ドラゴンとの死闘
(水よ……)
悩んでいる暇はない。俺はすかさず両手に力を込めた。刀身から大量の水が溢れ出し、二人の周囲を包み込んでゆく。
その瞬間、耳をつんざくような咆哮が炸裂した。驚いたのも束の間、視界の全てが赤の世界に包まれる。
「火を吹いたのよ! レイのバリアが間に合ってよかった!」
隙間なく俺たちを包み込んだ水のバリアが、ドラゴンの業火から身を守ってくれている。しかし問題は……。
「やばい! 来るぞ! 」
叫ぶが早いか、鞭のようにしなる竜の尾が不規則な軌道で襲い掛かった。
俺はアリスの背後へ回り込み、彼女の構える大剣を後ろから支える。
大剣の面に竜の尾がぶち当たった。甲高い金属音が響き渡り、二人の身体は簡単に吹き飛ばされてしまった。
「アリス!」
うつ伏せに倒れる彼女を抱き抱えたが、すでに意識を失っているようだった。
大剣越しとは言え、ドラゴンの打撃をモロに受けたのだ。
「くそったれが!」
ドラゴンは余裕の表情で佇んでいる。
俺は彼女を脇に抱え、一目散に逃げ出した。あんな奴、勝てるわけがない。
興奮と恐怖で思考が乱れる。何故こんなところにドラゴンが? キメラ討伐のクエストでは?
高速移動術は繊細な技術が求められる。俺は動揺のあまりバランスを崩してしまった。
後方から熱気を感じた。振り返ると、5メートルも満たない距離までドラゴンが迫っている。高鳴る心臓、震える手足。俺は既に、まともに戦える精神状態ではなかった。
ドラゴンの口元から熱気が溢れた。
焼かれる。今度こそ、焼き尽くされる。
俺は気を失うアリスの姿を横目に見た。そうだ。俺は彼女に命を救われた。こんな小さな身体で、俺を助けてくれたんだ。
俺は立ち上がった。
落ち着け。落ち着け。
奴はまだ幼体だ。その翼では空も飛べない。吐き出す業火を凌ぐ術だってある。問題は奴の打撃だ。よく見極めて、躱し続ければチャンスは必ず訪れる。
(水よ……)
刀を構えた。刀身から水が溢れ出る。机上の空論が現実に変わりつつあるんだ。ここで終わってたまるかよ。
ドラゴンが口を開く。爆発音と共に炎が解き放たれ……。
突如として、その体制を崩したのだ。
「面白え技使うなあ、お前」
声の主は、おそらくギルドメンバーなのだろう。
俺よりふた周りも大きいと見える、巨大な体躯に大弓を担いだベテラン風の男であった。
「ハンネス、右から攻めろ」
目にも止まらぬ速さで現れたのは、長剣を握る若い男だ。ドラゴンが反応する隙も無く、首元に斬りかかる。
「流石に硬いな」
しかし長剣は、確実にドラゴンの皮膚を破っていた。首元から大量の血を流しながら、ドラゴンはその巨大な尻尾を振り上げる。
「そろそろ大人しくしてもらおうか」
男は大弓を構え、爆薬付きの矢をつがえた。
「あばよ」
放たれた矢は、ドラゴンの首元を正確に捉えていた。
さっきの爆音は、ドラゴンの炎じゃなかったんだ。
火を吹きながら弾け飛ぶ竜の首を目にして、俺はようやく理解した。
「おいガキ!」
崩れ落ちるドラゴンの姿を茫然と眺めていた俺は、男の声に縮こまってしまった。
「えっと、俺のことでしょうか?」
他に誰がいるんだと言わんばかりに男は歩み寄る。
正直、ドラゴンよりこの男の方が恐ろしい。
「ちっと見させてもらったがな。目立ちすぎだ、お前」
「……はい?」
「戦い方もてんでなってねぇ。仮にもアカデミー出身だろうが」
何故この男は、俺がアカデミー出身であることを知っているのだ。そりゃあギルド加入時の経歴欄に書きはしたが。こんなベテランメンバーにまで知れているとは。
俺は益々縮こまってしまった。
「褒めてんだぜ。まあ言っても分からねえだろうが」
「……えっ? あっ、そうですか」
益々この男の真意がわからない。
「おい、セブ。そろそろ行くぞ。いつまでそのガキに付き合うつもりだ」
長剣の男がイライラした様子で俺を睨んだ。
「わかったよ。てめえはホントに気が短えな」
「分かっているなら合わせて欲しいものだ」
そう言って長剣の男は、鷲掴みにしたドラゴンの首を引きずり、足早に去ってゆく。
「初クエスト失敗だな。まあ仕方ねえか。お前、そこの女に騙されたんだよ」
「は?」
「まあ帰って問い詰めるこったな。その女とつるんでたら命が幾つあっても足りゃしねえぜ」
男はそう言い捨てると、鼻歌を歌いながら山道を降り始めた。
「騙されてるって、どういうことですか?」
俺は思わず彼の後ろ姿に問いかけた。しかし男は手を振るばかりで、2度と振り返ることはなかったのだ。