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35・5 数十秒の死闘

後半を二千字ほど加筆しました。



 ガタンと馬車が止まり、しばらくしてバズはジアの声に気が付いた。


「―――様、バズ様、着きましたよ、ロムルスです」

「そうですか」


 ぼんやりとした意識が覚醒すると、喜びはしゃぐ人々の歓声が聞こえてきた。死んだと思われた姫巫女が戻った、思いがけない吉報。涙を流す者もいた。馬車の荷台から降り、街を見上げたバズは、地に足を付けホッと胸をなでおろした。張り詰めていた緊張感を解き掛け、慌てて気を引き締め直した。


「バズ様、このまま神殿までお越しください」


 ジアの心配そうな眼は、ひどい惨状の街ではなくバズ個人に向けられていた。ここに来るまで、魔獣と一晩中戦い、悪魔に憑りつかれ、ランスを失い、その後は一人でジアを連れて来た。

 ジアの暗殺者を捕らえ迷宮で尋問し、王国の深いところが暗殺に関わっていると知り、ロムルスにも手が回っているかもしれないことは分かっていた。だが、ジアのたっての希望で街に戻ることとなった。禁書をこれ以上王室に渡らせるわけにはいかない。それに、バズのこともあった。


 バズの肉体はアシモの悪魔憑きによって限界以上に酷使され、崩壊寸前。

 それをランスに宿っていた何かが命をつなぎとめた。

 どうやらそれは神聖な力で抑え込まなければ宿主の精神を食いつぶしてしまうものらしく、ジアの神聖な力が不可欠だった。現在バスの心と体は怪しげな女の声とジアの神聖な力の間でかろうじてバランスを保っている。


《女に心配されて気を使われるとは情けないね》


 バズはまだ、頭の中に聞こえる色声を受け入れてはいなかった。幻聴かとも思ったがハッキリと声は頭に響いている。

 色声の主は自らを語ることも、バズの身に何が起きているかも教えることは無かった。バズは疲労困憊しながら、身に起きた現象と、ジアの安全、自らに課した使命に苦悶した。


 一度降りて手続きをし、再び馬車で丘の上の聖域を目指す。


「まさか、ここが無事だったとはな」


 バズの対面に座る男がつぶやいた。


「ジア様を抹殺するからには、すでに神殿も街も王都のお役人どもや商人たちで乗っ取られているもんだと思ったが。街の様子を見る限り、何か大きな火事かなにかがあったようだな。なのにこの活気。まるで新開発の都市みたいににぎやかだな。やっぱり信仰心がある者は救われるってことか。いや案外聖職者たちは身を護る術に長けていると見える。処世術を見習うべきかな。頼る相手の見極め方とか」


 そうつらつらと語るのは、ジアと暗殺しようと王室から差し向けられた刺客。迷宮で尋問後、証人として連れて来る必要があった。本人も、今さらジアを暗殺する気はないらしく、むしろ魔獣の群れから自分を守ったジアに恩義を抱いているようだった。


 その男の話に耳を傾けることなく、バズは終始うつむいて、周囲を警戒していた。

 ジアが街の惨状を気にして、御者のいる方から街の様子を見ようと身体を乗り出している。

 矢が飛んできたら即死だ。 


「ジア様、神殿に着くまでは御辛抱ください」

「そうですね。申し訳ございません」


 馬車に揺られしばらく、坂道を登りようやく神殿に到着した。ジアを見つけた僧侶や巫女たち、見習いたちが神殿から飛び出してきてジアを迎い入れた。


「さぁ、もう安全です。神殿内では神聖術も加護も強まります。まずは気を解いて身体をお安め下さい」

「ええ……」


 バズはようやく落ち着けると、張り詰めていた気を解いた。ジアたちの後をのそのそと付いて行く。


《甘ちゃんだこと》

「なに?」


 その言葉に妙に不安を掻き立てられたバズは、周囲を確認した。左右、後方、神殿の方。


 ふと、上を見上げた。


 五人の男女が、神殿の前に降り立った。彼らは空からやって来た。


「マズイ、おい、早く入れ ジア様!!」


 刺客の男が叫んだ。


「あなたがたは?」

「問答している場合じゃないぞ、あんたを殺しに来たんだよ!!」


 ジアが神殿に入るまで、あと数十秒。


 だがバズにはわかった。


 ステータスは見えなくてもその五人、全員が自分よりも強く、その数十秒があれば自分と刺客の男を殺して、ジアに追いつき、彼女を手に掛けることができるのだと。


《私は手を貸さないから》


 もとより、当てになどしていなかった。五人を前にした瞬間から、バズは己にその数十秒を死守することだけを課し、すでにそれに集中していた。


 自然と、背の大剣とランスの形見の剣の二刀を構えていた。『二刀流』を持たないバズにとっては無謀な構え。満身創痍でボロボロの身体が軋みを上げた。


 五人はジアの抹殺と禁書の回収を命じられた勇者。

 その内一人が動くと同時に他の四人も一斉に動き始めた。


 短髪で大柄、浅黒い、いかにも武闘派といった見た目の男がバズに向かって拳を振るった。その肉体は複合スキル『金剛』によって、身体能力、耐久力ともに強化されており、多大なステータス補正も伴って、その拳で繰り出されたパンチは鋼鉄のハンマーのようになっていた。


 同時に、太った中年の女がジアに向けてスキルを発動。『強化思念』により、ジアの身体の自由を奪う。続いて精悍な顔つきの若い青年が手を振りかざす。彼は『エレメンタルマスター』のスキルによって、全ての属性魔法を無詠唱で放てる。風の魔法『エアカッター』を六連続で放つのに、必要な動作は手を振りかざすだけだった。


 

 短髪の男の拳はバズの顎にめり込み、砕いた。


「なに!?」


 てっきり剣で抵抗すると予見していた男がだったが、それに反し、バズは攻撃も防御もしなかった。

 初めから防御することを捨てていたバズは、殴られながら男を足で引き離し、その反動で『エアカッター』とジアの間に割って入った。見えない刃を身体のひねりと、手首の返しを駆使した最小限の動きで受けた。


「止められた?」


「どきな、わたしが―――」


 中年の女は『強化思念』でジアの動きを止めるだけでなく呼吸を止めに掛かる。

だがそのスキルが発動するよりも前に、とっさに自分を『強化思念』で守った。強力な衝撃が思念の壁にぶつかった。


《ほう……》


 色声の主は思わず感嘆を漏らした。


『エアカッター』を撃ち落とした剣技は、バズの肉体の限界を超え、手首は折れていた。その状態から追撃の『破壊衝』を放っていた。


 ジアは神殿にたどり着く寸前。

 命がけの足止めが実を結ぶかと思われた、その時―――無情にも、バズの横を吹き抜ける一陣の風。


 顎への衝撃、肉体の疲労、両腕の損耗とは関係なく、全く反応できないほどの速さで、黒髪の少女が駆け抜けた。『電光石火』のスキルにより、彼女が駆け、腰の剣を抜き、対象を斬るまでほんの一瞬。


 何かを考える猶予もない刹那、刺客の男は身を挺してジアを守ろうと両手が拘束された状態で少女に飛び掛かった。王室が雇うほどの暗殺者はバズよりも素早かったがその動きは『洞察』で予期され、するりと躱される。


 そして、ジアの背に向けて剣が振り抜かれた。


「っ!!?」


 斬ったと確信した勇者の少女。バズは目を見開く。刺客の男も地面に落ち、ハッとしてジアの方をすぐに見た。


「『聖域』!」


「え?」


 ジアは神殿に無傷で入っていた。


 斬ったはずの少女の手には何も握られていなかった。確かに寸前まであったはずの剣の行方は―――


「今のは『アポーツ』? 何のつもりですか、土門さん?」

「ごめん、(かさね)さん。でも今がチャンスなんだ」

「チャンス?」


 五人目の男。黒髪で暗い表情をしたリクルートスーツの男。空から降りたってから一歩も動いていないはずの彼の手には少女の剣が握られていた。


 リクルートスーツの男、土門アキラは『空間把握』でジアの『聖域』を認知し、『アポーツ』を発動した。

 

 それは【認識したものを引き寄せる】というスキル。これを『空間認知』と組み合わせることで、物質以外も引き寄せることができる。

 それは空間そのものも例外ではない。

『聖域』によって敷かれた強力な結界はアキラの元へズレた。


 一瞬にして五人の勇者とバズ、刺客の男が『聖域』に囲まれた。


(この感じ、ジア様の神聖力をさらに強力にしたものか)


 バズは身体に纏わりついた重くねっとりしたものが、少し軽くなった気がした。


《アララ、痛いわね。でもこれならもう少し干渉しても問題無さそうね。バズ、ねぇ、まだ動けるでしょう? 動かないと死ぬわよ。あの彼を使いなさい。聖域内でも息をしているわ。信用していい》


 バズは朦朧とした意識の中、考えることなくその言葉に従った。

 振り向き、刺客の男に腕を上げた。


「何が起きてるっていうんだ?」


 男は素早く、バズの元へ駆け寄った。

 


 一方勇者たちは聖域内で頭を抱えていた。


 動けなくなった勇者の横を二人は急いで通り過ぎようとする。その時、聖域の効力が立ち消えた。


「マズイぞ、おれではあの娘には勝てそうもない」


 アキラが(かさね)と呼んだ少女は、神殿に入ろうと向かってくる二人に気が付き、再び臨戦態勢を取った。


「累さん、止めろ! 何をしようとしているかよく考えるんだ!!」

「土門さん……え? そういえば、なんで私は、さっきあの人を殺そうとした?」


 アキラの言葉に若い方の青年も戸惑いを見せ始めた。


「そもそも、ぼくらはどうして言いなりに? 人を殺せと命じられて疑問にも思わなかった」


(何が起きた?)

《操られていたのよ。勇者は皆そう。異世界人だからって、この王国に従う義理は無いからね。十三番目の眷属がごく自然に人を殺せるように意識を少し変える。どうやらあの地味なリクルート君は、例外みたいだけど。それにしてもすごいわね》


 地味な割に、この働きは素晴らしく、これしかないという方法だ。結果ジアは無事で他の勇者も止めてくれたのだ。バズはアキラに心から感謝し、安堵し、ついに意識を手放した。


《あの状況で生き残るとはね。ランスの人を見る眼は確かだわ》


 その声はバズには聞こえていなかった。


「ちぃ、ルーキーもう少しだ、がんばれ!」


「ふざけんるんじゃないよ! 善人ぶりやがって!! あの女を殺さないと私たちが殺されるだろぉ!!!」

「ババアと同意見なのはキモイが、今の生活に不満はねぇ。別に今更女を一人二人殺しても、向こうでやってたことと変わらねぇし。金もいい女も何でも手に入る。おれたちは勇者様だからな」


 短髪大柄の男は意識に変化が無かった。この男は元々が指名手配犯で、恐喝、暴行傷害、強盗、婦女暴行、薬物密売と所持、殺人等など、挙げればきりのない罪状で日本を騒がせた凶悪犯だった。その性質はこの異世界で勇者と言う免罪符を与えられたことでより顕著になっていた。


 太った中年の女は長いソバージュを逆巻かせて、呪いの言葉を詠唱した。


 この女もまた犯罪者だ。パート先の若いアルバイト店員へのストーカーと、他の若い女性従業員への嫌がらせで解雇され、悪質なストーキングがエスカレート。相手の交際相手の家へ侵入し帰宅してきたところを包丁で切りつけた。逮捕された時「彼氏をそそのかし奪おうとした」などと支離滅裂な供述をし、ワイドショーで取り上げられ、お茶の間を戦慄させた。異世界で勇者とされたことで、すでに何人もの若い従者や執事が、この女のものにされていた。


「ブツブツ……バカが、私をバカにする男ども、カワイ子ぶった女共も、きぃぃぃ!! 思い知らせてくれるわ!!……ブツブツ……いずれ私はこの国の王子様に、アフ……見初められるのよ! フヒヒィ……あああ、それを邪魔する奴はぁ!!! 全員殺してやる!!」


 ちなみに『闇魔法・熟』を持っているため、詠唱は必要ない。


 闇魔法『ダークハンド』が近くにいた短髪大柄の男に向け発動された。


「ば、バカやろう!! おれは味方……!!」

「私をババアと言っただろうがこの社会不適合者が!!」


 男は『金剛』を発動させたが、思念で出来たドス黒い手は防ぐことができず、体内に入り込み、あっという間に男の内臓を握りつぶした。


「ゴホッ!!」

 

 続いて、思念は周囲にいた他の勇者と神殿に駆け込もうとした二人にも一斉に伸びた。

 とっさにアキラともう一人の若い青年は中年女の死角へ移動した。


 真正面にいた、累美夜古は『気功』で迫る思念の手を払いのけた。


「しまった!」


 だが払いのけたうちの一本は、バズと彼を抱えて逃げる刺客の男に向いた。

 背後から迫る魔の手。


「ふふぃ、死ねぇ!!」


《醜女が。その汚らわしい情念で私のものに触れるな!!!》


 バズの背に触れかけた思念の手は、弾き飛ばされ、一直線に女の元に帰った。


「うっ、なん、うそ……待って゛ぇぇ……」


 女は自分の魔法で、自分の内臓を破壊し絶命した。


 何が起きているかわからないまま、刺客の男はバズを抱えて神殿内になだれ込むようにして入った。


「はぁ、はぁ、やっぱり見習うべきだな。処世術じゃなく信仰心について」

「なんてこと、今治療します!! 『ヒール』!!」


 ジアは砕かれた顎と両腕をまず治しに掛かった。


(確か、手は貸さないんじゃなかったか?)

《私に一度言ったことを覆させたわね。こんなこと、ランスにもしなかったのよ》

(なぜおれを助けた?)

《気づいたのよ。あなたはランスに比べれば凡人で未熟だけど、信念、覚悟、強運を持ち合わせている。この状況でジアを守り切ったのはステキだったわ。そうね、一言で言えば、あなたを好きになったからしらね》


 まどろみの中、甘美な色声が子守歌のように睡魔を誘う。





 バズの様子を見舞いに残った勇者たちが神殿にやって来た。両手を挙げている。


「あの、お取込み中のところ申し訳ございせん、私、土門アキラと申します。先ほどは失礼致しました」


 先ほどの大胆な行動がウソのように、腰の低いあいさつから土門アキラの事情説明が始まった。


バックアッププランです。



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