35.勇者召喚の危険性 2
ルカに強引に部屋に連れ込まれた。泣かせた後だから断りづらい。まぁ、どっちにせよ彼女の抱き枕になるだけだろう。ベッドに入っても眠れないし返って虚しい気持ちになる。ため息をつきながら部屋に入った。
「やぁ」
「間違えたわ」
「間違えていませんよルカ様」
ルカの部屋にロラスとアンジェリスがいた。
扉を閉めるルカ、引き留めるアンジェリスとロラス。
夜中、美女三人を前に、のぼせ上がるほどぼくは能天気ではない。
嫌な予感、見え透いた結末に、数分前の勇気(妥協)を後悔。
そして案の定、バレた。
「やっぱり、あの手紙の内容をご理解いただけていなかったようですね。いえ、すぐにわかってしまっては意味がありません。まぁ、私が難解な言い回しを訳しながら読んだ事を差し引いても、ご主人様が分からなかったことは何ら恥じることではございません」
そう言いながら、ぼくを見下ろす彼女の眼は細まり、口元は嘲笑を形作っていた。顔がバカだと言っている。
「まぁまぁ、そう気にするなよ。いや〜実は私も分からなかったんだ」
ロラスがぼくの肩を優しく叩く。
なんだろう、このヒビの入った心に、染み渡る温かいものは。でもこの温かさになぜか無性に抵抗したい。
「二人とも、それ以上コル君のご機嫌取りはやめて。私たち仲良くやっていきたいでしょう?」
いや、アンジェリスのはご機嫌取りじゃなかったけど。まぁもういい。バレたのなら仕方ない。
「ぼくは、今何が起きているのかさっぱりわからない!!」
「さすがコル君、いっそ清々しいぞ!」
それはご機嫌取りなのか? バカするならするで、もっとわかりやすくしてくれよ。
「では簡潔にご説明します。このところサイロンではモンスターの出現が問題となっています」
「モンスターの出現は大体どこでも問題だと思うけど」
モンスター―――それは魔石を持つ生命体。森に生息する獣種から、スライム、ゴブリンなどの魔物種、ドラゴンなどの竜種、スカル、ゾンビなどのアンデッド種など多種多様だ。
現れれば大抵人を襲うし、作物は荒らすし、ひどいときは街が無くなる。
「はい、その中でも変異種の出現が問題になっております」
変異種か。なるほど、確か色が違うとかで珍しい奴だ。別に色が違うのは構わないだろ。レアモンスターだ。
「変異種は特別強い、というより未知数の強さを持つ個体のことだよ。持っているスキルが通常種と違うから討伐され難く、レベルも高い」
そうだったのか。さすがロラスは詳しいな。いやぼくが無知なだけか。さらに肩身が狭く感じる。
「その変異種が近年爆発的に増えて問題となっておりました。その原因を特定しなければ、魔族はモンスターに淘汰されてしまいかねない。そこで魔王様自らが調査を命じられ、ついにその原因に目ぼしを付けるに至ったのです」
原因?
あっ、『勇者召喚の危険性』ってまさか!
「そうです。勇者の召還が原因と思われます。あくまでギルドの変異種目撃証言と勇者の出現の推移を比較した、仮説ですが。とはいえこの地域で自然界に影響を与えそうな大掛かりな魔術を繰り返してきたと言えば、やはり王国の勇者召喚です。勇者が未知のスキルを持って現れると、数年後、未知のスキルを持ったモンスターが目撃される。つまり―――」
このまま勇者の召還をさせていたら、モンスターがどんどん強くなるってことか。
反魔族主義の王国に、わざわざ彼女を派遣してまで止めようとするのもわかる。待てよ。神様がぼくに勇者を殺させようとしているのはこのことと関係しているのか?
「ここに勇者が五人来るみたいなんだけど、神様に殺して欲しいと頼まれたんだ。どうすればいいと思う?」
「それはやはり、このままでは人とモンスターの持つスキルのバランスが保たれなくなるので、勇者の権威を失墜させ、召喚を止めさせたいということでは?」
《存在してはいけないスキルがあるの!! 私も知らないスキルがあったら困っちゃうよ! だから、コルベットお願いだよ!!》
神様も知らないスキル?
それが勇者を殺す理由か。
「そういえば聞いたことがあるね。勇者が現れる前は『剣豪』や『聖戦士』なんかの複合スキルは存在していなかった。でも今やモンスターの中にも複合スキルを持っている個体がいるし、変異種は当たり前のように新しい複合スキルを持ってるよ」
「じゃあ、やっぱり召還を止めないと!!」
「魔王様も同意見です。やはりここはご主人様に神殿勢力をまとめていただき、魔王様と共に王国の悪逆非道を訴えるということで―――」
「ちょっと待った」
ルカが議論を止めた。
「もし神―――そのソフトの言う通りに勇者を五人屠ったとして、どうなるの? どうせすぐに召還するでしょ? そのソフトの望みがスキルの割り振りを正常に戻すことだとして結局のところ、召喚を阻止するために勇者を根絶やしにするのは王国の崩壊と同じ。邪魔者を排除しても多くの無関係な人を巻き込むんだよ? それにアンジェリスも虫が良すぎる。神殿勢力をまとめるのに、今回のデーモン討伐の威光を使ってコル君を矢面に立たせようだなんて、仮にも従者が言うことではないでしょ。それは主に戦争をして欲しいと言ってるのと同じだからね」
いつになく強い口調のルカに、アンジェリスは戦々恐々としている。神様はルカを睨んでいるけど何も言わない。
「でも、ルカ……ぼくが召喚を止めなかったら、モンスターの被害が増えるし、勇者が来て禁書を奪おうとしたらどうするの?」
ぼくの力があれば止められるかもしれない。
モンスターの増加も、禁書で人生を狂わされる人も、戦争の被害だって減らせるかもしれない。
「コル君、君は何がしたいの?」
「何って……」
「もし君が、みんなを救おうと戦って、苦しみながらも英雄として称えられるのが理想だというなら私は力を貸すけど、単に義務感でやろうと言うなら絶対させない」
ここまでぼくに言うのは、自分で腕を折った時以来だ。
彼女の言うことはわかる。だって、王国の未来とか、世界のこととか今の今まで考えたことなんてなかった。でもぼくがやらなければ犠牲になる人が増えるかもしれない。それを防ぎたいというのはいけないことなのか?
「私も、ルカちゃんの言い分に賛成だよ」
「ロラスも!?」
「ど、どうしてでしょう? ご本人がやる気になっておられるのに」
「一個人が背負うべき重荷じゃない」
重荷。世界とか国とかいうと大きすぎて実感がわかない。でも、要するに命だ。護る命、奪う命。それを背負う覚悟は確かにまだないけど……
「それに、この国は彼に頼る資格がない。サイロンもナローンも彼に貸し借りは無い。むしろデーモンの復活を阻止した上に、まだ彼に頼るのは厚かましいというもの。それに英雄なんてものは我が強くて、大義のためなら感情を殺せるような人のことさ。コルベット君は全く向いてないよ」
確かに、大勢の人を率いて戦っている自分が想像できない。何をするにもすごく迷って決められなさそうだ。
「崇高でやりがいのあることをするべきで、楽で自分がしたいことはするべきじゃない。そんなのは間違ってるよ。君がすることは崇高でなくてもいいし、やりたいことをしていいの。誰かのために犠牲になる必要なんてないのよ?」
ルカの言葉はなんだか重みがあった。この状況で自分の目的を優先することは悪いことのように感じたけど、そんな罪悪感を正義感と勘違いして関わるのは確かに違う気がしてきた。
どうやらぼくは使命感で勝手にのぼせ上がっていたみたいだ。
「アンジェリス、ごめんぼくには荷が重そうだよ」
「いえ、ご主人様が謝られるようなことは」
「気を落とすことないよ。多分、魔王もこのプランだけで解決できるとは思っていないだろうし。そのソフトだってコル君を使って早期解決したいだけで、たぶんバックアッププランが何種類かあるんだよ」
「え? そうなの!!」
《くぅぅ!!! くぅぅ!!!》
神様が何とも言えないぶちゃいくなお顔になってルカを睨んでいる。どうやら本当のようだ。
「神様、ぼくが勇者を殺さなくても、ここの禁書を守る人はいる?」
《……くぅ、確実じゃないからコルベットに頼んだのにぃ!!》
いたのかーい!
あ、危ない。
てっきりそれしか選択肢が無いと思って、全く柄にもないことをしようとしていた。
「ルカ、ありがとう。ぼくは終活に専念します」
「そうだね、それがいいよ!!」
何もしないのは少し、気がかりではあるけど、バックアッププランさんたちにがんばってもらおう。
ぼくは肩の荷が下りた気分だ。でもアンジェリスは、暗い顔をしている.
「し、しかし、あの本は勇者召喚についてどのような禁に触れているか、召喚の謎についてもわかるかもしれません。魔王様に早急にお届けしなければ……。ですからその―――」
別行動、別れたいってことか。
「それさ、印刷して広めた方がいいんじゃない?」
「え? 印刷、ですか」
「ああ、確か本を大量に刷り出せる方法だね。ナローンの都市部に行けばできるね」
「禁書とか言って大事に一冊持って行くよりも、印刷して広めれば、王国も情報を潰せなくなるし、召喚を止める人たちの後押しにもなる」
「ああ、じゃあ、ぼくはこれを直して、旅して、広めればいいんだ」
「そゆこと」
「お願いします」
アンジェリスも落ち着きを取り戻したみたいだ。
「神様もそれでいい?」
《あ〜あ、コルベットが勇者と国王と第一王子を殺してくれれば確実だったのになぁ》
ルカがいて良かった。
「やっぱり、ぼくにはルカが必要だ」
「コル君……、さぁ話は着いたし、2人とも出て行きなさい。これからは大人の時間だ」
「いやそんなことしてる場合じゃないよね。勇者が来る前に街を出た方がいいって」
「夜明け前、誰にも会わずに出てしまえば追われるリスクが減ります」
「そっか、ごめんねコル君。お楽しみはまた今度だよ」
「全然大丈夫」
こうして僕らは急いで荷造りし、誰にも何も言わずにそっとロムルスの街を後にした。




