5.とある死神の追憶
もう、辞めたい。
そう思い始めて数百年。だらだらと真面目に働き続け、気が付けば婚期を逃し、遊びに行く体力も気力もない。
仕事に行って、帰ってきてビールを飲んで、寝落ち。起きたら仕事。終わらないエンドレスループ。
私の仕事は、死者の魂を器から刈り取ること。俗に言う「死神」だ。
いくつもの世界を跨ぎ、死に寄り添い、次へのスタートを後押しする大事な役目だ。なろうと思ったときは期待と夢で胸が一杯だった。
ただし、現実は違った。
どの世界も私よりも楽しそうにしている人たちばかり。その世界がどれだけ素晴らしくても、私に許されるのは死者の魂を刈ることのみ。
死に寄り添うと言えば聞こえはいいが、個人の事情など関係ないし、死んだ後に刈り取らないという選択肢がそもそもない。刈り取り損ねるとゾンビにしてしまう。学校の教習で世界がゾンビだらけになった様子を一日中見せられ、強迫観念を植え付けられた。
よってそれが例え極悪人でも、平等に魂を刈り取る。個人を知ってしまうと躊躇するので、それがどういう人物かなど見ないし、考えないようにする。
同期の何人かは数年でノイローゼになり辞めていった。
当時の私は、「フン、軟弱者め!」などと強がっていたけど、あれが正しかったのかもしれない。最近その元同期が結婚したらしい。ちくしょー。
今の私は、円満に幸せに生きる者を見て歯噛みし、死を前に感情を殺す。
単調で、責任が重く、果てしない仕事だ。
―――その日も、私は単調な作業に取り掛かった。
◇
公開処刑される少年がいた。
「はぁ、今日は寝られないよぉ……その前に、お風呂に入ったらこのシーンを思い出しちゃうだろうなぁ」
そう思うぐらい、残虐な処刑だった。
思うだけで助ける術はない。感情移入しないよう頭を空っぽにする。
人間ってどうしてもこうも……いや考えるのはやめよう。
浮遊体で断頭台に近づき、いつも通り、彼の魂を肉体から解放しようとした。
そのとき、この数百年で体感したことのない異変が起きた。
「あぅわわわ、ななななな、なに?」
いつもなら一瞬で終わる作業が、出来ない。
何かに止められた。
この世界にとって非実在であるはずの私に干渉する力。
「しまった……! この世界は……」
うっかりしていた。魔法やスキルといった神の力が大きく反映された世界では、ごくまれに神そのものの力を与えられた人間がいる。
私は彼に無関心で、死にゆく彼にそんな力があることなんて全く予想もしていなかった。
「ぐぅううう、死神を攻撃対象にするエクストラスキル!? いや、これは……!」
スキルが発動し、次々と広場の人間の首が弾け、血霧に染まる。その中には無事な者もいる。
「敵対者と認識した者だけに死をもたらす、範囲攻撃!? でも、生命を持たない私に死は与えられない……はず!!」
私は構わず、魂を刈り取ろうとした。そうしてしまえば、スキルの効果は消滅する。
誰にも見えないところで、私と彼のスキルの攻防が続いた。
すると、急に手応えが変わった。
「あ、あれれ……?」
非実在であるはずの私の五感が強く刺激された。風の当たる感覚、クリアに聞こえる悲鳴、生々しい光景、不快感をもよおす血の匂い。
物体をすり抜けるはずの私の身体が、断頭台に降り立った。
そのまま、一気に流れ込んできた感覚に気分を悪くして、横たわる。
「……はぁ、はぁ……生命のない私へ死を与えるために、強制的に実体化された……?」
死神を殺すには〝死〟の前に〝命〟を与えなければならない。確かに唯一の方法だけど、まさか実行されるなんて……
私は生身の不快感で気を失った。
気が付くと、いろんな思いが込み上げてきた。
まず、仕事からの解放感。
肉体を手に入れた高揚感。
仕事から解放された、やった!
新しい人生が始まることへの期待感。
もう仕事しなくていいんだ、うぇ〜い!!
仕事がない、自由!!
かつてないほどの清々しい、さっぱりした気分で私は起き上がった。
「おはよう世界!! はじめまして私!! ようこそニューライフ!!!」
思わず大きな声が出てしまった。はずかしっ!
見ると、案の定というか、当然というか、私が魂を刈り損ねた少年は蘇っていた。
これはちょっと責任感……
一先ず、ここから逃げよう。
「よーし、逃げようぜ、相棒!!」
「へ、ぼくのこと?」
少年は何もわからないという顔で私を見た。
颯爽と彼を助けるヒーローのように、私は彼を引っ張り、街の外へとジャンプした。
この時、私も彼も、しがらみから解放され、再出発をすることになったのだ。それを祝福するかのように、美しい世界が目の前に広がっている。
「生まれ変わって初めて見る世界はどうだい?」
「え?」
彼は強張った顔を緩ませ、私に向かって言った。
「きれいだ」
ドキーン!!!
年下も悪くないなぁ!!
「あっはっは、照れる〜」
「いや、君に言ったんじゃぼろびご――――」
着地には失敗した。
「痛い……」
しかも汚れた。いきなり世界の洗礼を受けた。おっとっと、めがね、めがね……
「これですか?」
少年はさすがはゾンビ。平気そうだ。
「大丈夫ですか……いや、違う、なんてことするんですか!!」
「墜ちた時庇ってくれたね。そういうの、ポイント高いぞ!!」
「……ずっとそのテンションですか?」
彼の名前はコルベット・ライソン。私がゾンビにしてしまった少年だ。彼がこの先どう行動するにしても、見守り、時には手助けできればいいかなと思う。
「お姉さん誰?」
「私は女神です」
彼の自己紹介の後、私はそう名乗った。
ウソは言ってない。女の死神、略して女神。
「『ステータスオープン』」
「きゃーヤメテ!!」
問答無用でステータスを開示させられた。
おや、でもこれは私も興味あるぞ。
===ステータス===
■011100101001010111110(?)
・種族:人族?
・職業:???
・レベル.1
・体力:− 魔力:− 精神力:− パワー:− スピード:− 運気:− 器用度:−
私ってこんな名前だったんだ〜、へぇ〜。
まぁ、この世界のステータスの恩恵は私には無関係だからね。
神の依り代であるこの肉体にそんなものも必要な……あ、手に切り傷がぁ!!
これが怪我をするという感覚かぁ。
これが元で感染症になったら死んじゃうかも……
「ねぇ、コル君、手に傷ができちゃたよう! 絆創膏もってない?」
あ、絆創膏はこの世界にはないんだっけ?
コル君は冷めた様子で私を見る。
「うぉ〜い、か弱いお姉さんがお手てケガしちゃったんだぞ! 構ってよ!!!」
「女神ならご自分で直せばいいじゃないですか」
痛い! 痛いところ付いてくるね! 癖になりそうだよ!!
「君はアンデッドになって、人を慈しむ心を失ってしまったんだね……」
「あなたが本当に女神だと言うなら、ぼくのこの現状を説明して下さい。納得できる説明だったら、あなたのことを女神だと信じます」
説明……私のせいでゾンビになったことをどう誤魔化そう?
それに、スキルのこととかよく知らないのよねー。
「いいでしょう。迷える魂よ、私に質問しなさい」
コル君は何の疑いもなく、自分から大体の状況を説明してきた。おまけにステータスまで見せてくれた。かわいいのう。
===ステータス===
■コルベット・ライソン(享年17)
・種族:アンデッド
・職業:ハイゾンビ
・レベル.89
・体力:A 魔力:A 精神力:A パワー:S スピード:S 運気:F 器用度:S
・スキル
SS:『スキル強奪』
S:『☆言語マスター』『☆オートスキル』『☆経験値倍加』
A:『☆ステータス確認』
B:『☆治療・中』『☆斧・中』『☆火耐性・小』
C:『☆格闘・初』『☆投げ・初』『☆短剣・初』『☆筋力向上・小』『☆飼育・中』『☆栽培』『☆裁縫・中』
D:『☆投擲・初』『☆弓・初』『☆調理・中』『☆掃除・中』『☆調合・小』『☆解毒・初』『☆採掘・中』『☆採取・中』『☆伐採』『☆精肉・初』『☆革加工・初』『☆算術・初』『☆速記』『☆校正』
E:『☆発声・初』『☆看病・初』『☆採石・小』『☆解体・初』『☆釣り』
なるほど、『リベンジャー』……『スキル強奪』『言語マスター』『オートスキル』『経験値倍加』……
ほうほう、なるほど、彼の本来のスキルは『リベンジャー』ではないね。神クラスのスキルなんて自然に身に付くものじゃない。直したっていう古文書に封印されていたのでしょうね。
だとすると彼本来のスキルは『スキル強奪』の方か。これだけ☆が付いてないし。これは殺したもののスキルを奪うスキルか。S級スキルと他スキルが大量にあるのはそれで説明が付く。
命を代償にした『リベンジャー』の発動で、私のお仕事が阻止され魂が死体に残り、ゾンビとカテゴライズされた。
その後、『スキル強奪』の効果でスキルを大量に獲得。スキルの発動成功で経験値が大量に入り、レベルが上昇。ゾンビから自我のあるハイゾンビという種に進化した。
脱人間、急激なレベル上昇、反則級のスキル性能と多様性。
これは……別の世界でよくあるお約束というやつでは?
チートってやつじゃないかな。
この後、彼は謎の英雄とか、突如現れた魔王としてこの世界の歴史にその名を刻む。
うわ、おもしろそう。
「私はあなたを導くためにやって来たのです! さぁ、くだらないしがらみから解放され、超越的な存在と化した今、あなたには何でもできます!! 俺TUEEEしてチートハーレムをつくるも良し! 田舎でスローライフしながらかわいい村娘と家庭をつくるも良し! 魔王になって世界征服も可能です!!」
「何言ってるのか半分しかわからないけど、とりあえず世界征服はだめでしょ。あなたやっぱり女神じゃないでしょ」
「ノリが悪いなぁ〜。じゃ、ありきたりなだけど『人間に戻る方法を探す』を選択しますか?」
地味だけど、それもまぁバカンスにはいいかな。
「いや、ぼくは死にます」
「もう、死んでるよ?」とか冗談めかすこともできなかった。
絶望した彼は、未だにしがらみだらけだったようだ。
おもしろい、続きが気になるという方はブクマ・評価をお願いします。