定可能な身長の下限が一番低いからです!」
「…………」(絶句)
エルフは耳をイジれない代わりに身長の自由度があるんだよね。他種族より初期INTが高いとか魔法スキルを習得しやすいとかは瑣末な問題に過ぎない。
「マルカはほんと見た目重視なんだな」
「身長はともかくジェシカさんも、そのゴリラ筋肉さえなければこういう服なんか似合うと思うんですよね〜どうです?」
「アタシはいいって、そういう女子力を求められるのは苦手だ……」
さらに新作の服を物色する僕を尻目に、ただ肩をすくめるジェシカさん。そのうちグラスの街に行ったらジェシカさんのアバター改造をプロデュースしなければ。
ログアウト不能になったこのデスゲームで、今や可愛く着飾ることこそが唯一の娯楽なのだから……。