003:宮本のロールプレイ
簡素なマイルームのベッドで目を覚まして、まずはモバイルを確認する。
スマホの様なこの機械がこのゲームのUIだ。これ失くしたらどうなるんだ?
タップとフリックの操作で【call】を試す。
一日経っても相変わらず運営には繋がらない、か。
なんだよログアウト不能とか、アニメかよ。
こんなんじゃゲームにならない。ゲームじゃないならただの現実じゃねえか。凹むわー。
「はぁぁ〜〜、ど〜すっかな〜〜」
まぁ考えても仕方ない。
元々引きこもりのニートだ。そしてコレあくまでゲームだ。現実じゃない。
ログアウト出来るその日が来ると期待して、おっかなびっくり、当たり障りなく、ゲーム楽しむとしようか。
とりあえず金だな。
アバターの体は腹も減らないって言っても、何も食べないんじゃ俺の心が保たない。食うに困らない程度には稼げるようになっておかないと。
居住コンテナから出て【ポータル広場】に来た。
昨日とは打って変わって広場の喧騒は無い。巨大な転移装置の周りに何人かが項垂れているだけだ。
……クソッ! 安全に稼ぐには【squad】を組む仲間が必要だってのに!
と言ってもこのアバターじゃ、組んでくれる奴も少ないだろう。こんな状況じゃ少しでも頼りになりそうな見た目のアバターに縋り付こうとする心理が読める。サービス開始から一日じゃrankもLvも大して違わないだろうし。
ああ!!クソッ!!
クソが!!
昨日の自分を殴り倒してやりたい。
最近は学生が男女問わずFPSで遊ぶ時代だ。新しくリリースされたこの【Weiß Glass Online】はそんなFPSと王道ファンタジーRPGの混合。今まで以上に若年層のプレイヤーが増えると踏んで作ったのが、俺のこの低身長のショタアバターだ。
俺がクソニートのおっさんだと知れれば学生はおろか大抵の人間は良い印象を持たないだろう。それに比べて年下の見た目なら保護欲とかで話しかけやすい印象を与えるはずだ。あわよくばJKたちに囲まれてキャッキャウフフ出来るかもwと思っていたらこの騒ぎだよ。ふざけんな!!
おかげでそんなゆるふわな頭の若年層はマイルームに引き篭もってやがる。ガチ勢の奴らはさっさとお仲間同士で狩りに出掛けた。ここで項垂れてるのは【squad】も組んで貰えない戦力外の雑魚ばかりだ。
足手纏いと一緒に死ぬつもりは無い。
かと言って盾にして死なれても寝覚めが悪い。
仕方がないが、ソロ狩りだな。対人を避けて低レベルのmobを狙おう。それしか無い。
西のゲートから外に出ると荒野フィールドだ。草も生えない荒れた土地に表面がゴムみたいな質感のげっ歯類に似た怪物が走り回っている。が、行ってみると予想通りというか、そこには俺と同じ考えのプレイヤーたちがげっ歯類を殺すだけのマシーンに成り果て走り回っていた。
だがVRゲームのFPSで初心者がすぐに銃を扱える訳がない。
このげっ歯類は機敏な動きで常にチョロチョロ走り回っていて、銃では狙い難いのだ。そのかわりハンドガンで撃てば一発で殺せるほどの貧弱さで攻撃性も低い。初心者のエイムを鍛えるのには丁度良いくらいのクリーチャーだな。
憐れ初心者プレイヤーたちは無駄に弾丸を消費してこのままでは遠からず破産するだろう。弾丸だってタダではない。
動きをよく見て静止する瞬間を狙えば無駄弾を浪費する相手ではないのだが、まあいずれ自分で気付くだろう。
「ちょいと、そこの坊や」
「ん?」
狩場の様子をしばし傍観していたら、ゴリラのクリーチャーみたいなのに声を掛けられた。一瞬手榴弾に手が伸びかけたけど落ち着け、プレイヤーみたいだ。
……俺か? 今の、俺に話しかけたのか?
「アンタに言ったんだよ。返事くらいしたらどーなんだ?」
「え、えーと……」
いかん。相手が何者かもわからない。初対面の相手にはこのショタアバターを最大限に利用しないと。ニートだとバレれば下に見られる。
「ぼ、僕に話しかけて、ます?」
「そうだよ、さっきからそう言ってるだろ?」
メタリックな右手で指差しているのは紛れもなく俺だ。サイボーグでメスゴリラのアバターとは、中の人は相当濃いみたいだな。腹筋バキバキじゃん。
一体何の用だ? げっ歯類を狩りに行きたいのですけども。
「なぁ坊や、アタシと【squad】を組まないか?」
「ええ……?」
仲間の勧誘? 俺はもうソロでいい気がしてるのだが……。
出来れば普通以上の腕はある奴と組みたい。ハズレは嫌だ。
「ログアウト出来なくなって塞ぎ込んでる奴ばかりかと思ってたら、こんな小さい坊やが出て来て気になってねぇ」
「…………」
「アタシも一人なんだけど、二人のが安全だろ? まぁアバターが死んだら現実の体も死ぬって、まだ決まった訳じゃないけどね」
「……イヤ、たぶんですけど、本当に死ぬッスね、コレ」
このゲームは今ログアウトが出来ない。となるとラノベやアニメの設定に準えてアバターのHPが0になれば現実の肉体も死んでしまうのだろうか。それをゲーム内から確認する方法は無い。
だが……、
「昨日ログアウトのことに気付く前に別の【squad】に入れて貰ってて、ちょっと強いmob狩ってたんッス。そいつらは現実でも知り合いみたいな感じだったんッスけど、そいつらの内の一人が死んで、その後ずっと戻って来なかったんッス。おかしいって思って、それでログアウト出来ないのも気付いたんッスけど、そいつは今日も戻って来てないみたいッス」
【squad】を組んだ相手はログイン状態もわかる。
そのままにしていた【squad】の情報をモバイルで見ると、俺を含めたメンバーの名前の中でそいつの名前だけが暗くなったまま。ログインしていないことがわかる。
「イヤでも、それは普通にログアウト出来たのかも知れないし?」
「仲間を置いて…ってのは考え難いッスね。ログアウト出来てるなら外から仲間を助けてるはずでしょ。そうでなくても運営からアナウンスの一つも無いってのが気になるッス」
「そ、それはなんかコンピューターの…バグ?とかで、外からのログアウトもアナウンスも出来なくなって……」
「無理があるッスね。まぁアバターが死んだら脳ミソ焼くとかその方が無理あるッスけど……」
「むむむむ……」
おっといけない。
卑屈なガキみたいになってたな。ショタの振りショタの振り。
「でも少しでも早くログアウト出来るように、僕ががんばらないと……‼︎」
何をがんばるんだ。
自分で言ってて意味がわからん。死にたくなってきた。
「き、キミが一人でがんばることないよ! ほら、おねーさんも一緒に戦うからっ!」
「ん? お姉さん何か口調が……?」
「あ!!違くて!! そんなことより【squad】だろ!! 組むのか組まねえのか!!」
「それはもう、お姉さんさえ良ければ」
このプレイヤー、見た目と喋り方はロールか? 中身はもっと若そうだな。
こんなデスゲームなんて状況でロールプレイを続ける人は少ないと思うが、俺という例がある。VRでは仕草一つに素が出るし、さっきから節々に幼さが見て取れるな。
アバターでは中身の性別までわからないけど、意外と本当に女かも知れん。可能性はあるんじゃないかな?w
モバイルを操作して昨日からそのままのチームを抜け、新しいの【squad】を編成した。
コレで仲間の名前、HPや状態を把握出来る。
「アタシはジェシカだ。よろしくな」
「宮本ッス」
「宮本? それって本名じゃないの!? ネットリテラシー大丈夫!?」
「本名じゃないッス」
◎
「よっしゃ行くぞ!!!!」
ジェシカさんのほとばしる筋肉が大型のビームライフルを構える。あんな装備あったんだな。
きっかり1秒ほどのチャージの後、発射された極太のビームがげっ歯類mobを包んだ。
「見たか!! 百発百中だぞ!!」
「いやこれは誰でも当たりそうな気がするッスね〜」
このビームは派手な見た目の通りダメージ判定がかなり広い。これなら少々チョロチョロした動きでも無視して当たってくれるだろう。
「コレ、どこで手に入れたんッスか?」
「え? あそこだよ」
言ってジェシカさんのメタル右手が真上を指す。
上にあるのはもちろん空だけど、ジェシカさんが言うのはもっと上だろう。
「軌道上の【母船】に行ったんッスか?」
「うん、そこの奴ら片っ端から話しかけてたら貰った」
「ちょっと見せてもらってもいいッスか?」
「おう!」
モバイルに付属しているタッチペンでジェシカさんのビームライフルをチョンとタッチすると、モバイルに武器性能が表示される。
【フォトンランチャー】、攻撃力は初期装備のハンドガンの2倍程度か。最大チャージ時間などの表記はあるが、これだけじゃわからん。
ただ実際に撃つのを見た限りだとチャージの他に冷却時間もある様で連射出来ないみたいだ。そこまで強くは無いし俺の趣味でもないな。初心者救済用のサービス武器と言ったところか?
「ありがとうございます」
「いいだろ〜、宮本もコレ使いたくなったか〜?」
「いえ、ちょっと考えさせて欲しいッス」
このゲームはイベントやクエストをクリアすることでアイテムやスキルを獲得出来る。デスゲームとなった今でもそれは変わらないようだ。
ならば体験版とは比較にならないほどのクエストが用意されてるはずだ。それを見つけクリアすることはゲーム内でアドなはず。
しかし街中をアテも無く探すのは効率が悪いか……。
「ジェシカさん、今から西に行こうと思うッス」
「んえ? 今からって、今始めたばっかだろ?」
「それは大変申し訳ないんッスけど、僕は【ヴァイス側】に行こうと思うッス」
「剣と魔法の街の方だよな。え? 行けんの?」
「行けます。途中ポータル地点を解放していけば移動も楽になるはずッス」
【グラス】が誇るポータル装置は様々な場所に点在する子機、【ポータルポイント】と繋がっていて、子機を起動してID登録すればそれ以降の移動が楽になる。
しかし西側、【ヴァイス】の領域にポータルの子機は無い。代わりに【転移魔法石】というものがあり、そちらはヴァイス側のプレイヤーだけが使える訳だ。【グラス】の側の俺たちが転移石を利用するためには【ヴァイス】の街でイベントをクリアすればいい。
世界を西と東に二分する【ヴァイス】と【グラス】。二つの勢力は覇権を争う間柄ではあるが、個人レベルでは相手側に貢献する事が可能だ。協力者にはビザが与えられ、転移石も使えるようになる。
「何でまたいきなり?」
「向こうに知り合いがいるんッス。それにグラス側の人間が向こうに行けば色んなイベントが起こせるはずッス」
イベントもクエストも、クリアにはアイテムの収集が付き物だ。移動手段だってアドバンテージに成り得る。そのアドを先に手に入れてしまおう。危険はあるが、ログアウトが出来ない今の状況で両方の街を行き来できる意味はとてつもなく大きい。
「危険……、なんだよな?」
「デスゲームッスからね。なのでジェシカさんは……」
「…………おもしろそうだな! もちろんアタシも一緒に行くぜ!」
ありがたい。正直一人ならやめておこうと思っていた。
ひたすら西に進んでポータルを見つけては街に戻り補給しながら進もう。ある程度はLvも上がるはず。
基本的に街から離れるほどmobは強くなっていく。二つの街のちょうど真ん中辺りが一番の危険地帯ということになる。
ヴァイス領域に入ったその先が勝負だ。ビザを取るまで転移石は使えないからとにかく突っ切るしか無い。スタングレネードを買えるだけ買おう。
このゲームがいつかログアウト出来たとしても、ただのニートに戻るだけ。
俺の生還を喜ぶ人間など、何処にも居ない。ぶっちゃけ死んだ方が喜ぶだろ。俺に帰る場所は無い。
俺はこのデスゲームを、骨の髄まで楽しんでやろう。