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38.焚火を囲んで



 パチパチと火の粉が爆ぜる音だけがする。


 静かだな。真っ暗で他に音もない。不気味なほどに静かだ。焚火以外の音といえば衣擦れの音が後ろから聞こえるくらいだ。


 アンジェリスは火にあたらず、ぼくの後ろに立っている。


 確かに暗闇は少し怖いけど、女の子を立たせるわけにはいかない。それに黙って後ろにいられるとそれはそれで怖い。


「いや、座ったら?」

「いえ、主と座ることはありえません」


 今更?

 主に荷台に乗せて運ばれるとか、抱っこされて運ばれるとか、それはいいの? あと、その位置だと影の影響で怖いんですけど。焚火のせいで陰影がついて、目が紅く光ってるから殺る気に見えるよ。


「まぁまぁ、誰も見てないし、冷えると良くないから座りなって」

「ご命令とあらば」

「いや、そっちは遠いよ、ここに座りなよ」


 ぼくは自分の隣の丸太椅子を指し示した。素直に隣に座った。






 パチパチと火の粉が爆ぜる音だけがする。


 静かだな。真っ暗で他に音もない。不気味なほどに静かだ。焚火以外の音といえば衣擦れの音が横から聞こえるくらいだ。












 あれ?



 なんだかおかしい。




 どうなってるんだこれ?



 ぼくはただ一点を見つめ、動けなくなった。時々、アンジェリスの方をチラチラ見る。彼女はすぐこちらの視線に気が付いて目が合う。


 でも視線を交わすだけで言葉は出ない。ぼくは耐え切れず視線を外す。


 会話ができない。


 あれ? 今までどうやって話してたっけ? ルカの時は大体ルカが話しかけてきてくれたし、ロラスの時も色々聞かれて会話が途切れたりしなかった。


 こっちから話しかけようとすると、上手い言葉が見つからない。


 ぼくは彼女の年齢を見てしまったことへの釈明をしなければならない。でもなんて言えばいいんだ? いきなり結婚する気はないとか言ったら彼女を傷つけてしまうんじゃないのか? いや、そうでなくても失礼な気がする。良くないな。まずは当たり障りのない話題から始めよう。


 そう思ってしばらく経った。


 そもそも、話す内容ってどうやって決めるんだっけ? 雑談ってどうやるんだっけ? 何を基準に選ぶの? そもそも選んでたっけ?


 ああ、ダメだ。こうしている間にも向こうから話しかけてくれないかなとか思っちゃってるよ。


 アンジェリスが退屈そうに虚空を見つめてる。


 そうだ、まずは興味がありそうな話題だ。面白い話。関係がある話題。う〜んと、え〜っと……


「料理、手慣れているけど、よくやるの?」

「はい。『料理』スキルは無いので、家庭料理程度ですが、修道院にいたので当番の日はたくさん作っていました」

「そっか、ぼくも孤児院にいたときによくやらされたよ。その後も食堂で働いてたし」

「そうですか」

「うん」


 

 

 

 

 パチパチと火の粉が爆ぜる音だけがする。

 



===完===











 い、いやあきらめるな。あと少しだ。


「蒸すって初めて知ったんだけど、魔族の間では普通なの?」

「修道院で教わりました」

「へぇ〜、修道院ってどんなところ?」


 ぼくは質問を続けた。がんばった。


 アンジェリスは全て正直に話してくれた。

 修道院で修道女たちの面倒を見ながら暮らしていたこと。何度か修道院を訪問に来た魔王とお菓子で仲良くなったこと。魔王に頼まれ、勇者召喚を止めるためここまで旅をしてきたこと。


「すごいなぁ、一年も一人で旅を?」

「はい。実はこのことは魔王様と側近の方々しか知らないのです。この案は王国との戦争を止める手立てで、真っ向から戦うものではありません。それに反対する人もいますし、弱腰と取られるわけにはいきません」


 魔王はもっと極悪非道で、破壊と殺戮を趣味にしているような奴だと思っていたけど違うみたいだ。案外絶対的な存在でもないんだな。頼る相手が友達のシスターだけとは。


「それにしたって女の子一人は大変でしょ」

「私は比較的人族と特徴が似ていますし、『魅了』の魔眼があるので心配はしていませんでした。……多少、寂しさはありましたが」


 一年か。


 長いな。一人で、それも異民族の中で使命を背負って旅をしてきたわけだ。


 どうしてぼくは彼女を奴隷にしているだろう。ぼくは自分のために旅をすることになった。でも彼女は皆のために頑張ってる。そんな人を奴隷にするなんて恥ずかしいことだ。ぼくに奴隷を持つ資格なんてそもそもないんじゃないか?


「奴隷やめたいよね?」

「え?」

「いや、こんな立派な人をぼくが奴隷になんておかしいし、気後れして命令なんてできないし、そんな資格もないと思って。アンジェリスもぼくに仕えるのなんて嫌でしょ?」

「そ、そんな!」


 むしろ、どうしてあんなに簡単に奴隷になったのか不思議なくらいだ。


「確かに、最初はこの化け物たちの言葉に逆らうことなどできないと思っていました!」


 正直だ。やっぱりね。


「しかし、この力を利用すれば順調に事を進められるかもしれないとも考えました!」


 結構バッチリ利用する気で従ってたんだね。


「ですがもはやコルベット様は人知を超え、その力は悪魔を退けました。このお力を、私の不手際で魔王様から遠ざけることにでもなれば一生の不覚! ただ、ルカ様がおっしゃったように、私にコルベット様の行動を縛ることなどできません。それならせめて、奴隷と主という関係は失いたくないのです。いつとは申しません。あなた様にはいつか魔王様にお会いいただきたいのです」


 確かに主従の関係を解消したらぼくらには何もない。魔王に会いに行くこともまずない。今のぼくを倒せるとは思えないし。でも、もし一緒に旅を続けていたら―――いや、彼女はぼくらと旅を続けられるかどうかすら不安なんだな。


 不安で必死なんだ。その言葉に嘘はないと感じた。


「わかった。でもぼくとの関係は奴隷と主でいいの?」


 別に奴隷じゃないからといって仲間外れにはしないんだけど。まぁ彼女からしたらそんな保証ないか。


「そうしていただけるのを今は光栄にすら感じます」


 あれ? なんだか年齢を知られたことなんて気にしてないみたいだ。関係を保つためなら結婚の方が都合がいいだろうに。


「……仮にだけど結婚を望んでたりはしないと?」

「け、結婚っ!? めめめめ、滅相もございません!! 私はシスターですし。……でも、その……ご主人様が御望みでしたら……私は」

「いや、全く望んでないよ。なんだ、良かった〜!」

「へ?」


 おいおい、おいおいおい、あの二人騙しやがったな。女性の年齢を知ったら結婚なんておかしいと思ったんだよ。


 彼女が厳しそうに見えたのは大きな使命を背負って大変な思いをしてきたからだ。


 だから、今となってはもう―――あれ? これは前と同じ目だ。ジト目でこっちを見ている。


「……ぼく何かした?」

「いえ、ご主人様は何もしておりません。レベルが高くとも精神年齢はお子様ですから。あ、ゾンビですから成長なさらないのでしたね」

「辛辣!? え、ちょっと、何か怒ってるの?」

「ご主人様は女性の機微に疎すぎます。私がこれからきっちり御指南致しましょう。それも奴隷のお役目」

「そんな役目は無いと思う!!」


 まぁ、いっか。この方がとっつきやすい。

 旅は長いし。


 アンジェリスの『女性との接し方講座・お子様編』は朝日が昇るまで続いた。



銀髪褐色で豊満ボディーの美人奴隷メイドさん(19歳・眼鏡っ娘サキュバス)が夜中隣に座っていて、普通に話しかけられるでしょうか? 常人には無理でしょう。ですがゾンビでレベル200のコルベットさんだからこそできたのです。コルベットさんはシリアス路線から距離を置く声明を発表しましたが、その終活路線は真剣そのもの。これからも彼の人知を超えたエピソードは語るに尽きないことでしょう。以上現場からお伝えしました。

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