2:初ログイン
「バイク♪バイク♪」
その日の夜、お目当ての物を手に入れた桜花は、鼻歌混じりにノートPCを弄っていた。
PCにコードで繋がれたヘルメットのような機械には、某ヘルメットメーカーやバイクのパーツメーカー、そして「成田山」と書かれたステッカーが所狭しと貼られていた。
雪那と一緒に遊ぶ以外では、ライダー気分を味わうためにしか被ることがなかったが、今回ばかりは自分から進んでゲームの用意をしていた。
ちなみに雪那はというと、どうしても外せない用事があるらしく、桜花は一人だけでゲームを始めることになった。
ごめーん!と謝る雪那に対して桜花は心底残念がったが、その反面でさっさと強くなってびっくりさせてやろうと企んでいた。
「ピンチになった時、私が颯爽とバイクで登場……ふふ、せっちゃん驚くだろうな」
脳内ではすでに格好いい自分のビジョンが出来ていたが、表情がすごくだらしなくなっているのに現実の桜花が気づくことはなかった。
「よし、これを被ってスイッチを入れて……ダイブ!」
機械を被って開始の合図を言うと、桜花は浮遊感と身体が伸ばされるような不思議な感覚に包まれながらゲームの世界へと入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『now loading......』『……OK.』
『ようこそ、Glorious Last Frontierの世界へ』
気がつくと桜花の意識は暗黒の中にあった。
頭を振っても常に目の前に出続ける青いネオンのようなメッセージだけがボウっと光っている。
「たしか色々設定しなくちゃならないんだっけ? まずは名前ね」
『名前を入力してください。』というメッセージとともにキーボードのような半透明の板が出現する。桜花が手を前に出そうとすると、手袋みたいな白い手が代わりに動いた。
「何度見ても設定中の仮の手ってシュールだよね」
独り言をつぶやきながら文字を叩くと、ピコピコと点滅する縦棒が右にずれて入力した文字が現れる。
桜花がゲームでずっと使ってきたハンドルネーム。親から貰った、大好きな花の名前。RPGもシューティングもハンティングゲームも、決められるなら主人公はいつも統一していた。
『“サクラ”でよろしいですか?』
『YES』/『NO』
「イエス」
と言いながら『YES』に触れると、ピコン!という音とともに次のメッセージが表示された。
『見た目を設定してください。』
「見た目かぁ。なんでもいいんだけどな……ん?」
桜花の視線の先には『身体を基準に設定』の文字。
「あ、脚だけ長く出来ないかな? ……まあいいや。バイクが待ってるし!」
もうすでに頭の中がバイクでいっぱいの桜花は適当にボタンを押した。
髪色や目の色、その他諸々が一瞬で表示されては消えていく。
だがしかし、そんな桜花の前に強敵が立ちはだかる。
『ステータスを設定してください。』
「へ?」
……加賀美 桜花はVRMMOを今までやったことがなかった。雪那といつもするのはレースゲームに格闘ゲーム、アクションゲーム、ホラーゲーム……等々。
すなわち、ステータスを自分で決めるゲームに全く触れたことがないのである!
「STRにVIT? DEX? なにこれぇ?」
桜花の小さな頭が知らない英語に満たされる。MMO特有のステータス表記だ。全く馴染みがない。
「SRとかVTRとかGSXなら分かるんだけどなぁ」
自分が知っているバイクの名前をボヤきながら宙に浮かぶ文字をペシペシ叩いていると、説明文が生えてきた。
「それかYSPみたいに何かの略だったり?……あ、説明書いてあった」
出てきた説明文によると、決められるステータス項目は五つあり合計120ポイント振り分けられるようだ。
「えっと、STRは力の強さ……そっか、もし転けたときにバイクを起こすのに必要かも」
桜花は一個ずつ、自分なりに理解することにした。
「VITは丈夫さ。バイク乗るのは体力使うからこれはいる」
「DEXは器用さね、器用じゃないと修理出来ないとか? いるねこれ」
「AGIは素早さで……反応遅かったら事故しちゃうから必要っと」
「INTは賢さか……これもいるなぁ」
……
「全部いるじゃん! えーい、だいたい同じでいいや」
自分自身にツッコミながら、面倒になった桜花は適当に数値を入力していった。
ちなみに、ステータスを均等に振るのがあまり強くないのを知るのはもっと後のことである。
――――――――――――――――
名前【サクラ】
HP 【50】
MP 【50】
STR 【30】
VIT 【24】
DEX 【24】
AGI 【24】
INT 【18】
『これで決定しますか?』
『YES』/『NO』
――――――――――――――――
「なんか賢さ少ない気がするけどいっか。バイクはバカにしか乗れないって言うしね」
ちなみにSTRだけ多いのは筋力に自信がないからである。その他は気合いでなんとかなると思っている桜花であった。
『初期武器を選んでください。※武器はゲーム中で変更可能です。』
「まだあるんだ……あんまり大きいと運転の邪魔だろうしなぁ。これでいいや」
十種ほどの武器の中から桜花が選んだのは【籠手】。
拳や脚で戦う武器種だ。
実際の戦いに近いVRゲームにおいて、徒手での戦闘が剣や弓矢などの武器に比べて難しいのは言うまでもない。つまり不遇武器である。
そんなこととは露知らず、バイクに乗ることしか考えていない桜花は設定を終えてしまった。
「ふー、やっと出来た。待ってろよ私のバイク! 今乗ってあげるから!」
変なテンションになりながらゲームスタートというボタンを押すと、徐々に目の前が真っ白に。
再び何かが見える頃には、桜花の視点は遥か上空からになっていて、眼下には大海、そして水平線まで続く大きな大地が続いていた。
「うわーすごい! 鳥になったみたい!」
『――ようこそ冒険者よ』
興奮する桜花の耳にどこからともなく声が届く。
このゲームのオープニングが始まったようだ。
『生命とは、古代より続く神秘の篝火』
『火は弱く、猛きものほど消えやすい』
『それでもヒトは己の火を糧に“輝き”を追った』
『ここは空に飛竜が、地に魔獣が跋扈する前線』
『ここはかつて栄華を誇った文明の残滓』
『ここは未だ誰も立ち入ったことのない秘境』
『ここは絶対なる自然が全てを支配する世界』
『ようこそ』
『――この星の《Glorious Last Frontier》へ』
「……私、バイク乗りに来ただけなんですけど」
壮大な音楽が流れる中、視界がどんどん島に吸い込まれていく。
桜花の、いや、サクラの果てしない冒険が今、始まる――!!