8.代償と報酬
「ブ、ゴハァぁぁぁぁぁ」
どす黒い血の塊をぼくは吐き続けた。
村を出てさまよい、肉体はさらに腐り続けた。
「よしよし、大丈夫?」
「ブハァッ!! はぁ、はぁ……どうして……? 『治療・中』と、『再生』があるのに……」
「再生よりも腐敗のほうが早いんだよ。細胞の老化、いえ、劣化が起きたらもう治せない。もっと上位のスキルで一気に回復させないと」
ぼくの身体に起きていることを彼女はぼく以上に詳しく理解していた。
血の流れが止まり、塊となって脚に貯まる。体内に毒ガスが発生してむくみ、身体が固くなる。
脳の理性を司る部分に腐敗が進行すれば、ぼくは完全にゾンビと化す。
『治療・中』を何度も試したけど効果は無い。多分腫れの回復や傷の修復は出来ても、異常を正常に戻すのは無理なのだろう。
このままでは恐れていた通り、ぼくはただのゾンビになってしまう。
もう、唯一の頼りはこんなになっても付いてきている彼女しかいない。
ぼくはダメもとで聞いてみた。
「あの、あなたはぼくを終わらせられますか?」
「まぁ、方法は分かるよ」
「えぇ!? なんで教えてくれなかったの!!」
「聞かれなかったから……」
いや、散々女神が本当かどうか聞いてはぐらかされたのに、なぜ他のことは素直になるの? この人がおかしいのか、ぼくが女心を知らないか……
「なら、教えて下さい。もし、ぼくを終わらせて下さったのなら何でもします!!」
「え、何でも? 今何でもって言ったよね、何でもって!!」
「あ、出来ることなら、という意味ですよ」
自称女神さんは顔を紅潮させた。
ゾンビ相手に何を考えてるんだ?
ちなみに、ぼくが消え去った後に彼女の願いをかなえる方法などあるのだろうか。いや無い。
「一つ、物理で脳を破壊」
「ザ・シンプル!!」
でも、まぁ、それはぼくも考えた。だからモンスターを探しているわけで……
「ただ、君のレベルが常人の10倍から20倍で、ステータス補正もそれに比例しているとすれば、現実的ではないでしょう」
「……あなたがやる、という選択肢は?」
「第二に、魔法による破壊だけど……これも同じ理由で期待は薄い」
あれ? 聞こえなかったのかな?
この人はステータス補正が無くてもあの跳躍をした。ということは純粋な身体能力が人知を超えているに違いない。
彼女ならグーパンでぼくの頭を爆散させられそうだ。
「ねぇ、ぼくと腕相撲しようよ」
「3つ目、神殿の力を利用する」
やらないということですか、そーですか。
「大抵アンデッドは神殿の力に抵抗力が無い」
「ああ、確かに」
そういえば、治療院にいたとき、神殿で修行した人が使える神聖術は魔法とは違うと聞いたことがある。まぁ神官が治療のスキルを使ってくれないせいで治療院はいつも超満員だったけど。
あれ、ぼくも『治療・中』あるし、使ってるよな? なんでだ?
「ただし、これは君が神殿にお取次ぎができたらの手段だね」
「ああ、そっか」
ゾンビが神殿に、というか街に入るなんて無理だもの。
「4つ目、勇者を探して戦いを挑む」
「大胆不敵!!」
「勇者は目立つし、接近すれば向こうから討伐に来てくれるかもしれない。選択肢1と2の問題点、レベル差も克服している可能性がある」
「おお、現実的だぁ!!」
少なくとも無暗やたらにモンスターを探すよりもいい!!
「ただし、これは多くの人の混乱を生む。君という存在が現れることで周辺住民は避難し、私財を失うかもしれない。手薄になった隙に第三勢力が勇者の拠点に攻め込むかも。極めつけは、君が勇者でも倒せない場合、この世界における勇者というブランドへの信頼が失墜する」
話が大きくなった。どうやら彼女は、ここまでの道中でぼくがパァンしたモンスターたちと勇者が同じ末路を辿ると危惧しているようだ。
まさか……ね。
「できれば人に迷惑はかけたくないなぁ」
でも、候補にはありだ。
「5つ目。魔王に戦いを挑む」
「あ、それなら役に立つし、問題ないよね!」
「ただし……」
「まただよ。だめなの?」
「アンデッドである君が魔王率いる魔物たちに与する危険が在る。本能的なアレとか、精神操作とかで。そもそも君は思考している。脳を動かしている時点でただのゾンビじゃない。魔王たちの方が君について詳しいという可能性がある」
「いや、それを言われると、ぼくも自分が良くわかってないし」
ハイゾンビって聞いたことないし。
でもこれも候補に入れよう。
「6つ目、スキル」
「え?」
「例えば、アンデッド特化のS級スキルがあるかもしれない」
「ああ、そうか……ただし?」
「ただし、スキルを探すには、街に入って情報収集の必要がある」
「はぁ……あの、結局、簡単な方法は無いってことですね?」
まとめると……
1つ、物理的破壊。レベル差が問題。
2つ、魔法による破壊。レベル差が問題。
3つ、神聖術による浄化。神官や僧侶との接触が困難。
4つ、勇者に討伐させる。混乱と治安悪化の危険あり。
5つ、魔王に倒させる。情報不足。利用される危険あり。
6つ、スキルで消滅させる。情報収集が困難。
どうやってもひっそり静かに終活を終えることはできなさそうだ。
「参考になりました」
「これが最後、人間に戻る」
「……まぁ、それができたら苦労は無いですよ」
まず無理だよね。
それはつまり、死人を蘇らせるということだ。
そんなことができるのは神ぐらいだろう。
「ふふん、違う違う。あくまで見た目を人のまま保つってことさ」
「どういうことですか?」
彼女は腕を突き出した。
「ん?」
そしてもう片方の手で、自分の腕を叩き折った。
「うぎゃぁぁぁ、痛いよーッ!!」
「当たり前だろおぉぉぉぉ!」
ぼくは急いでスキル『治療・中』を発動した。
ガチ泣きしていた彼女は腕が元に戻ると、呼吸を整え、ぼくに向き直った。
「ん?」
そしてまた腕を折った。
「いたぁーいいいいいい!!」
「何してんのぉぉぉぉ!!!」
困惑しながら再び腕を直す。
《スキルが上達しました 『治療・中』から『治療・大』へ》
「ひぃぃん、スキル変わった?」
「またやる気? いや、治療スキルが上達したけど……まさか」
「ふひぃぃ、二本で済んで良かった……」
この人、ぼくのスキルを上げるために自分の腕を……
「試してみなよ。火傷とか、内臓の劣化とか治せるかどうか……」
「う、うん」
治れ、と念じると、徐々に血色がよくなった。血液循環がなくなって固くなっていた皮膚も元に戻った。ぱんぱんに膨れていた脚も元に戻った。
ただ、無くなった皮膚はまだ戻らない。
「さよなら〜、私の両腕〜」
「待て待て待て!! もうやめて!! 十分だから!!」
「でもね、君が一般人に見えるようにするだけで、人との接触の機会が増えるでしょ。それで選択肢のいくつかをクリアできるかもよ?」
確かに、神殿に行くのとスキルを探すのには街に入るのが望ましい。
街に入るには、ゾンビの姿では無理だ。
「いや、こんなの包帯まけば誤魔化せるし、女の人が腕を折るところなんて見たくないよ!!」
「でも、コル君だって、散々やってたじゃない」
「……あ」
「崖から飛び降りたり、首を吊ったり、川に飛び込んだり、火を付けたり」
「ごめん」
「え? なんで謝るの? 私はコル君がやったのなら、私がやってもいいよね、て言ってるだけだよ?」
この人、ひょっとしてこれが素か?
こ、こぇぇ!!
ゾンビも恐怖に身が震えるようだ。
「あの、もう過激なことは極力控えるので、勘弁してください」
少なくとも、時間と選択肢はできた。焦らず、終活は穏やかにやろう。
「ふふん、コル君、さっき何でもするって言ったよね?」
「まぁ、約束だし出来ることはするけど」
「じゃあ、私に名前つけて」
「は?」
どうしてこの人がぼくにここまでしてくれるのかわからない。
でも……
「エミリー……今日から君はエミリーだ」
「なんかありきたりだから嫌だ」
「おい!! じゃあ……エミリア」
「なんか私のイメージと違くない?」
「ゲーテ」
「どんなイメージっ!?」
「う~ん、あ、あの娘が確かロイス」
「誰の名前のから盗った?」
「ミレー、マリー、メイ、メ、メ、モ、モ」
「打ち止め!?」
結局、数時間かかり、彼女の名前はルカに決まった。
これはぼくが考えたってことになるのか?
===ステータス===
■コルベット・ライソン(享年17)
・種族:アンデッド
・職業:ハイゾンビ
・レベル.90
・体力:A 魔力:A 精神力:A パワー:S スピード:S 運気:F 器用度:S
・スキル
SS:『スキル強奪』
S:『言語マスター』『オートスキル』『経験値倍加』
A:『☆治療・大』『ステータス確認』
B:『再生』『筋力向上・中』『斧・中』『火耐性・大』『火魔法・中』
C:『潜伏』『索敵』『体温調節』『革加工・中』『精肉・中』『格闘・初』『投げ・初』『短剣・初』『飼育・中』『栽培』『裁縫・中』
D:『光耐性・小』『服飾・初』『解体・中』『嗅覚向上・小』『視覚向上・小』『聴覚向上・小』『投擲・初』『弓・初』『調理・中』『掃除・中』『調合・小』『解毒・初』『採掘・中』『採取・中』『伐採』『算術・初』『速記』『校正』
E:『威嚇』『発声・初』『看病・初』『採石・小』『釣り』
===ステータス===
■ルカ(?)
・種族:人族?
・職業:???
・レベル.1
・体力:− 魔力:− 精神力:− パワー:− スピード:− 運気:− 器用度:−
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