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34.勇者召喚の危険性 1


 勇者。それは数百年前、ロンヴァルディア王国で召喚された異世界人、タナカ・タクヤから始まった。


 異世界人が勇者と呼ばれるほどの力を有するのは、召喚時に得られるスキルによるものだ。それらはそれまで世界になかった新たなスキル、珍しいスキル、反則的までに便利なスキルだった。彼らは当然即戦力とされた。さらに異世界人は高度な異世界の文明を王国にもたらした。それは食料自給、つまり農業や狩猟において革新的な向上をもたらし、建築や商業、娯楽、に至るまで急速に発展させた。また、新しい価値観、概念は勇者の活躍とともに広がっていった。

 それが小国でありながら独自路線を貫ける、王国最大の強みである。


 よって勇者召喚に関する情報はトップシークレットとされた。数百年、王国の繁栄は勇者と共にあった。



―――ここまでは誰もが知っている一般常識である。


 この召喚に関しては多くの謎が長年解明されずにきた。魔族国家サイロン、ナローン帝国のもつ主な疑問は三つ。


①『サモン』のスキル持ちをどのようにして確保しているのか。


『サモン』は数百年前発見された希少なスキルだ。

 その後他国で発現した者はいない。王国でこの『サモン』を独占しているカラクリは不明とされる。


②召喚される者は人族だけなのか。


 勇者として現れる者は人族だけ。それを狙って行っているのか、そもそも召喚できるのは人だけなのか。それ以外の別の何かを呼び寄せることは無いのか。


③異世界人はなぜ王国にのみ忠誠を誓うのか。


 召喚された異世界人たちは勇者として戦うことを強制される。なぜ従うのか。有しているスキルを持ってすれば反抗することも逃げること出来る。だが、それをしないどころか、縁も所縁もなく、勝手に呼び寄せた者たちになぜ従うのか。



 このうち、二つについてはやがてほとんど解明された。学者が古い帝国の史料を見つけたためだ。まだロンヴァルディアが辺境伯領だったころの研究内容である。

 元々『収納』のスキルを魔法で再現する研究が、『サモン』を持つ少年の出現で大きく方向転換した。異界に何があるのかという探求だ。

 研究を任されていたロンヴァルディア辺境伯ルノラータは、少年に何度も『サモン』を行わせた。当初、召喚されるのは石や海水、何も召喚されないこともあったという。少年は一回召還する度にやせ衰えていった。だが、とうとう、有用なものを召還した。


 それは黒い瘴気のようなものだった。瘴気は自身を『十三番目の眷属』と名乗り、異界から力を得る知識と術をルノラータに授けたのだという。

 それ以降、『サモン』による召喚も制御することが可能となり、ついにタナカ・タクヤが召喚された。


 異世界人が召喚されて、王国の意のまま従うのも、この『十三番目の眷属』による何らかの術によるものだと推察された。




「―――とりあえずここまでか」


 ぼくは結局何が起きているのかわからないまま、『勇者召喚の危険性』という本の修復に掛かった。


 夜中、一人丹念にページを剥がし、洗浄と書き直しを繰り替えし、全体の三分の一程度までは修復できた。

 でも結局、何が危険なのかわからない。


「もう素直に聞こうかな。でも、もう少し先まで読めれば……」


 滞在はあと半日。それで帝国を経由し魔族国家へと行くことになっていた。

 もう時間がない。そもそもなんで滞在しているのか、そう言えば理由を神様に聞いてない。


「神様、ぼくは何を待てばいいんでしょうか? そろそろ教えて下さい」

《勇者が来るの。五人。全員殺して》

「は?」


 その顔に感情は無く、ただ淡々とした言葉の羅列に過ぎなかった。

 


「―――あれ、コル君?」


 ルカが起きてきてしまった。

 どうする?

 ルカに相談するか?


「ねぇ、もう面倒だし、2人で逃げちゃわないかい?」

「え?」

「だって、アンジェリスのお願いって結構重いじゃない? 確かに私が引き合わせたみたいなところもあるけど、出会ってまだ一週間も経ってないんだよ?」


 うん、まぁそれを言ったら、君とのつきあいもまだそれほどじゃないけどね。


「つきあいの深さは長さじゃないんじゃないかな。ぼくら結構な修羅場を一緒に乗り越えたんだし」

「でもぉ、魔王の頼みを聞いて、ジアの代わりをするんだよ? 何するかわかってる?」


 わかってないんだよぉー!!


 ルカがそんなに警告してきたら、怖くなってきたじゃないか。

 おまけに神様も変な『お願い』してくるし。ぼくはもうどうしたらいいんだよ。ぼくはただ人間らしい最後を迎えるために、準備をしていきたいんだ。国レベルとか世界規模の何かに関わりたくはない。


「……コル君、魔王の手紙の内容わかってなかったんでしょ?」


 その薄目はヤメテ。


「ルカ……」

「うん」

「君はぼくの味方だよね」

「ああ、そうとも」


 恥ずかしい。でもここで認めなければ後でもっと恥をかくことになるんだ。ルカの前で恥を掻くぐらい、あきらめよう。


「ごめんなさい、あの手紙は意味不明でした。どういうことか教えて下さい」

「今晩一緒に添い寝してくれたら考えてあげよう」


 ここで駆け引きだと!!


「じゃ、ロラスに聞く」

「ああ~アイツすぐ言いそう~」


 アイツとかいうなよ。

 もしかしたらルカより年上かもしれないんだぞ。


「なんで避けるの? 至れり尽くせりでしょ! コル君は一体私の何が不満なのさ!? 自分で言うのもなんですけども、私はとびきり良い女だろ?」

「そういうところだよ」


 イマイチ手放しで受け入れられないのは。

 それに、一体ぼくのどこがいいというんだ? わからなくて素直に受け入れられない。


「いいかい、コル君、幸せってもんは案外身近な手に届くところにあったりするもんですぜ。離れてみて初めてその価値に気づくってなこともあるんだぞ」

「へぇ、深いね」

「コル君、私が居ないこの先を想像してごらんなさいな」


 ほう、ルカがいない。

 アンジェリスとロラスと神様、それにエミリーだけで旅をする。


 アンジェリスはシスタ―だし、常識人だ。礼儀作法とか宗教がらみのお話とかに詳しい。単刀直入で受け答えは簡潔。顔を見ると何考えているかわかるから気が楽かな。お菓子作りもできるし、屋台ではお菓子担当になってもらえると助かる。

 ロラスは冒険者で元ギルドマスターだから、いろんな経験を積んでいる。それに洞察力があって勘が鋭い。テンションが陽気だから旅が楽しくなりそうだな。屋台では売り子をやってもらえたら好評だろう。

 神様は何をお願いされるかが不安だ。でも、良くないことが起きる前に教えてくれるし、ぼくにしか見えないから気が付かないことも誰にも知られずに注意してくれる。あと、現状、ぼくの置かれている状況を説明できるのは彼女だけだ。

 エミリーが無いと料理が出せない。お金を稼げない。


 ルカがいないと、どうなるんだろう? 売り子はロラスが、考えたり、閃いたり、助言をしてくれるのはアンジェリスとロラス、神様がいる。


「うわぁぁぁん!!」


「うわ、まだ何も言ってないよ?」


 ガチ泣きだ。大人の女の人が本気で泣くの初めて見た。

 

「いらないと思ったんだぁ~!! うわぁぁん、ひどいよ~ッ!!」

「そんなこと思ってないよ、ただちょっと、都合は着きそうだな―――って」

「うわぁぁぁん!! 存在価値ないんだ私!!」


 いけない。これはいけない。冗談で笑い飛ばせる感じじゃない。

 

「そんなこと無いよ! ルカがいないと、全部がただ単調で、何も感じず見過ごしそうなことも、心の底から楽しいと思えたり、心が震えるように美しいと感じたり、素晴らしいんだって気づける。ゾンビなのに。それはきっとルカがいたからなんだ。これからみんなだけで旅をしても何とかやっていけるかもしれない、でも、ルカがいた方がきっと何倍も幸せだ」


「……それで?」

「どうかこれからもぼくと一緒にいて欲しい」


 ―――あれ?

 これではまるで、愛の告白じゃないだろうか!?

 マズイ。これは受け取られ方で、ややこしいことになるパターンだ。


「コル君」

「ぼく()()()()しようね」


 頼む、誤解はしないで。


 ルカはぼくの手をぎゅっと握った。


「君は私がいないとダメんだねぇ~、もう~しょうがないね~!!」


 ルカとの距離感、もといルカからの距離感が急激に縮まった。物理的にも精神的にも。

 しなだれかかって、頬ずりし始めた。構われ過ぎて困る猫の気分だ。


 いやだから、君の方こそぼくのことを何だと思っているんだ? わからん。


「あの、ルカ、それで魔王からの手紙の内容なんだけど」

「もう~わからないのかぁ~、そうか~。じゃ、お姉さんが教えてあげよう! さぁベッドにおいで~」


  

 もう何でもいいや。

 ルカに甘やかされてやろう。


 ただし、ベッドの上でのやり取りはブラックな会話になるけどね。


 勇者が五人来る。神様に殺せと言われた。


 それも魔王の手紙と何か関係があるのかな?


すいません、加筆修正しました。

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