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Weiß Glass Online  作者: 茶無
2/7

001:アルトのログイン



 【Weiß Glass Online】

 それは人類の夢……‼︎


 とうとう完成した家庭用VR MMO RPG!!!!

 三年前の発表。去年夏の体験会。発売日の延期。年末の体験版DLを経て、とうとう!! おぉ…とうとう俺の手に……!!


 大学のゲーム仲間ともこの話題で持ちきりの毎日だった。体験版でやれることは少なかったし無闇に期待ばかりが俺の中で熱膨張を繰り返してきた。三年間待ったのだ。もうあと一秒だって俺には待てない!!

 俺にはこの感動を表現する語彙が無い。心の中で言葉を並べ立ててもしょうがないのだ。意味の無い時間を浪費している時と違う。

 ふぅ……、少し落ち着こう。慌ててもサーバーは軽くならない。

 落ち着いてゲームシステムや世界観などを反芻しながら楽しむとしよう。体験型のゲームは雰囲気も大事だ。

 心を殺してログインレースを果たし、これからのVRライフへ魂を飛ばすのだ!!





 ヴァイスグラスの舞台となるのは、【ヴァイス陣営】と【グラス陣営】が開拓競争を進める新天地である。

 原因不明の世界的魔力枯渇の危機を救う方法を【異世界】に求めた神聖ヴァイスアウゲン王国本土の魔法使いは転移魔法でこの地に降り立ち街を築いた。この地の魔力や資源を異世界から本土へ運ぶのが目的だ。

 それと時を同じくしてここに現れたのが【グラス陣営】だ。

 ファンタジー世界の【ヴァイス】と違い【グラス】はいわばSFサイド。全ての資源を掘り尽くした母星を捨て宇宙へと版図を広げようという大型恒星間宇宙船の名がグラスだ。異星に降り立った彼らは資源を求めて基地(ベース)を設置し街を作っていた。反応炉の燃料や資源を軌道上の母船へ運ぶのが目的だ。

 両陣営の衝突は避けられなかったが両者の戦力、ファンタジーの魔法とSFの兵器は拮抗し、膠着した。

 その後は危険な現住生物やモンスターにクリーチャーを相手に時には協力し合い、貴重な資源が発見されれば奪い合って小競り合いが起きる。ゲームの世界観は大体そんな感じだ。


 プレイヤーはまずいずれかの陣営を選び、そこに所属する種族を選び、自分の分身となるアバターを作る。みんな大好きキャラクリですね。

 申し訳ないが俺はキャラメイクには時間を掛けたくない方なので、体験版で使用していたアバターをそのままコンバートした。いくつか用意されているデフォルト顔の一つを選択しただけの当たり障りのないアバターだ。それでもリアルの俺の顔よりマシなのが昨今のキャラクリシステムの良いところである。

 まあ一応身長や体格が近いので体を動かし易かったというのもある。VRゲームで現実の体格と違うアバターを操る者も多いらしいけど、俺はどうも慣れなかった。魚になるVRゲームやった時は吐いたし。ゲーム仲間の中には女性アバターを使う奴もいるが俺にはマネ出来ん。


 陣営は【ヴァイス】、アバター名は【アルト】。

 キャラクリが終わればいよいよゲームスタートだ。





 目を開くとそこは中世ヨーロッパの町。

 ヴァイス側の開拓街の【転移石広場】だ。大きなクリスタルの周りはすでにログインしたプレイヤーたちで溢れている。

 彼らに遅れを取るわけにはいかない。まずは街内に配置されている有益なNPCを訪ねる。


 このゲームにはいわゆるシステムとしての【職業】が無い。

 各々が自由にスキルを習得出来る。全く無制限でもないが。

 そのため剣で戦いながら魔法を使ってもOKだし、何なら魔法使いが【グラス陣営】の武器を装備してもいい。

 もちろんあれもこれもとスキルを覚えたとしても、それを使いこなすためのステータスが必要になるが。


 まずは基本となる【武器スキル】を教えてくれるNPCの下へ向かう。

 色んな近接戦闘スキルの前提条件となるスキルだ。NPCに話しかけるだけで習得出来るし対応した武器までくれるが、コレが無いと攻撃用のスキルを習得出来ない。


 街の一画にある王国騎士団の門を通ってすぐにくっ殺系女騎士のNPCがいた。

 モデリングがよく動きも自然だ。無闇に美人で俺のようなコミュ障では話しかけるのを躊躇するところだが、彼女はNPC。気にしていてはこれからやっていけない。

 ……しかし予想はしていたが、かなり人だかりが出来ている。列の最後尾に並ぶが時間が掛かりそうだな。体験版と同じくアイテムをくれるなら避けては通れないというのに。


 仕方がないのでUI設定でもいじって時間を潰そう。

 懐から手帳を取り出す。


 この手帳こそが、この世界のユーザーインターフェースである。

 適当に開いたページには【status】や【item】【equipe】【map】などの文字列が浮き出て並ぶ。【option】の文字を指で撫でると一人でにページがめくれ、さっきと同じように各種項目が文字列として浮き上がってきた。

 雰囲気のあることだが不便極まりない。デフォルトではこの手帳を開かないと自分のHPの表示すら無いのがこのゲームだ。そこら辺の情報を【常に視界に表示】に変更しておく。よしよし、視界の端にHPバーが表示された。

 この調子でミニマップ、コンパス、ジャイロ、温度計、高度計、速度計、選択武器、ロックサイトなど体が闘争を求めるまま次々に表示していったら視界がごちゃごちゃしてきたので最低限に控えておいた。いかんなコレどこまで設定いじれるんだ? 表示カラー1680万色だと?


 そうしているうちにNPCの列も進んだ様だ。次が俺の番だな。


「貴様も騎士団志望か!!」


 くっ殺系女騎士NPCがキツい口調で設定された音声を喋る。


「はい、まあそんな感じで」

「貴様のようなヒヨッコ、本来なら決して入団させたりしないのだが、我が団は常に人手不足だ。故に貴様らの未来に期待してスキルの指導やアイテムの支給を行っている! アイテムは後ほどそこの建物の中にいる団員から受け取れ!」


 小さなベルが鳴るような音がしてさっき設定した視界のログ表示に【武器スキルを会得】の文字が表れて消えた。

 さっさとその場を後にしブタ小屋のような建物の中で目的の【武器】と【鞄】をもらう。

 ちなみにもらえる武器は選択出来るのだが、せっかくだから俺は【槍】を選ぶぜ。

 ……VRの臨場感で自分より大きなモンスターを相手に近接戦闘を行うのはかなり恐いのだ。しかし俺は臨場感を求めてVRゲームをやってるわけであり、遠距離武器や魔法は性に合わない。悩んだ結果微妙な距離からチクチク殺るという情けないプレイスタイルに頼る事にしたのだ。楽しむって決めたのだ。


 ともあれスキルとアイテムは手に入れた。

 手帳を取り出し【item】の文字を撫でればページが開きそのアイテムの名前が並ぶ。続けて【スピア】の文字を丸く撫でると、俺の右手に飾り気の無い鉄の槍が現れた。


 ぃいよっしゃぁあああああああああああああ!!!!!!!!


 テンション上がって来たぜ!! 待ってろmobども!!

 すぐにも街の東門から勢いよく飛び出して目に付く雑魚mobを千切って鼻毛!!!!




「おい、ちょっとコレ、ログアウト出来なくね?」

「アレー? マジで? マジっぽい?」

「ヤベェ! ヤベェ!」

「え?なになに? アニメの話?」

「あのー! ちょっと皆さん! ログアウトってどうやるんですかねー!」



 …………ん? なんだ?

 草原にも出ずに、門の前でプレイヤーたちが集まっている。


 何をしてるんだ? 草原エリアにはたくさんの無垢でかわいいウサギmobたちが俺たちの経験値になるのを待ってるんだぞ?

 ブッ殺してやらにゃぁ腐っちまうだろうが。


 ログアウトの方法だ?

 そんなもん手帳開いて【log out】の文字を…………、アレ?おかしいな? 【log out】の文字が無い。

 【option】のページにも【status】【item】のページにも、どこにも見当たらない。



 ………………、


 ……………………まぁ、いいか。



「おい、そこの人も! ログアウト出来るか試してくれないか?」

「……邪魔をしないでくれ」


 もう限界なんだよぉ!!

 今日この日このゲームをプレイする瞬間(とき)を俺がどれだけ待ったと思ってるんだ。

 この夏休みの全て、血肉の一片たりともこのゲームに捧げるって決めたんだよぉ! 一秒でも早くモンスターと戦いたいんだよぉ!!!!!!





 血煙すら夕日に消え、俺はこの街に帰ってきた……。

 草原エリアでウサギを槍で刺し殺すこと三時間。Lvは8にまで上がった。

 鞄はドロップアイテムでいっぱいだ。手帳の【item】ページには兎肉と毛皮で溢れている。

 初心者用の狩場でここまでするつもりは無かったのだが、なんかこう、興が乗って……。

 とりあえずこれらアイテムを売って回復薬を買い揃えれば、次の狩場でも稼げるぞウッヒョウ!!


「……どうなってんだよコレぇ!!!!」

「マジかよ!! コレマジかよ!!」

「ヤベェ……ヤベェ……ヤベェ……ヤベェ……」

「アニメじゃ無いよね? ねぇコレ、帰れるんだよね?」

「すみませぇん!! 誰か助けて下さい!! ログアウト出来ないんです!!」


 ホクホク顔で街に戻ると、転移石広場に退廃的な雰囲気のプレイヤーたちが集まって何やら騒いでいた。

 東門で見たようなのも混じっている。おいおいまさかアレからずっとここで騒いでたのか? 俺が人間兎殺場になっている間中ずっとか?

 マジかよヤベーな。奴らが時を無駄に過ごした間に俺はLvが7つも上がっちまったよ。一体何を騒いでるのか知らんが、しばらく次の狩場は人が来ないかもしれないな。捗る捗る。


「ちょっとそこのあなた」


 そのプレイヤーたちの中にアイテムの換金に商店に向かう俺を呼び止める女の子がいた。


「え!? あっ……あ、あっ…あっ…」


 しかし、アルトはコミュ障だ!!

 話しかけて来たのはなんかやたらかわいい美少女系ロリだった。作られたアバターだとはわかっているのだが、たとえロリが相手だとしても初対面の美少女と会話なんて俺にそんな難易度ノーフューチャーなナイトメア……、


「もし違っていたらすみませんけど、……アルトだよな?」

「そういう君はジョナサンジョースター?」


 あ、こいつマルカか。パーティーを組まないと相手の名前も表示されないけど、速攻でわかった。

 ただの大学のゲーム仲間のようだ。緊張して損したわ。

 俺は体験版から同じアバターを使ってるからいいけど、新しいアバターでコミュ障にいきなり話しかけるな。


「ちょうどよかったよ聞いてくれおい俺さっそく三時間もレベル上げに費やしちまったよ今Lv8かな。お前は? マルカ」

「お前今どういう状況かわかってんのか!!?」

「なにが?」


 おぉ、このアバター、泣くぞ!?

 流石のキャラメイクだ。大学では「僕はどうせキャラメイクで一時間は掛かるだろうから、先にログインしておいてよ」と言っていたけど、言うだけはある出来だ。泣き顔の表情一つとっても可愛さが泉の様に湧き出してるな。


「このゲーム、ログアウト出来ないんだぞ!!」

「ああそれか。なんかそうらしいな」

「それかっておま、知ってたのか!!」

「誰か運営に連絡してるだろ。そのうちアプデ入って強制ログアウトするって」

「それが出来れば誰が泣くもんか!!!!」


 泣きながらマルカが手帳を取り出して、付属の羽ペンで【問い合わせ】と書き殴り、俺の眼前に突きつけてきた。

 手帳のページがめくれ【問い合わせ中…】の文字が明滅し、ストラップについた小さなベルが規則的に音を鳴らす。

 しばらくすると【問い合わせ中】の文字が消え、代わりに【error:しばらく経ってからお掛け直し下さい】という文字に変わった。


「他の通話も同じなんだ。外部と完全に遮断されてるみたいだ」

「なら自動ログアウトがあるだろ。タイマー設定で自動的に確認が出て電源が落ちる」

「そんな設定、買ったその日にOFFにしてる!!」

「俺もだよっしゃ!! 次はあれだ! 機器がバイオグラフに異常を感知すると自動的に電源が落ちるってやつ!」

「そんなの作動したことないけど、どうやるんだ?」

「なんか精神に強いストレスをかけて脳波や心拍数を異常値にすれば」

「よし、今からこの広場に大声でお前の小学校の卒業文集を……」

「ヤメロォッ!!!!!!」


 子供の頃の将来の夢を暴露された程度ではログアウト出来ないことだけはわかったが、改めて広場を見れば悲壮な顔で半狂乱になっているプレイヤーもいる。少々のストレスでは無理そうなのは明らかだった。


「……いよいよラノベめいて来たな」

「このまま一生このゲームに閉じ込められて現実に戻れないかもしれない……」

「ラノベじゃないんだし現実で誰かが外から電源落とすだろ」

「ていうかもう四時間近くも音沙汰無しだぞ。もしログアウト出来てる奴がいたらとっくに運営が凸られてアナウンスするなりサーバー落とすなりしてる筈だ」

「………………」


 確かにこの異常事態は俺が狩場に出る前から発生している様子だった。運営が気付いていないというのはちょっと考え難い。



 楽観視出来る状況では無いのかもしれない……。














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