37.山小屋でごはん
夕方になり、寝泊まりの準備をすることになった。野宿かと思ったらロラスの案内した先には小屋があった。
「結構進んだね」
君たちは何もしてないけどね。
達成感に満ちた顔で、ルカが伸びをした。
「なんだい、その物欲しそうな顔は? 抱きしめて欲しいの?」
「普通に労って欲しい」
「コル君はよくできました」
「ルカはがんばりましょう」
まぁ、実際やってもらうこともなかったけどね。
「いや、楽をさせてもらって申し訳ないね」
ロラスが荷台から降りた。華麗さはなく、ヨタヨタとどんくさそうに片足ずつ着地する。
「はーどっこいしょ」
「おばさんだ、おばさんがいるよ! あははは!」
「腰とおしりが痛い」
ずっとハミングして余裕だったのに。ロラスが冒険者からギルド職員になったのって、体力がなくなったからなんじゃ……。
「いや、ほら、私ってずっと事務仕事してたからね」
もしかしてこの陽気なキャラも、老化を誤魔化していて……おっと、この人勘が鋭いんだった。
ヨタヨタと歩くロラスの首根っこを持って小屋まで運んであげた。なぜか不服そうだ。
「前もそうだったけど、コルベット君は女性の扱いがなってないぞ」
「私の教育不足です。すいませーん」
「もっと、こうしっかり両手で優しく抱き上げないと」
「至らないところも覚えさせていきますので。さぁ、コル君やってみよう」
「わかった」
ぼくは小屋を出て、アンジェリスの元に向かった。まだエミリーの荷台の上だ。ルカは両手を広げて何か待っているようだけどどうしたのかな?
「おい、駄メイド起きろ」
ルカの機嫌が悪い。
「ちょっとそんな言い方ないだろ?」
「でも、主に働かせてぐっすりなんて、お仕置きしないと」
「3人にお仕置きすることになるよ」
「うん、私は……何もしてないな。お仕置きして」
両手を広げたルカ。いや、だからそのジェスチャーは何なんだ? そっとアンジェリスを抱えて小屋に入った。
「ハッ! これがお仕置き? 放置プレイなんてどこで覚えたの!!」
えっと、小屋の中は結構きれいだなー。薪もあるねー。
「この辺りは冒険者とか、木こりとかが良く来るからね。使った人が帰るときにきれいにして、使った薪とかも戻していくんだ」
「すぐに食事の準備ができますね」
「そうだね。アンジェリス、起きたなら言ってよ」
ずっと抱えて歩き回っていたじゃないか。
「ここからは私の時間ですね。皆さまどうぞお休みください。お食事の御準備は私が」
「いや、ぼくがやるよ」
「え? しかし」
「なぁ、そこのメイドさん。お茶はまだかね?」
布を敷いてルカはくつろいでいた。
「アンジェリスはお茶を入れてあげて。あとロラスがおしりと腰が痛いって」
「はい、かしこまりました」
日持ちを考えて無かったから、この際節約せずに使おう。すぐにできる野菜を使った料理か。なんだろう。
「ねぇ、みんな何が食べたい?」
「コル君が作るものならなんでもいいよ」
それ、困るやつ。
「贅沢は言わないけど、お肉以外ならなんでも」
はいはい。逆に贅沢だけどね。
「ご主人様、作り置きのスープと野菜、それと肉の一部は今日中に食べなければなりません。あと大量のパンも消費したいところです」
さすが、シスター! よし、スープの残りと野菜を煮詰めてソースにして、肉と野菜に塗って焼いて、パンはどうするかな。スープがないと固いし。
「ご主人様、こう、鍋の中に水を敷いて大鍋でフタをして蒸せば柔らかくいただけますよ」
「蒸す? 水に濡らしたらふやけるだけじゃないの?」
「いえ、先に沸騰させてその後に蒸気だけ当てればパンが失った水分を吸ってふっくらします」
え?……もっと早く教えて欲しかった。
蒸すっていうのか。焼くのとも、炒めるのとも、煮るのとも違う。
「水ならあるよ。ルカちゃん行こう」
「ええ〜、私?」
「女性に水を汲ませるのかい?」
「いや、私も女子だぞ」
どうやら近くに清流があるみたいだ。まぁ休憩所だから飲み水のことも考えて建てたんだな。二人が水を汲んでくる間に、スープを煮詰めておくか。
煮詰めている間に二人が戻って来た。鍋に水を入れて沸騰させる。スープが煮詰まってとろみが出たところで塩とスパイスで味を整える。肉厚の野菜を輪切りにしてソースをかけて、炭火で焼く。いい匂いがしてきた。
鍋の中に穴を開けた木皿を敷いてその上にパンを並べた。上からフタをして少し待つ。タイミングはアンジェリスに任せた。気になるけどこっちも火加減を見ないと。少しソースが付いた所を焦がして完成。
「できたよ」
「こちらももう少しです」
少ししてフタを開けると蒸気が広がった。
多少柔らかすぎるところもあるけど、確かに中がふっくらしている。
「よし、このパンを切って、こっちはルカとアンジェリスの分。これはロラスの分」
「何が違うの?」
「こっちは肉と野菜。ロラスのは肉の代わりに肉厚のシロナガとナスを焼いた」
「ハンバーガーだ!」
「なにそれ?」
小屋の外で火を囲んで食べた。
うまい。
「おお、香ばしいソースと野菜の甘さがよく合うね。何ていうか、野菜が熱々でジューシー? パンも柔らかくてよく合うよ」
ロラスの長い耳がピクピク動いた。
「この深い濃くのあるソース。バラバラの食材と調理法、しかも限られた食材でよくぞここまで一体感のあるお料理を」
アンジェリスも満足そうだ。
「いやいや、パンはアンジェリスの手柄だろ」
「駄メイドと思わせといてここで株を上げに来たか。恐るべき女子力!」
みんなかぶりついて食べている。よしよし、これはいいな。屋台でもお皿も串もいらないし、すぐ食べられる。
「はい、レシピに加えれば忙しい人も手軽に食べられるのでよろしいかと」
「心を読まないで」
「帝国の都市部は慌ただしいからね。流行りそうだね」
「賑やかなところなんだね。帝国って」
王国にいた時は、いい噂は聞かなかったけど。退廃的で信仰心が薄いとか。
「まぁ、広いから地域によって違いはあるけど。フフ、行ったら驚くと思うよ。全部に」
「ぜ、全部!?」
う、うわぁ、楽しみだなぁ。
広いところだからやっぱり、家とかも一軒一軒広いのかな?
「コル君、焼き肉の代わりにひき肉をこう、えっと、ああああ、私の女子力ぅ!!」
「うるさいな」
夕暮れの山にその叫びが木霊した。ルカが天を仰いでいる。神様ならぼくの横にいるよ。
「ひき肉と卵を混ぜて粘性を出し、厚みがあって柔らかいステーキを挟めば、ボリュームが増し、もっと食べやすくなりますね」
「そうそう、それ!! あと、盗られた! 女子力〜!!」
なんでルカが言いたかったことがそこまでわかるんだよ。
本当に心を読んでないか、この人? それにしてもそれはいいな。ちょっと手間だけど腸詰みたいな感じかな。
「まぁ、こうやってレシピを増やせばお金も稼げるでしょ。ルカの大好きなお金だよ」
「イメージが悪すぎる」
「ところで、お休みをいただいていたので、ここがどの辺りかわからないのですが、ロラス様、あとどれぐらいで帝国領でしょう?」
「半日で山の中腹まで来たからね。このまま順調にいけば、4、5日かな。正確にはこの山を越えたもう一つの山から帝国領だけどね。村があるのはその先の麓だから」
「食材は足りそうですが、念のため、行きがかりで採取できるものは採っていきましょう」
「そうだね。山の恵みがここは豊富だし」
「それなら、お金になりそうなものも何か取っていこう。賄賂賄賂!」
帝国人ともめたらそれで事を治めようということか。すごい女子力じゃないか。
「お金〜? そうだなそうだなー、まぁ少しならいいかな」
さすがロラスには何か心当たりがあるみたいだ。
「ではお二人はお休みください。見張りは私がします」
「ぼくもするよ。どうせ寝ないから」
「アンジェリス、コル君が夜這ってきたときは、その時はわかるな?」
「……止めない……?」
「そうだ!」
「しないよ」
さて、二人が小屋の中に入り、アンジェリスと二人きりになった。まぁ厳密には神様が視界の端でくるくる浮いているけど。
あの件についてなんて切り出そう。
「待遇に不満はない?」
「なんのご心配ですか?」
※ぞんざいに扱われているのがメインヒロインです。




