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Weiß Glass Online  作者: 茶無
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005:アルトのフレンド



 今日も今日とて【転移石広場】。

 風でも吹いているのだろうか、街路樹がざわざわと揺れている。プレイヤーが剣で斬りつけても傷一つどころか枝一つ揺らぐことの無い無敵の植物だ。一体どんな暴風の嵐なのだろうか。今はゲーム内のアバターである俺の感覚では空気の流れは感じられない。

 非現実的だ……。

 ログアウト不能だとか、デスゲームだとか、何もかも。


 このゲームがログアウト不能になって、え〜と、一週間くらい経ったのか? 毎日を自堕落に過ごしていると曜日の感覚も無くなっていくな。え〜と最初の日が土曜だったから……、


「お、いたいた。アッルトさーん、来たッスよ〜」

「誰ね?」


 ボケ〜っとベンチに座って空を眺めていたらなんか知らんショタが話しかけてきた。

 誰だ? 知らん。俺はショタに知り合いはいない。いやアバターでは『中の人』まではわからないけども。大学の誰かか?


「汝、盟約に従い、我が前に真名を示せ」

「痛いッスね〜さっすがアルトさんいつも通り」

「いや、ほんとに誰?」

「あはは、やっぱわかんねぇ? 拙者でござるよ。ふぉふぉふぉふぉかぬぽぅ」


 む、その生理的嫌悪を誘う気色の悪い笑い方はまさか、服部くん?

 俺が【ヴァイスグラス】の前にやってたVRFPSでよくチームを組んでいた人だ。リアルは知らない。変な拙者系キャラ作ってて変な人って印象だけどAIMは上手かった。


「こんなとこで何してんの? ていうかなんでショタ?」

「このゲームじゃ僕、ショタキャラで行くって決めてるんッスよ。後輩に呼びかけるみたいに「宮本くん」と呼ぶよーに。ね、アルトさん」

「だから、なんでショタやってるホワイ?」


 そういや前にやるゲームごとに全然違うアバター使うって言ってたな。

 キャラ違い過ぎて扱いに困るわ。一体いくつなんだこの人は。


「服部くんFPS専門だったんじゃ」

「宮本くん」

「宮本くんFPS専門だったんじゃ」

「このゲームもFPSあるッスよ。【グラス】で始めたッスし。いや軽〜くプレイするつもりだったんッスけど、いきなりログアウト不能で笑うしかなくってあっはっはっは」

「人間性が軽くなってる……。って【グラス】開始? ここは【ヴァイス】の街なんですが」

「いや苦労したんッスよ〜。ポータルポイント解放しながらこっちまで来るの」

「徒歩で!? 死んだら死ぬかも知れないのに!??」

「いやたぶん本当に死ぬと思うッス。ってそれはもういいんッスよ」


 信じられない。東の【グラス】の陣地からmobたちをやり過ごしてこちらまで来たのか? このデスゲームの中を?

 こちら側の陣地に入れば転移石のようなワープ装置は使えないはずだ。強行突破して来たのか。


「よく無事で……」

「相棒がいいッスからね〜。二回くらい死にかけたけど」

「で、何のためにそんな危険を?」

「そりゃもちろんこっちのアイテムを仕入れてあっちで売るんッスよ。アルトさんもスタングレネードとかいらないッスか? 高くしとくッスよ?」

「何それ儲かりそう」


 【グラス】のSF武器なんてもちろん【ヴァイス】には売っていない。その逆もまた然りだ。

 これが通常のゲームなら、死んだところで街に戻されるだけ。行って帰って来るだけで手に入るアイテムにそれほどの価値などない。一度転移石とポータルさえ解放すればその労力さえ無くなるからだ。

 しかし今はデスゲームで、その『行って帰って来る』ことのリスクは天井知らずだ。そんな命知らずのデスロードを敢行する者はいないだろう。一部の馬鹿を除いて。

 体験版の頃には気軽に行き来出来ていた二つの街は、デスゲームという壁によって完全に分断されている。その壁をひょいと乗り越えて来た宮本くんは今、他のプレイヤーに対してどれほどのアドバンテージを持っているのか。


「アルトさんはどんな感じッスか?」

「え? えーと、まぁ宮本くんよりはツツマシヤカですよ……?」


 一週間も経って、何の成果も得られませんでした。などとは言えない。

 毎日毎日ここで空ばかり見ている俺には、今の宮本くんが眩しく見えて仕方がない。あんたスゲェよ……。


「これから大金稼いで一生左団扇のロハスロハスッスよ〜」

「あやかりてぇ……、正直あやかりてぇよ……」

「では小生の尻でも舐めたらどうですかな?」

「ヘイ尻‼︎ タイキック‼︎」


 宮本くんとのアホみたいな会話が続く。一緒にプレイしていたVRのFPSでも、こんな会話に居心地の良さを感じてチャットルームばかり利用していた。FPSが性に合わなかったというのもあるが。


 話は白熱して武蔵古里VR温泉上下サバイバル全裸地獄まで話題が及んだところで、広場に野太い大声が響いた。



「全員整列!! それでは予定通り【フェルゼンダンジョン】の攻略に向かう!! まずはここから【山岳フィールド】に転移。目的地までは徒歩だ。各自転移開始!!」

「サー‼︎イエッサー‼︎」



 号令を合図に10人からの団体が物々しい雰囲気で【転移石】からワープしていった。まるで軍隊だな。

 今の今までアホな会話をしていた宮本くんもちょっと引いているようだ。


「ありゃ何ッスか?」

「攻略組だな」

「攻略とは……」

「まぁ、そうなるよなぁ」


 3日くらい前から【guild(ギルド)】システムを利用して団員を募って色々やってる団体だ。自分たちを『攻略組』などと名乗っている。

 攻略組というからには攻略が目的なのだろう。


「だって、攻略(クリア)条件なんて無い(・・)でしょ!?」

「bossを全部倒せばこのデスゲームをクリア出来るんだと」

「は? 何ッスかそれ?? この一週間両陣営横断敢行してる間もポータルで戻れる時はグラスに戻ってたッスけどそんな話聞いたこと無いッス。誰が言ってたんッスか?」

「誰って言や、彼らの団長さんだろうな」

「やっぱり運営とか()からアナウンスがあったわけじゃないんッスね?」

「うん、無い」


 ゲーム外からのアナウンスは、ただの一度も無い。

 ゲームからの解放条件も、アバターのHPが0になったプレイヤーがどうなるのかも、

 自分たちが何故閉じ込められているのかさえ……。


 どうすればいいのかわからない。

 何をやればいいのか、わからない。

 だから、俺は……、



「まぁいいや。とりま今日街に着いたばっかりなんッスよ。今夜は相棒とお祝いするんで一緒にどうッスか? 紹介するッス」

「え、初対面の人コワイ」

「相変わらずネットでもコミュ障ッスか? 大丈夫ッスよ、優しい子なんで」

「どんな人なの?」

「サイボーグメスゴリラッスね」

「優しさとは」


 ゴリラとのお祝いに食堂でささやかな食事をするらしい。【friend登録】を交換して夜に待ち合わせて別れた。ひらひら手を振りながら歩き去るゲーム友達が見えなくなると、俺はまたボケ〜っと空を見る作業に戻る。

 宮本くんは一山当ててご機嫌だな。

 それに比べて俺は……、

 俺は…………、





 ゲームの中でも太陽は沈む。夜になったところでそこまで暗くはならないが。

 ゲーム内でも五感で楽しめる娯楽があるのは、ログアウト不能になった状況では数少ない幸福と言えるのか。

 具体的に言うと食事であるのだが、


「ジェシカさんあの後結局その子とレベリングしてたんッスね」

「ああ、紹介するぜ。マルカだ!」

「よろしくッス! ジェシカさんこっちが話の僕の知人のアルトさんッスよ」

「ジェシカだ。よろしくな!」

「…………」

「…………」


 食事の場で合流した宮本くんの相棒さんは、俺が今一番会いたくない奴を連れて来ていた。


「それでは、僕こと宮本とジェシカさんのヴァイスグラス世界横断敢行大成功を祝して、乾杯〜!」

「カンパーイ!!」

「…………」

「…………」


 食事と言ってもパンとスープくらいのものだ。飲み物は水。バターがあるだけマシかも知れないが、これがNPCに注文出来る唯一の食事だ。一応パンは柔らかいし、スープも温かい。食べても別に腹は膨れない。不思議なことに俺だけ味が感じられない。空気が重い。


「そちらのマルカさんは草原で会った人ッスね? 結局その人とレベリングしてたんッスか」

「そうなんだよ。話してみたらやっぱ普通にいい人だったもんで誘ったんだ。魔法使いの戦い方も興味あったしな。一緒にモンスター倒してLvも上がったぜ! そっちのアルトは、魔法使いって感じじゃないよな?」

「アルトさんはVRに魅せられた接近戦狂ッス。前にFPSのVRゲームやってた頃は突っ込んでばっかでウザがられてたッスね」

「つーか、アルトもマルカも、何で喋んねぇの?」


 ……流石にツッコまれてしまった。

 友人が紹介する人に対して失礼だと言うのはわかるのだが、俺は今、マルカとは非常に気まずい。


「いや、あの、スンマセ…」

「アルトはどれくらいLv上がったんだ?」

「う゛………」


 口を開いたマルカの言葉には容赦の無いトーンが含まれている。

 こいつとの付き合いは長い。こちらの行動など完全に読まれているだろう。言い訳無駄。


「なんの成果も得られませんでした!!」

「んなこったろーと思ったよ!!!!」

「二人は知り合いなんッスか?」


 宮本くんとジェシカさんに、包み隠さず事情を説明した(させられた)


 マルカとはリアルで友人だということ。

 ログアウト不能になったあの日から、特に何もせず自堕落に空ばかり見てぼ〜っとしていたこと。

 攻略組の方々が声を上げた時、マルカが攻略組に参戦しようと提案したのを、デスゲームにビビって断りマイルームの隅でガタガタ震えてたこと。

 生存率のためにも、せめてLvだけは上げておこうという提案に渋々了承し、マイルームの隅でガタガタ震えてたこと。

 マイルームで震えるのも流石に飽き、さりとて街の外には出ずに広場のベンチでぼ〜っとして過ごしているだけだったので、最初のうさぎ狩り以降まったくLvが上がっていないこと。

 うさぎドロップの財産も、すでに尽きたこと。

 なのでここの支払いをお願いしたいこと。

 殴らないで欲しいこと。

 蹴らないで欲しいことなどなど。  


「宮本。こいつダメだ。サイテーだ」

「ジェシカさんごめんなさいッス。こんなクズ紹介してしまって」

「すみませ〜んお店の人〜、このヘタレの食事を下げてください」

「弁護士を呼んでくれ……」


 アルト株がストップ安!?

 どうしてこうなった!!

 

「んなこと言ったって、死んだら本当に死ぬんだぞ? そんなリスク背負って戦えるわけ無いだろ」

「そんな大袈裟な。気をつけてればそこまで危険は無いと思うッスけど」

「逃げてても状況は良くならねーぞー」


 く……、こいつら命知らずの横断者だった。会話にならん。

 大体Lvなんぞ上げてもログアウト不能という状況は解決しない。攻略組が掲げる「全てのボスを倒せばクリア」と言う主張には何の根拠も無いのだ。根拠も無いことに命を賭けるなんて馬鹿げてる。


「ていうか、アルトは単にメンドくさいだけだろ」


 …………。


「昔っからそうだよなお前は、レベリングとかメンドくさい系の作業全っ然やらなかった。全部僕にやらせてた」

「む、昔の話を……」


 小学生の頃の話だろうが。小学生の頃の話は卒業文集でたくさんだ。

 こんなログアウト不能のデスゲームなんてクソゲー(・・・・)、ヤル気になる方がどうかしてる。


「とにかく!! マイルームから出ろ!! 街から出ろ!! レベリングでも何でもいいから活動しろ!!」

「だから!! なんでお前がそんなに必死になるんだ!?」


 レベリングでも攻略組でも、俺抜きでいくらでも頑張ればいいじゃないか。

 そんな言葉を並べながら、前にもこんなことがあったことを思い出した。


 あれはたしか、人気の巨大生物狩猟ゲームをプレイしていた頃だ。中学のクラスで大いに流行り教師の目を盗んで休み時間によく協力プレイをしていた。俺は最初に選択した武器が馴染まず出遅れたのを理由に早々飽きてしまい、次第に協力プレイに誘われても断ることが増え、ゲーム自体プレイしなくなっていった。

 そんな時に、こいつは家まで押しかけて来て、ちょうどこんな感じの口論になって、

 こいつは言ったんだ。


「僕は!! お前と!! ゲームがしたいんだ!!!!」


 そんな無茶苦茶な言葉を、あの時と同じように、目に涙まで溜めて言うもんだから、

 宮本くんとジェシカさんの目がどんどん冷たいものに変わっていく。軽率に泣いてくれるなよマルカ。お前は今、美少女なんだぞ?

 あぁほら、霊長類最強系サイボーグ女子がウィンターソルジャーみたいな右腕でアイアンクローぉあがぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 アバターの体は痛みを感じることはない。

 しかし心が痛い。女の子を泣かせたみたいな感じになってる。こいつは美少女のアバターを被ってるだけだというのに!


 美少女の涙。

 メタルアイアンクロー。

 そして三人からの無言の非難。


「…………善処します」


 結局は無条件降伏を宣言させられてしまった。

 ……こんなん、折れるしか無いやん。



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