002:マルカのアバター
「完成だ……」
これが僕の新しいボディ。
キャラクターメイクの大鏡には今までで最高の出来の、僕の理想の美少女が立っている。
やっぱVRゲームやるなら女の子だよね!
大学のゲーム仲間は「なんで女キャラばかり使うの?性癖?」などと揶揄する奴らもいるけど、僕は男のケツを見ながら何百時間もゲームをやれるタイプの人間ではない。奴らの性癖はちょっとオカシイ。いやVRで自分のケツを見ることは無いのだけど。
まあそんな奴らも僕のこの新たなアバターを見れば、この美少女ぶりに跪いて金銭の一つも差し出すはずだ。平伏せ童貞ども。
さて、つい興が乗ってさっそく三時間もキャラクリに費やしてしまったわけだけど、ログインレースの方もとっくに落ち着いてる頃だろう。
そうして無事ログインを果たし、目を開くとそこは中世ヨーロッパの町。
ヴァイス側の開拓街の【転移石広場】だ。大きなクリスタルの周りはすでにログインしたプレイヤーたちで溢れている。
まずは街内にある有益な施設を回ろう。
とりあえず【マイルーム】だ。コレは初期状態で既に利用出来るプライベートルームである。広場のすぐ近くにあるアパルトメント調の建物に急ぐ。
自分の部屋に入ると、……初期状態の部屋はなんとも味気のない作りだな。ベッドと大きな収納箱と、僕の目的である姿見鏡くらいしかない。
その鏡を見る。
キャラメイク時と実際に『僕』が入って見るのじゃ結構印象違うからな。鏡の前で精一杯可愛い表情、ポーズをとってみた。
うん! 表情、ヨシ!
両手を頭の上で猫耳にしてピョンと跳ねてみた。あコレじゃウサ耳だね。かわいい!!かわゆ!!自分で自分に恋してしまいそう!!
くるくる回ってみるとまた可愛いさが際立つ。透き通るような白く細い腕、慎ましくも控えめな胸、ツンと突き出した小さなお尻、絶妙な腰から脚へのライン、全てがパーフェクトだ。また一つ自分史に残るアバターモデルを作成してしまった。
しかし服装はやはりいただけないな。初期装備の【レザーベスト】はいかにも駆け出し冒険者といったデザインだ。まあ初期装備に文句を言っても仕方がないけど。
インナーはどうだ?
手帳を開く。
開いたページには【status】や【item】【equipe】【map】などの文字列が浮き出て並ぶ。【equipe】の文字を指で触れると一人でにページがめくれ、さっきと同じように各種項目が文字として浮かび上がってきた。
体:【レザーベスト】の文字を指で×の字に撫でると、ページからその文字が消えて、同時に僕の服も消えた。
服の下から露わになったのは麻のタンクトップにハーフパンツ。染料で模様が付けられていてシンプルながら簡素な作りではない。インナーに力を入れられる製作陣は信用できるな。このゲームはいいゲームだ。
手帳を確認すると…………、
体:【リネンシャツ】
……?
【レザーベスト】の代わりに別の【装備】の名前が表れている。
変わってるな。アバターモデルのインナーに【装備】としての名前があるなんて。
装備項目にまでインナーを表示させるとは。まるでインナーまで外せるみた
「……外せる…だと?」
手帳の【リネンシャツ】の文字を×の字に撫でれば、さっきの【レザーベスト】と同じように、ページから文字が消えた。
鏡を、見る。
そこには、小さなパンツだけをはいた、それ以外は一糸纏わぬ美少女が立っていた。
…………馬鹿な。手帳を見る。
体:【コットンショーツ】
……うそだろ?
こんなバカな話があってたまるか!! 倫理コードはどうなってるんだ!!
…………文字を、
……震える指で×字に撫でると、
「ッッッキャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」
最後の一枚までもが消え、
本当に一糸纏わぬ美少女になってしまった。
「ァぁ……、あ……」
奇声を上げるのも顔を赤らめているのも、紛れもなく僕のアバター。僕自身だ。
思わず目を逸らしてしまったけど、もう一度鏡を見る。
わーっ! わーっ!
め、目を向けられない。
向けられないけど、自分自身の体だ。
ここはマイルーム。僕の他に誰もいない。
鏡なんて無くても、目を落とせば白い肌が見える。
恐る恐る肌に触れるとちゃんと感触もある。
控えめな胸に触る。
柔らかい!!
小さなお尻を触る。
柔らかい!!!!
初めて見る場所も……、
うわーっ!! うわーっ!!
長くVRで女性アバターを使ってきたけど、生の肌を触るのはシステム的に流石に無い。こんなこと初めてだ。女の子の体が、女の子のハダカが、今は僕だけのもの。
こんなことって初めてだ!!!!
◎
…………、
ふぅ…………、
落ち着いて考えよう。
これは明らかにおかしい……。
倫理コードが解除されている。そうとしか考えられない。全年齢対象のゲームでこんなこと、問題にならない訳がないぞ。
とりあえず運営に報告するか。手帳を開いて運営に問い合わせてみる。
しかし何度試しても手帳のページには【error:しばらく経ってからお掛け直し下さい】の文字しか出て来なかった。
…………、
不安を感じつつも、とりあえず外に出て広場に行くと……、
「……どうなってんだよコレぇ!!!!」
「マジかよ!! コレマジかよ!!」
「ヤベェ……ヤベェ……ヤベェ……ヤベェ……」
「アニメじゃ無いよね? ねぇコレ、帰れるんだよね?」
「すみませぇん!! 誰か助けて下さい!! ログアウト出来ないんです!!」
広場は阿鼻叫喚に包まれていた。
ログアウトが出来ない。聞こえて来た言葉に慌てて手帳を取り出して開くも、確かにどこにも【log out】の文字は見当たらない。念のため羽ペンでログアウト命令を書き込んでみるけど【error:すぐに運営にお問い合わせ下さい】としか出て来ない。
運営にはさっきも問い合わせた。でも繋がらない。
もしかして、本当にログアウト出来ない?
広場のみんなが泣き叫んでるのは、このゲームに閉じ込められたから……?
視界がぐらり…と揺らいだ。
ゲームから出られない? 僕は女の子のアバターに入ったままなんだけど、もしかして一生このまま?
いやそれよりも、現実の体が動かせなければ食事どころか水を飲むことすら出来ない。数日で死ぬ。
……ありえない。
こんなところで、死ぬ?
体に力が入らない。
その場にへたり込んで呆然とすることしか出来ない。
【転移石広場】には半狂乱になったプレイヤーたちが状況を泣き叫んでいる。ある者は運営への侮蔑を並べ、ある者は家族の名を呼び、ある者は……、
……そこに見覚えのある姿が、気持ちの悪い笑顔で鞄を抱えて歩いていた。
体験版のときと全く同じアバター。大学のゲーム友達だ。まさか本当にそのままのアバターを流用したのか。理解出来ない。
だけど目の前に見知った友達のバカみたいな笑顔があるだけで、不安な気持ちが少しだけ和らいだ。
思えば奴とは小さな頃からゲーム友達だ。
アイツとまた一緒にゲームが出来る。
それだけで、少しだけ心が軽くなって、
立って、歩くことが出来た。