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33.魔王の言伝


 

 復興二日目のお昼時、建物の修繕や物資の運び込みで疲れた人たちが炊き出し所に駆け込む。ぼくは山で採って来た食材と、街の人が持ち寄ってくれた調味料や作物で、スタミナがついて消化に良いものをたくさん作った。


「かぁ〜、このとろみのあるスープはなんだ!? 濃厚なのに、後味はくどくない。パンにめちゃくちゃ合うぞ!」

「こっちの野菜の和え物も、青臭くなくて癖になる食感だ。このソースが香ばしくて食欲をそそるな」

「このミルクを固めた甘いやつも、口当たりがなめらかでするするイケる」


 スープは野菜ベースで、炒めたニンニクやキノコ、卵などスタミナ回復しそうな食材を色々入れてみた。

 青野菜は湯がいて、柑橘系の汁と木の実を砕いてペースト状にしたソースをかけた。

 そして今回は食後の甘味も出してみた。


 作ったのはぼくじゃなく、アンジェリス。

 彼女は何とお菓子作りができる逸材だった!


「いえ、こんなものは家庭料理です。ご主人様のお料理と並べるようなものではありません」

「そんなこと無いよ。おいしいし、身体にもよさそうだ」

「お役に立てたのでしたら良かったです」


 平静を装っているが口元がゆるゆるだよ、わかりやすいなぁ。くるくるの銀髪を手でくりんくりんにしてる。その巻き毛は手でやったんじゃないだろうな。


 実を言うと、アンジェリスはメイドの姿ではあるが、愛想笑いもできないので給仕には不向きだ。蔑むような紅い眼で見降ろされたお客さんの中にはなぜか喜んでいる人が結構いたけど。

 

 ぼくたちが炊き出しを始めると近所の人や、料理人らしき集団が集まってきて、どんどん活気がでてきた。神殿の巫女さんたちも総出で手伝ってくれたので、ぼくは料理に専念できた。


「いや〜、なんかお祭りみたいだね」


 相変わらずルカの売り子は大人気で、食べ終わった人の中にはずっとルカに見惚れて動かない人もいた。そういう人はルカが直接「働け」と言う。言われた人はすごい働くらしい。ぼくでもそうなる。


「いよぉ、マスター! 給仕服も似合ってるぜ!!」

「ほ、本当かい? おかしくないかな、これ?」


 ロラスにも試しに売り子をやってもらうことにした。長い金髪を後ろで束ね、冒険者風の服ではなく普通の落ち着いた町娘の格好だと、嫁いできて数年の趣があるなぁと……何を思っているんだぼくは。でも、快活で陽気なロラスは見た目がおっとり系だから、ロングスカートとエプロンがとてもよく似合っていた。意外とテキパキ動いてくれて助かった。


 お昼が過ぎ、ようやく手が空いた頃、アンジェリスに例の本について話すこととなった。



 宿代わりの冒険者ギルド。その一室に全員集まり、ぼくは話を切り出した。


「アンジェリス、この本について何か知ってる?」

「ご主人様、この本が何か?」


 あれ?

 知らないみたいだ。どうやらアンジェリスは本のタイトルも読めていない。戸惑った様子でぼくと本を見返す。ぼくは神様を見返す。回転しながらぷかぷかと浮かんでいる。やる気を感じられないぞ、どういうことなんだ?


「アンジェリス、『勇者召喚の危険性』って本なんだけど」

「……ッ! どうしてご主人様がそんなものを」


 アンジェリスは少し考えた後、話を切り出した。


「―――私は魔王様より遣わされ、ここロムルス大神殿の姫巫女ジア様に言伝を持って参りました。彼女は王国内では第三派閥で権力とは無縁ですが、血筋、能力共に帝国でも知れ渡る尊きお方でした。その信仰は私の国サイロンでも尊ばれ、密かにサイロン内の巫女と親交を保っていたのです」


 反魔族主義のロンヴァルディアと魔族国家サイロンが信仰でつながっていた。うん、それは聞いた。


「この言伝の内容は本来ジア様にのみお伝えするようにとの厳命でしたが、仕方ありません。これはあなた方にも無関係では、いえ、ロンヴァルディア、サイロン、ナローン帝国の全てに関係するものなのです」


 突然、アンジェリスはメイド服のスカートをガバッと翻した。


「なんでここでサービスシーンをっ!?」

「メイドちゃん大胆だね」


 裾の辺りをいじって苦戦している。よく見ると裾が二重になっていて中から紙を出そうとしてる。なんでそんなところに? 出している間スカートの中身は丸見え、艶やかな褐色の太ももと白いショーツが黒いガーターベルトが……―――ってぼくは何をまじまじと観察しているんだ。アンジェリスは恥ずかしく無……いや結構恥ずかしそうだ。


「ま、魔王様からの言伝を読み上げます。ええと―――『愛しのマイマイスウィートラブリー天使ちゃんへ! 君の大大大親友だお! あ、今うちの美少女メイドさんのスカートにドッキドキでしょー! この浮気者め―!! ウソウソ、ドキッとした!? 恋愛できない姫たんに、女の子ならいいかなと思ってプレゼントだお! 楽しんでね!! 』―――」

「ちょっと待った」

「はい?」

「……ふざけるなよ」


 神妙な面持ちで何を語り始めるのかと思いきや……。

 君も、恥ずかしそうに読むくらいなら途中でやめていいのに。こんなの聞かされてどうすればいいの?


「いえ、本題はここからです。これは内容が漏れないようにわざとこういう書き方をしているのです。もうしばし御辛抱ください。―――『それはそうとそっちの暮らしはどうかな? 1人で働きっぱなしは身体に悪いから気を付けてね。疲れたからって操をおかしな輩に奉げないでおくれよ? チョ―心配、そわそわ。君はかわゆいから特に男たちに気を付けてね。優男でも夜は野獣になるからね。最近のナンパテクがマジ巧妙過ぎて、気がついたら手遅れなんてこともあるんだって。昔と違ってそういう利口な野獣が流行っちゃって、私の周りにもウヨウヨだお。大迷惑! どうやらそっちの有名なナンパ師たちのせいみたい! そっちのナンパ師が高度なことを始めると、こっちでもやり始めるんだから困っちゃうよ。ここは君の出番! 人気者が一喝してくれた方が収まるかも? 結局失敗してみんなが不幸になるって教えてあげて欲しいな。まぁ、噂なんだけどね。それじゃ、ムリしないで身体に気を付けて、たまには帰って来てね!』―――以上です」


 以上です、じゃないよ。まったくちんぷんかんぷん―――



「―――なるほどね。意味不明な部分を取って、比喩を解すると―――なるほどね」

「えとえと〜、これは結構大変な告発かな? 聞きたくなかったよーい」


 あれ?


 ルカとロラスは今のがわかったの?


 どう聞いても、下らないナンパの話じゃないか。


「な、なるほどね。それでぇ―――ぼくらは〜ど、どうすればいいのかな?」


 言えない。ぼくだけ何も分からなかったとは、言えないんだ。


「本来はジア様のお力で神殿対王室という構図に持っていくはずだったのでしょう。でも、今はそれは叶いません。ならば私はジア様の件と今回のデーモンの件を魔王様にお伝えするとともに、ジア様に代わり、コルベット様にその大役を担っていただきたいのです」


 何かよくわからないけど、やだな。


「確かに、そうせざるを得ないねぇ〜。今の王室に間違いを指摘しても、外部の者だと逆効果。魔族国家からなんて、勇者召喚が効果的だと逆に召還を加速させるよね。おまけに外国の神殿から協力を取り付けるにはこの国の神殿派閥は特殊でクセが強い。コルベット君の力があれば、あるいはそれもどうにかできるかもー?」


 もっとヒントが欲しい。ほら、もっとしゃべって。みんなおしゃべり好きでしょう?


「でも、まずは裏付けでしょう。アンジェリスの上司だからって鵜呑みにできない。といっても私やコル君には些細な変化なんて感じ取れないんだけど」


 何の変化? 何を裏付けるの?


「それはもうハッキリと現れています。今は異常事態です。それを報せなければ、この負の連鎖は止まりません。コルベット様、私が言える立場にないのは承知しています。ですが、どうか私と共に魔王様に謁見願えませんでしょうか?」


 


「……そうだね。仕方ないね。やるよ、うんやるやる」




 何が起こっていて、何をすればいいのかぼくは知らない。誰か教えておくれ。

 


「ふぅーちょっと風にあたってくる」


 みんなを部屋に残し、ぼくは席を立った。だれも止める人はいなかった。


「神様、今のわかった?」

《えーコルベット分からなかったの? うん、えっとね、ヒントあげるね》


 もったいつけないで。その試すような笑い方、怖いよ。


《差出人は魔王だから、周囲に野獣なんていない。ナンパ師もいない。だからこの二つは比喩だよ。『野獣』は利口で増えて迷惑、『ナンパ師たち』は複数いて、魔王が困る相手。ちなみにジアに操を捧げて欲しくない、つまり、迎合しないで欲しい『おかしな輩』は王室だよ。もうわかったでしょ?》


「……」

《コ、コルベット?》

「わ。わかったよ、うん。ああ、そういうことね」




 わからないよ。

 

見栄を張りたくなるお年頃。

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