36.山は意外と無口
山をナメたら死ぬ。常識だね。分かっている。
脚を取られやすい起伏の多い道。方向感覚を狂わす木々の迷路。そっと忍び寄る猛獣たち。変わりやすい気候。生物か迷うフォルムの虫たち。
気力、体力を奪う自然の厳しさの中、己と戦う。
だからこそ、人は山に挑むのだ。自らを自然の中に置くことで、己の本質がどこにあるのか、むき出しの自分というものを知る。〝人〟とは、〝生きる〟とは、〝死〟とは……深まる問いかけに山が答えてくれる。問題はそのことに気が付けるかどうかなのだ。
山をナメたら死ぬ。だか、山に感謝し、慈しむ心を忘れなければ山は生命の学び舎となる。もちろんそう簡単に答えを得られるとは限らない。求める答えが得られるとも限らない。そこに答えがあるかどうかも確かではない。難しいことのように思えるけど、つまりは何を得られるかは登ってみないと分からないということだ。
でも必ず何かは得るものがあるはずだ。もしかしたらその経験が人生を変えるかもしれない。それほどの力が山にはある。
だから、もし何か道に迷ったのならば、山を信じて登ってみればいい。きっと山はあなたの力になってくれるだろう。うん……。
ただし、それは生前にやっておこう。
山の厳しさ、命の危険を感じられないと、すぐに飽きる。
そう、山は結構飽きる。退屈過ぎてよく知りもしない山の魅力を脳内で語ってしまった気がする。
「山って退屈だね」
「やめなさい」
ロムルスをこっそり出て、帝国まで最短の道を選んだ。人が通らないような山道だ。エミリーに大量の食糧と四人分の荷物を積んで、三人を乗せて、ただただ歩いて半日経った。
急いで荷造りしたから準備も不十分だ。みんな山歩きの格好ではない。山をナメているとはぼくらのことだ。
なのに、何もない。何も起こらない。
「山ってつまらないね」
「やめなさいって。もうコル君、気が付かないの? この山の清涼な空気」
「空気? 食べ物と女の人のにおいしかしないよ」
「そう言うと語弊があるぞ、コル君」
問題はこの緊張感の無さだ。
「フンフ〜ン♪ フンフフ〜ン♪」
「んふぅ、あぁん」
ロラスはハミング、アンジェリスは寝言。いや、これは寝言なのシスター?
ぼくたちは勇者たちから逃れるため、そして王国から帝国に行き、『勇者召喚の危険性』という本を出版するため、大冒険に出たのに。
これはピクニックだ。
「あ、コルベット君そこ、右に曲がりまーす」
「あいあいさー」
緊張感がない。冒険にハイエルフで元黄金級の冒険者ロラスを加えたのも原因だ。道に迷わない。
「ロラス、時々間違えたりしないの?」
「あはは、私ハイエルフですよん?」
両手で頬を指さすポーズがカワイイ。いや、ルカ対抗しなくていいから。うん、首を傾げるのを加えたのか。カワイイけども。
「そういえば、本当のところ、2人はいくつなの?」
二人とも見た目は二十代前半くらい?
でもルカはともかく、エルフは見た目じゃわからないと聞いたことがある。ロラスは特に帝国の大半を旅して回って、冒険者としてもギルドマスターとしても経験豊富というから、結構長生きだろう。ハイエルフって退屈だって言ってたもんね。
「……」
「……」
あれ? 聞こえなかったのかな? 声が小さかった?
「ねぇ、2人はいくつなの!?」
「……どうしてもというなら、スルーサイズの方を教えるよ」
「うぇ!? 私はどっちも嫌だよ!」
「ああ、ロラスはステータスを見れば」
「え、見るの!?」
なんでそんなに挙動不審になるんだ? 山登りよりも恐ろしいことなの?
「ぼくのも見せるからいいでしょ?」
「で、でもでも、恥ずかし〜」
「何が? 別に減るもんじゃないでしょ?」
「やめなさい、なんかやめなさない」
どうしてこんなに抵抗するんだ? 旅の仲間のステータスは知っていた方がいいんじゃないか? それになんだか流れでため口を聞いているけど、すごい年上だったら失礼だ。こういう仲間内はもうこの際いいけど、他の人が見たとき「あいつ、ロラスさんにため口だぞ、失礼なやつだ、死ね」とか思われたくないなぁ。
「コル君、いいかい? 女性に年齢を尋ねると……」
ん? ルカが真剣な顔をした。お金を数えているときと同じぐらい真剣な顔だ。
ガタガタと車輪の音だけが響いている。
こんなに溜める程のことなの? ああ、もしかして失礼―――
「―――そりゃもう、結婚しなければなりません」
「そりゃもう!!? ええ、そうだったのか!?」
「今コル君は私たち二人に、同時に求婚したのと同じなのです」
「ああ、そんな!」
「場所によってはもっと生々しいお誘いの意味にも」
なんてこった! し、知らなかった。そりゃ戸惑うよね。
「ごめんロラス、そういうつもりじゃ」
「え?……ああ、うん気にしないで〜」
「ちなみに、私のスリーサイズは―――」
「それはいい」
山は人の愚かさを露にするんだな。勉強になった。
ん? アンジェリスの歳はステータスを見たから知ってるぞ!!!!
19歳だ。なんてこったー!! ぼくは年頃の女性に、プロポーズしていたのか!!
ぼくは思わず振り返り、ルカの脚に抱き着いて寝ているうちのメイドを見た。ひょっとして、アンジェリスがぼくにちょっと厳しいのって、そういうことか?
「このゾンビ野郎めが! プロポーズしておいて、ずっと従者のように扱うなんて、ひどい奴だ! 死ね! あ、もう死んでるんだった」とか思われていたんじゃないか? いやそうに違いない!!
「結婚ってなんだろう?」
「「!!」」
ぼくの問い掛けに果たして山は応えてくれるだろうか。
とりあえず静かだから、自分で考えろってことかな?
ルカとロラスはちょっと仲良くなりました。




