8:ヤンキーエルフさんと突発キャンプ
「ここまで来たらもう追ってこねぇだろ」
デスオオカマキリの追撃を振り切って、しばらく逃走を続けていたが、エルフ耳のプレイヤーは小川のほとりでサクラを降ろした。
周囲には石で囲った焚き火の跡と、木の棒と布地で作られたテントが一つ置かれている。
「えっと、その、ありがとうございました」
エルフ耳のプレイヤーは緑の髪を隠すようにフードを被ると、サクラのことを気にも留めず、焚き火に火を着け直した。
日が落ちかけて暗くなってきた川辺を橙色の柔らかい光が照らす。
「あの」
焚き火の前に置いた木にどっかり座ったエルフだが、持ち物から肉の塊を取り出すと、腰から抜いたナイフに突き刺してそのままワイルドに焼き始めた。油を滴らせながら徐々に狐色になっていく肉からは焼肉特有の香ばしい匂いが漂い、これだけでご飯が二杯は食べられそうだ。
「あの! ここどこですか? キャンプしてるんですか? なんであんなところにあんな強いモンスターがいたんですか? というかそれ美味しそうですね!」
「うるせぇな!?」
強敵から逃れて安心したのか、堰を切ったように言葉を発したサクラにエルフが切れ長の目を吊り上げて怒りを露にする。
「ったく」
「ご、ごめんなさい……」
「……ここはオレの野営地だ。あれはデスオオカマキリ。徘徊系のボス。これでいいか? あと肉はやらん」
不機嫌そうな顔をしながらも、きちんと質問に答えてくれるエルフ。
案外、律儀な性格なのかもしれない。
「へぇ~、そうなんですね。あの、ヤエー地ってなんですか? ヤエーする所ですか?」
「面倒くせぇな……ああ、野営するところだ」
「私もヤエーしてもいいですか?」
「……勝手に野営すればいい」
「分かりました。今からヤエーしますね。…………いえーい!!」
「……何してんだ?」
「あれ!?」
エルフに向かって笑顔でピースサインを送るサクラだったが、壮大にすれ違ってしまったようだ。
ちなみにヤエーとはライダー同士の挨拶みたいなものだ。知らないのも無理はないだろう。というか普通は知らない。
「……そ、そういえば女性?の方ですよね。でもオレって」
「オレって言っちゃ悪いか? 中身は男かもしれんぞ」
「い、いえ、かっこいいと思いますよ!」
気まずい雰囲気をなんとかしようと話題を変えようとしたが、逆効果だったようだ。
エルフはふんっと鼻を鳴らすと、サクラから顔を反らしてムシャムシャと焼いた肉を食べ始める。
サクラは焚き火の側にしゃがみ込んでその様子をじっと観察していた。
「なんで助けてくれたんですか?」
「別に、たまたま通りかかった狩場にいたからだ」
「たまたまでもいいですよ。他に誰もいなかったので助かりました」
「……あっそ」
「…………」
「……おい、やらんと言ったぞ」
緑髪エルフの外国人モデルみたいに整った顔から鋭い眼光がサクラに刺さる。
「いえ、欲しいわけじゃなくて、エルフなのに肉食べるんだなって。あ、でも美味しそう」
「ただのプレイヤーだからな。そこまでロールプレイはしない。……というかお前も回復したほうがいいぞ。HP減ってるだろ」
「あー、ポーションもうないんですよね」
「はぁ?」
「あはは、だからこのままでいいです」
回復ポーションはもう使い切ってしまった。今のサクラが一番手っ取り早く回復するとしたら、死によるリスポーンだろう。だが、そうすると所持金の半分とアイテムを数個失ってしまう。そうなるとバイクからは遠のいてしまう。
だからサクラにはただ焚き火の揺らめきを眺めることしか出来なかった。
「焚き火って綺麗ですね。癒やされます」
「……」
「火を見てると、こう、心が和むというか……」
「…………ああん!もう!」
どうしようかと思案していたサクラの視界へナイフに刺さった生肉が映り込んだ。
「え?」
「……そのかわり自分で焼いて食え」
「ありがとうございます! ありがとうございます!! うん、美味しい!!」
「ああ! バカ! ちゃんと火通してから食え!」
少し炙っただけの肉にかぶりつくサクラ。不機嫌そうに接していたエルフも流石に止めた。
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