1:加賀美 桜花は疾走(はし)りたい/掲示板その1
『――続いてのニュースです。本日、国内最後のガソリンバイクの生産が終了しました。これは新たな規制および電気バイクの普及が――』
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「うぇあぁぁ」
とある学校の教室内、高校一年生の加賀美 桜花は自分の机に伸びていた。
平均ほどの身長、と言えない体躯が丸まった背中のせいで余計に小さい印象を与えていた。
「おうかー、一緒にご飯食べよー! 実は新しいゲーム始めてさー……桜花?」
悲嘆に暮れる桜花に近づいて来たのはクラスメイトの伊吹 雪那。
すらりとした身体を曲げ、肩に掛かる髪を揺らしながら桜花の顔を覗き込んだ。
「ずびっ、せっちゃ~ん!」
「って、うわ、泣いてる? お腹でも痛いの!?」
「せっちゃん、バイクぅ……」
「……いや、あたしはバイクじゃないんだけど」
「でもバイクがぁ、ぐすっ」
「はいはい、またバイクの話ね……というか泣きながらくっつくな!」
泣き顔の桜花を見たクラスメイトの数人かが何事かと、ざわついたが、『バイク』という単語を聞いて、ああ、いつものか。といったように興味をなくして散っていった。
桜花のバイク好きはクラスで知らないものはいないらしい。幼い頃から祖父の乗っていたバイクに憧れた桜花は、学校でもバイクバイクと話すので、雪那はもちろん他のクラスの人間でさえ『バイクの人』と呼ぶレベルで有名だった。
ちなみに桜花が鼻水を垂らしながら抱きついたせいで、雪那の制服はすでにズルズルだ。
そんな桜花を引き剥がしながら、
「バイクが欲しいなんて話もう何百回も聞いたよ。卒業まで我慢しなさいっておばさんにも言われたでしょ?……あー、そういえば」
「べぼで?ぎょうのでゅーずで」
「ああ! もう! ほらティッシュあげるから!」
「あでぃがど」
桜花が受け取ったティッシュでずびーっと勢い良く鼻をかむ。そんな様子を見た雪那が小声でうわっ、と口から漏らした。
「うん、ありがとね。実は今日のニュースでさ、バイクの生産が終わっちゃったってやっててさ。ぞれをおぼいだじだら、ズズッ。バイクなくなっちゃうよぉ」
「あー、やってた。でも電気バイクならまだあるんでしょ?」
「ズビーッ! うお、カワサキのエンジンみたいな音出た……ガソリンで動くやつがいいの」
「どんな例えよ、それ。じゃあ中古で買ったら? それか……」
「……っ!」
話を続けようとした雪那に対して桜花が机をダン!と叩き、急に顔を近づけた。驚いた雪那は小さく悲鳴を上げて後ずさった。
「うわっ! びっくりした」
「考えてみてよ、せっちゃん」
桜花の口調がまるで別人のように真面目に変わった。先程まで泣いていたとは思えないほどだ。
「うちの学校、運転免許取れないよね?」
「う、うん」
「そうなると原付ですら少なくとも三年後。しかもバイトも駄目だから実質それ以上」
「そうなるかな……」
「本当にバイクに乗るには四年、五年。いや、バイトとか勉強とかでもっと? そのまま仕事始めて社畜になって、時間もお金もないまま気づけばお婆ちゃんに……!」
「いや、悲観しすぎでしょ。休暇取ろうよ」
「五年の間に謎のゾンビウィルスの流行で外に出れなくなるかも……!」
「えらく突然!」
「ゾンビ化する人類、荒れ果てる大地……そして、人VSゾンビの最終戦争で文明は滅亡……! 人類がまたバイクを作って乗れるころには私はお婆ちゃんに……!!」
「いや、そうはならないでしょ! というかしっかり生き残るんだ」
「せっちゃんは序盤で死にそう」
「殺すな!」
雪那が律儀にツッコむ。
それに対してうん、冗談なんだけどね、と桜花が続けながら、
「でも五年でバイクがなくなる可能性はゼロじゃないんだよね。もう石油で動く車もなくなってきてるし、そうなるとガソリンスタンドもなくなっちゃうだろうね」
「あー、たしかに。ガソリンかぁ」
「バイクは車みたいにたくさんガソリン積めないから給油できる場所がなくなったら、もうどうしようもないんだよ」
実際、桜花の住む街ではガソリン車の数が急激に減っていた。路上には電気で動く車で溢れていて、自分で運転する車より自動運転のほうが多くなった。
バイクもその例外ではない。しかも法による規制がさらに減少を加速させていた。
もはやこの時代の日本では化石燃料で動くバイクなど絶滅寸前だ。
「言われてみれば最近の鬼面ライダーだってバイク乗らないしね」
「ほんとそれ。ライダーってなんなんだろう。……あーあ、私も一度でいいからバイクで旅とかしてみたかったな」
桜花はそう言うと力なく腕をぶら下げて顔を上げた。天井には電気の点いていない蛍光灯が灰色に反射している。
暖かな風がカーテンを揺らしながら入り込む。昼食を取りながら談笑する生徒たちの声が初夏の教室には溢れていた。
「……そんなにバイク乗りたいんならさ、いいのがあるんだけど」
「え?」
予想外の言葉に桜花は豆鉄砲を食らったような顔になる。
「ゲーム。あたしが今やってるVRゲーム、バイク動かせるよ。一緒にやらない?」
「……レースゲーム?」
「それだと桜花に勝てないからナシ。あんたの動体視力無駄に高すぎ」
雪那が手でバツ印を作りながら否定する。
桜花と雪那はよくゲームする仲であったが、レースゲームと格闘ゲームで雪那が勝ったことはほとんどなかった。
「バイクに必要だからね。じゃあ何なの?」
「これ見てみ」
そう言って雪那が鞄から出したのは剣や杖を持った男女とモンスターが並んだいかにもファンタジックなパッケージ。
鮮やかな字で『Glorious Last Frontier』と表されている。
「グロリアス・ラスト・フロンティア……ファンタジー物?」
「そ。ファンタジーVRMMO。ついこの間発売された新作だよ。略して『GLF』とか『グラフロ』って呼ばれてる」
「これにバイクが……? なんで早く言ってくれないのさ!」
「いや、普通に誘おうと思ってたんだけど……あと、このゲームのマップ、北海道と同じくらい大きいらしい」
「ほほほほ北海道!? バイクで……? 北海道を!!」
「食いつくと思った。北海道そのものじゃないけどね」
桜花の目が輝く。
雪那には最初から桜花を誘う気しかなかったが、桜花はそんなことまったく気づいてはいなかった。
そして得意げな顔の雪那が言った。
「それで、剣と魔法の異世界をバイクで冒険してみたくない?」
――その日、桜花は帰宅してからダッシュでゲーム屋へ駆け込んだのは言うまでもない。
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【最後の】『Glorious Last Frontier』雑談スレPart1【秘境】
1:名無しの冒険者
とりあえずスレ建て
存分に語り合おう。荒らしはアク禁な
2:名無しの射手
スレ立て乙
3:名無しの槍使い
いちおつ
このゲームなんて略せばいいんだろ?グラフロ?
4:名無しの双剣使い
>>3
公式はGLFだな
グラフロ派も多い
5:名無しの大剣使い
>>3
グロンティア
6:名無しの槍使い
>>4
GLFか…書くときはこっちが便利だな
>>5
グロそうだから却下
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136:名無しの槍使い
そういえばこのゲームにバイクあるって聞いたけど、どうなの?
138:名無しの大剣使い
>>136
転移結晶でワープできるからいらん
好きなやつは使えば?って感じ
趣味の域を出ないな
139:名無しの魔術師
>>136
挙動はすごくリアルだよ。音も振動も本物のエンジンみたいで好き
あと荷物入れれるのが地味に便利
でも>>138の言う通り基本は趣味用って感じ
エーテル消費するから魔法武器と相性悪いかな。
141:名無しの槍使い
>>138
>>149
サンキュー
助かるわ
142:名無しの射手
>>136
βのオマケで貰ったけどバイクはいいぞ。
>>136は初心者か?買うとしたらめっちゃ高いぞ
先に装備整えたほうが…
146:名無しの双剣使い
>>142
返事がない。こりゃもう行っちゃったな
147:名無しの射手
>>146
orz
148:名無しの冒険者
>>147
久しぶりに見たわそれ
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