神様に祈っても何もしてくれないので悪魔に祈ったら体脂肪が有能でした
私は病気だ。
医者も『もう手の施しようがないです』と言い、匙を凪げた。
その病気は末期の肝臓癌だ、抗がん剤は私の体を弱らせるだけ弱らせて癌を弱らせる事はしてくれなかった、免疫治療もお願いしたが現段階で肝臓で良い結果が得られてない為、それはしてはもらえなかった。
体は日に日に浮腫み、食欲は湧かない、食事をしてもしなくても弱っていく体。
私は何度神に祈った?
家族は何度神に祈った?
何も良くなりゃしない、ああ、わかった、神なんかいやしない。
だが私はまだ細く長くで良いから後一年は生きたい、母親も亡くなり私も定年退職し、娘も一人立ちした、これから妻と色んな場所へ旅行へ行こうかと言っていたのに、海外旅行にも連れていってあげたいと思っていたのに、まだ何もできていない。
「海外旅行は癌を治してからよ、あなた」と妻は言ってくれたが、自分でもわかる、死に近づいてる事が。
在宅看護の為、妻はいつも私の傍で眠っているが今日は疲れたのか、お風呂から上がった後リビングのソファで眠っており、何度か話しかけても起きる気配はない。
チャンスだ、そう思った。
今私の手元にあるのは悪魔を召喚するための本、娘が10代の時に中2だかなんだか色々拗らせて購入していた物で、妻が買い物に行っている間によたよた歩きながら娘の部屋から物色してきたものだが、まだ取っといてあるということは、まだ拗らせてるんだろうか。
まあいい、とりあえず悪魔を呼び出そう、召喚に必要な捧げものはだいたい揃った、牛豚鶏の肉片とバジルと塩コショウとか書かれてて全部近くのスーパーで手に入るものだったから、妻にあれ食べたいとか行って買って来てもらっていた。
本に載っていた魔方陣を白い紙に綺麗に書き写し、中心に味付けされた牛豚鶏の肉を置き、最後に自分の親指に針を刺して血を一滴。
もちろん100%信じているわけではない、だが他に何にすがる?神が何もしてくれないのに、他のうさんくさい宗教にお金を搾り取られるくらいなら悪魔の方がマシだと思ったからだ、それにこんな小学生が読むようなカラフルな表紙の本に書いてある悪魔召喚の方法など本当なわけもないと、だが今はなぜかこれに頼りたいと思った。
じっと見ていたが5分経っても何も起きない、やはり嘘か……そう思った時だった。
魔方陣から煙が出て肉とハーブの美味しそうな臭いが私の部屋に充満し、肉に完全に火が通ると捧げ物は魔方陣から消え、見とれるような容姿に蛇のような体の悪魔が姿を現した、肉を頬張りながら。
『どうも~マーラって言います、どんな願いでしょうか~んぐんぐ、牛肉うめえ、ああ、呼び出した人間の宗教に合わせて悪魔召喚されるんで、あなたんとこ仏教だから私が来ました~豚うめえ』
「えっと…私は今末期癌でいつ死んでもおかしくないと言われてる、歩くのもひどいくらいで…だからもう少しだけ元気に歩きたいのと、後一年で良いから生きたいんだ、それを叶えてくれたら一年後に私の魂を持って行ってくれ」
『うーん……それは難しいですね…貴方の余命は医者の言う通りなんで、命を代償にしてもらっても一ヶ月がいいとこです、痩せちゃって体脂肪もないし』
「そんな……」
なぜだろう、今体脂肪がどうとか聞こえた気がした、まあ気のせいだろう。
『まあ、家族を代償にすれば一年生かせますけど』
「家族との最後の思い出を作りたいのに家族の命を代償にできるわけないだろう!」
『ああ、命はいりません、欲しいのは体脂肪です』
「体脂肪だと!……………………え?体脂肪?」
やっぱり体脂肪うんぬん言ってた!
『イエス!体脂肪!』
そう言いながら、マーラはチキンのハーブ焼きにかぶりついた。
『悪魔って最近滅多な事で命取らないんですよ、生命エネルギーは確かに命が一番なんですけど、寿命の短い老人とか病気で余命幾ばくもないとかだと、ほとんどエネルギーない出涸らしみたいなもんで、もらっても大した事してあげられないし、若い内に命捧げてでも悪魔と交渉する人は中々いないですし、そうなると我々の源が減る一方なんで、何度も呼び出してもらう為に体脂肪とかもらうようにしてますね、ちなみに旦那さんは癌で痩せて体脂肪無いから取れるもの無いし、内臓も弱ってるからこっちも欲しくないし……』
「じゃあ…そこに寝てる妻の体脂肪を代償にしたらどうなるんだ?」
妻は私に愚痴も何も言わないが最近ストレスの為過食気味で太ってきた。
『奥さんは154cm70kgだね、10kg取っても余裕だろうし、そうなれば肝臓癌の半分は無くせますし、5年くらい生きますよ』
「私の命より妻の体脂肪が役に立つって………」
『ええ、例えばダイエットしたい方が10kg痩せたいってなったら有から無、或いは有から何かを取るとかなんで、こちらは10kgの体脂肪という生命エネルギーをもらってwinwinなんです。でも無から有は体脂肪では難しいですね、願いの度合いにもよりますが、1000万欲しいとか何もない状態で言われたら、願った本人か家族が事故に会って賠償金とかで入ってきますし、一億なんて願われた場合願った家族全員の命もらいます、まあでかすぎる願いを叶えなきゃ、命は取らないです」
マーラにそう言われ、悩んだ末私は妻の体脂肪1.5kgを代償に、後一年今より少しだけ元気に生きられる事となった。
ー1年後ー
妻を連れてカフェ巡りや旅行にも行けた、海外にも連れていってあげられた。
そして今日が私の命日になる、明日の朝私が目を覚ます事はない、後悔はない、妻にはもちろんあのマーラという悪魔にも感謝している。
ー翌朝ー
「………おかしい、一年経ったはずなのに…まだ生きてる」
ー1週間後ー
「あれ?」
ー1か月後ー
「んん?」
おかしい、もう死ぬはずなんだけどと思いながら、幸せそうに私を見つめる妻を見てある事に気がついた。
前より痩せた……?でも1.5kgへっても見るからにわかるくらい痩せないよなあ…。
そんな疑問を持ちながら、私はお気に入りの雑誌を取るためにマガジンラックへと手をのばした。
その時、私の目に入ったのはあの悪魔召喚の本、いつここへ持ってきた?いやわ、私は持ってきてはいない、じゃあ誰が……。
後ろを振り返ると妻が先程と同じように微笑んで、こう言った。
「私はまだ、あなたとしてみたい事が沢山あるんです、自分だけ満足してから死ぬなんて許しませんよ」
どうやら私はまた妻の体脂肪に助けられたらしい。
読んでいただきありがとうございます。
この話は私の色んな願望から生まれました。