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44.いざ、帝国へ



「どうしてこんなめちゃくちゃな溶接で……地金の質も強度も違う、焼き入れしてる刃としてない刃、持ち手の重心も悪い!! こんなら木の棒の方がずっとましだわな!!」


 ずーん。


 そこまで言わなくても。そこまで言わなくても。


「素人にしてもひど過ぎだな。これはもはや武器への冒涜ですらある!!」

「ちょっと、おじさん!! コル君が沈んでるでしょ!!」

「いや見た目は変わらんがそうなのけ?」


 ぼくの表情はどうなってるんだ。そんなに分かりにくいかな。


 おじさんは鎌をよく観察してルカに返した。


「意味わからん。これを使いものにするならわしには無理だ」

「だって、かっこいじゃないですか!! ルカは使いこなしてたし!!」

「「「まぁまぁ」」」


 ぼくの作ったものでは仕事できないのかよ。それでもプロなのかよ!


「刀剣と言うもんは切って貼ってできるもんで無ぇ。鉄にはそれぞれ質がある。斬るのに適した質ちゅうんは固さと柔らかさの絶妙な加減だ。それはもちろん使い方、使い手に合わせても変わりおる。素人の出る幕ではないのう」


 悔しいけど言い返せない。ぼくはなんて適当なものを造ってしまったんだ。


「捨ててくる」

「ダメ!! せっかくコル君が造ってくれたのにぃ!!」

「でも危ないし」

「でもさ、実際ルカちゃんが扱ってたのを見たけど抜群に使いこなしてたよ。それに、その鎌、刃こぼれと錆はもっとひどかった。魔物を斬る度に治ってるというか」

「ほう……」


 おじさんは鎌の刃を叩き始めた。音を確かめてるみたい。


「よくわからん」


 なんだそりゃ。


「だがこういうゲテモノを使う者もおるにはおる。もしかしたらエンチャントされた魔法が奇跡的に組み合わさって何らかの効果を生んでいるのかもしれん」

「そんなことある? 私は聞いたことないよ。というかエンチャントはそんな単純なものじゃないよね」

「それ系に強い鍛冶屋だと専門の武器職人だの。わしはどちらかと言うと野鍛冶だからな。こういうキワモノは無理だ。街に行ったら武器職人を紹介してやる」


 どちらにしろ山を下ってさっさと街に行かないと何もできないということか。


「まずは素材を売りに行って、食材の買い出し」

「お酒と服買っていい?」

「そう頑張らず、まずは休憩しよう。休める時に休むのも旅の大事なポイントだよ」

「旅程をじっくり決めましょう。無計画に進んでは旅が成り立ちません。おじさん、ここから街までは安全ですか?」

「安全で半日かかる道と、少し危険だが数時間で着く道がある」

「じゃあ、早い方で行きましょ」

「そうだね、もう山には飽きたよ」


 ぼくとアンジェリス以外は眠りについた。ぼくはまた女性の接し方講座だ。あの帝国のお兄さんのおかげで褒め方のコツはつかめた。


「君の髪は夜空に輝く星のようだ」

「ダメです。ありきたりです」

「おいしいごはんと君なら君を選ぶ」

「ダメです。食事と女性を並べて語らないで下さい」

「胸……」

「ダメです。身体の話は親密になっても慎重に」

「昔街に来た楽団が広場で演奏した曲が今でも頭に残ってて、すごい心地よくて、ぼくは手伝いをサボって毎日聴きに行ってた。それで院長にすごい怒られて―――」

「要点を」

「君の声を聞いてるとあの曲のことを忘れてしまう」


 お、アンジェリスの表情が変わった……気がする。


「……ダメですね。顔が」

「ええ、顔はしょうがないよ!!」


 それじゃあ、何を言ってもダメじゃないか。

 

「もっと表情を作って下さい」

「わかった」


 鏡を見た。相変わらずひどい顔色だ。確かにこの顔で何を言われても不気味だ。

 とりあえず手で顔をいじってみた。表情ってどう作るんだっけ?


「アンジェリスお手本見せて。笑って見せて」

「え? そう言われましても」

「君の笑顔が見たい」

「わかりました、少々お待ちください」

 

 じっと一点を見つめ硬直した彼女の傍らで、その表情の変化を観察した。


「……すいません、できません」

「なんか無理言ってごめん」


 そういえば彼女が屈託なく笑う姿を見たことがない。彼女にとってこの旅は楽しいものじゃないし、責任感で着いて来てるんだから当たり前か。


 ぼくに彼女を笑わせることができるのだろうか。

 とりあえず今は彼女に優しくしよう。


「アンジェリスは街に行ったらやりたいことある? 服が欲しかったら買ってあげる」

「ご主人様のお好みのものでしたら何でも着ます」

「そうじゃなくて……うん、欲しいものがあったら言ってね」

「ありがとうございます?」




 一夜明けた。


 今日もどんよりとした雨だ。


「やっぱ、今日はやめとくか? こういう日はモンスターに遭遇すると手こずるでな」

「大丈夫、私が護ってあげるし」

「……そうか頼もしいな坊主?」


 おじさんはぼくを見て小さな手斧を渡してきた。


「これは?」

「丸腰じゃ不安じゃろ。それに女に護られてばかりではいかんからな。持っておけ」

「ありがとうおじさん」

「女に護られてはいはいと喜んでおったらいかんぞ!!」

「わかったよ」


 さっきのはぼくじゃなくおじさんに言ったんだろうけど。


 もらった手斧を腰のベルトに差して、エミリーを引いた。


「うおお、ボウズすごい力だな」

「まぁ」


 おじさんは荷車を背の低い馬に引かせている。今のぼくは一馬力だ。


「ちょっと待て。それ返せ」

「え、やだよ」

「こっちにしろ」


 おじさんが荷台から大きな斧を出した。


 銀色に怪しく輝く乱れ刃と重厚な何かの白い骨で出来た持ち手。骨の柄頭には小さな緑の魔石が埋め込まれている。


「おれは野鍛冶だが山にいると冒険者が依頼に来ることもある。だが依頼をしておいて戻って来ない奴もおる。それは昔そう言った事情で預かった品だ。フォルティマシリーズには劣るが高名な職人の作品だ」

「いいの? そんなすごいものもらっちゃって」

「坊主、いつまでも女に護らせておったらダメだ」

「それさっき聞いた」

「まぁ、お前に似合いそうだしな。並の男には持てん」


 手渡された斧を持った瞬間、これの使い道が手に取るようにわかった。


「うん、しっくりくるよ。ありがとう、おじさん」

「おおう、やはり軽々と持つか」


 おじさんがぎょっとしている。なんでだろ。


「うわあ、それって呪いのガンドールシリーズじゃない!!」


 え? 呪い?


「言うな、エルフの!!」

「持った者は確かに絶大な力を得るけど、持ってるとステータスや生気、いろんなものを代償にされる。戻って来なかった冒険者もきっと……」

「コル君、ポイしようね。ね、ちょっと放し……ちょ、まさか気に入ったの? もうしょうがないなぁ」


 なるほど、厄介払いか。でもステータスを吸われるならこれほど素晴らしいものはない。


「呪いとは限らん。そもそもこれを持つことができる者が少ないからな。ガンドールは技巧は優れとるが使用者のことを考えん。地金は全部神鉄でありえないほど重く、刃はミスリルと鉄の合金。柄はエンパイアヒュージレックスの骨でこれまた重い。おまけに力が抜ける謎の魔石。ドワーフのわしも全力で一分も持てん」

「欠陥品てことじゃん」

「いや、だがガンドールシリーズは癖があるものの、使いこなしている有名な冒険者も多い。要は使い手を選ぶのだ。持てなかった輩が力量不足を棚に上げるために呪いだなんだと悪評を広めたもんだから貰い手居らんかった。だがふさわしいものが持てばフォルティマシリーズに匹敵しよう」


 ぼくがふさわしいかは別として、力を奪ってくれるなんて理想的だ。素晴らしいよ!!

 さぁ、どんどん奪っておくれ!!

 どうした、それで本気か、もっと吸ってくれよ!!!


「本人が気に入ってるならいいか」

「そうね」



 危険な道と言っていた通り、山道はモンスターと何度も遭遇した。その度にすぐロラスが倒して進んでいった。

 

「あ、街だ!」


 森を抜けると街が見えた。


 

「何だあれ?」

「ふふ、驚いたでしょ?」


 ロラスの言う通り、驚いた。

 

 

 巨大な河の中に街がある。まるで水の中に街が浮かんでいるかのようだ。


「おおう、あそこはまた別の街だ。その手前の橋までが目的地、グレートファームだ」


 河に沿って建物がひしめき合っていてどこからどこまでが街かわからない。その先に巨大な橋が架かっている。その橋の上も街と化してる。

 地平線の向こうまで、全てに人の手が入っている。途中の山や丘にも建物が建っていて、まるで異世界だ。


 本当にこんな広い空間を人の手で開拓したの?

 あんな大きな建物をあんなにたくさんどうやって建てたんだ?

 あそこに一体どれだけの人がいるんだ?


「はは、ビビるんでねぇ。これから行くのはほとんど田舎だ。これぐらいでビビっておったら橋の向こうへは行けんぞい」

「う、うん」


 ぼくはあまりのスケールの大きさに圧倒されて気後れしてしまった。


 大丈夫かな……?



今のところコルの表情を読み取れるのはルカとロラスだけ。

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