チーム・カラッツ
「ねえ、あなたもしかして新入り?」
背後から聞こえてきたのは、可憐な女性の声であった。
どうせ俺ではないだろう、と思いながらも期待を胸に秘め、落ち着いたそぶりで振り返る。
齢の頃は14.5ほどであろうか。まだ幼さの残る顔立ちながらもその表情は艶やかで、妙に大人びた雰囲気を感じさせる少女であった。肩の辺りで切り揃えられた金髪に、透き通った青い瞳。その瞳は真っ直ぐ俺を捉えて離さなかった。俺は、言葉を失ってしまった。
「あなたに聞いてるのよ?」
彼女は首を傾げる。
俺は慌てて思考を巡らせたが、気の効いたセリフのひとつも出てこない。
「あー、えっと、そうですね」
ようやく言葉を絞り出したものの、それは情けない、掠れた震え声であった。しかし彼女は、そんな俺の様子など意にも介さない調子で、楽しげに振る舞うのである。
「そうだと思ったわ!言っとくけどそこの掲示板、ロクなチーム無いからね」
「はあ、そうなんですか」
躊躇なく物を言うタイプの女性である。俺はこの数分で理解した。どうにも俺は、女性そのものが苦手らしい。思えばアカデミーは男ばかりであったし、村に帰ってからは引きこもり、俺は母以外の女性とロクに会話すら交わしたことがなかったのだ。
しかしこうして目の前に、見紛うばかりの美少女が現れたのである。俺の本能が、何とかして会話を続けろと命じている。
「どこかいいチームないですか。こう、初心者向けで、あんまり厳しくないところがいいかな、なんて思っているんですけど」
「アハハ、そんなチームあるわけないじゃない。ギルドの世界は厳しいわよ。下級チームなら尚更。低報酬の下級クエストをとにかく回して、生活費を稼がなきゃいけないんだから」
俺は落胆した。緩いチームで、適当にクエストをこなして生きていければと、甘い幻想を抱いていたようだ。
「そうですか、あの、ありがとう。とりあえず、適当なチームを探すことにします」
「待ちなって。一つだけ、あなたにピッタリのチームがあるのよ」
立ち去ろうとする俺の腕を、彼女は両手で押さえつけた。
「え、そうなんですか?」
「……ふふふ。あなた本当に運がいいわね。私のチームに入れば、あなたの望む快適なギルド生活を送ることができるわよ」
「……え?」
予想外の返答である。もしや彼女は、とあるチームの勧誘要員なのだろうか。
しかしこういったケースは大方裏がある。容姿の優れた女性を利用したメンバー勧誘。どうにも胡散臭い気がしてならない。
「えーと、俺みたいな初心者でもやっていけるんですかね。俺、戦闘経験あんまり無いですけど」
「ええ、もちろん。うちのチームは初心者大歓迎です」
彼女は満面の笑みで答えた。本能のままに従えば、即答で加入したい。
「えと、チームの構成はどん感じですか? メンバー数とか」
「今は5名ほどで活動してるわ。中には中級者もいるけど、功績に関わらず報酬は均等に山分けよ。初心者でも安心して働けるわ」
まさに願っても無い環境である。おまけに彼女と同じチームで働けるなら、この誘いに乗らない手は無い。
「本当にいいんですか? 是非、加入したいです」
言い終わるが早いか、彼女は俺の手を取り、こう告げた。
「ようこそ、我がチームへ。今日からあなたは新しいメンバーの一員よ。それじゃあ早速だけど、この書類にサインして」
彼女は懐から一枚の用紙を取り出した。
「そこのテーブルが空いてるわ。ペンも貸してあげるからついてきて」
彼女に誘われるがまま、俺は空席に腰かける。すると彼女は俺の隣にぴったりと寄り添い、先程の用紙を差し出した。
「住所と氏名を書くだけでいいわ。あとは私がギルドに提出しておくから」
「ありがとう……。でもこれ、チーム結成の申請書って書いてあるけど」
「ああ。ここテルフでは結成も新規加入も同じ申請書を使ってるのよ」
やはり何か引っかかる。しかし考えてみれば、わざわざ嘘をつく理由もないように思える。例えばこれが新規加入でなく、チーム結成であったとして、彼女になんのメリットがあるだろうか。
必要事項の記入を終えると、彼女は申請書を引き取った。
「へえ、あなたレイモンドって言うのね。紹介遅れちゃったけど、私の名前はアリス。これ名刺ね」
名刺には彼女の名前と、彼女の所属するチーム名が記されていた。
(アリス=コーネリアス チーム・カラッツ)
「カラッツって言うんですね。チームの名前」
「ええ。それじゃあ私、申請書出してくるね。ちょっとだけ待ってて」
彼女は小走りで受付へ向かった。その様子を眺めながら、俺はこれから待ち受ける様々なドラマに心を踊らせていた。