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29.その深緑の眼

お待たせしました。もうちょっと続きます。



 夏の若葉よりも濃く、瑞々しく輝く緑の眼がぼくを見つめる。


「ぼくはコルベット。あなたは?」

「要求の詳細を早急に説明します。方位38度、距離3・3キロへ『ファイアーボール』を」

「え? どっち? なに?」

「シヴァ山とラーベンタリアの間を支点に右へ22度、角度38度で『ファイアーボール』を」

「ラーベンタリア……?」


 あわわ。女の子がムッとした顔をした……様な気がした。基本無表情だけど。急いでいるのは分かるけど、何をすればいいかもっとわかりやすく言って欲しいな。


 いきなり頼みごとをされるのは困るけど無視するわけにはいかないしなぁ……。


 ぼくは「ゾンビニ」という種族に進化したらしい。それと同時に『時間停止』というスキルを得た。その中で唯一動いている女の子は、ぼくがいつも聞いているアナウンスの声と同じ声だった。話し方も同じ。

 彼女はぼくに何か頼みがあるみたいだけど、イマイチ理解できない。


「コアヒューリスティクスから言語プロトコルを修正―――……」

「コア、プロ?」

「コードを解凍、解読完了、言語プロトコルを再定義。インプット完了、アプローチを再開―――……」


 彼女は早口で何かブツブツと言った後、再びぼくを見つめた。

 動いた。

 飛んだ。ぼくの目前スレスレだ。たなびく髪。迫る緑の瞳。


「あのねあのね〜、あっちに悪い人がいるの!! はやくやっつけないとすっごいこわいことになるの!!」


 えええ! なにこの子、こ わ い。

 まるで幼い女の子みたいだ。さっきと全然違う。身振り手振りで必死に伝えてくる。ちょっと馬鹿にされている気もするけど、まぁ分かりやすくはなった。


「こわいこと?」

「さっき起きたことがあっちこっちで起きちゃうかも。コルベットならもう見えるでしょ、あっちだよ!」


 指さす方を見る。ああ。遠くまで―――まだ見える―――あんなところまで!? たぶん帝国の上らへんだ。 すごい、視力が上がってる! あれか。男が三つ先の山の峰の奥に浮かんでいた。モヤモヤが異常に濃い男。でも、モヤモヤを払うなら『霊体化』しないと。


「もう手遅れなの。よ〜く見て、ステータスオープンしてみて!」

「う、うん」


 どうやら視力が上がって『ステータスオープン』の効果範囲まで広がったみたいだ。


■デントリー・バーク(42)

・種族:レッサーデーモン

・職業:デーモンの眷属

・レベル.14

・体力:C 魔力:C 精神力:E パワー:E スピード:C 運気:E 器用度:E

・スキル

 A:『ステータスオープン』

 C:『縄・初』

 C:『拷問』



「本当だ。人間じゃなくなってる」


 改めて周囲の惨状を見ると、人々は苦悶の表情で倒れている。亡くなっている人もいるし、街には火がついている。これが他の街でも起きてしまうなら、迷っている暇はない。どうやら『時間停止』は一分ぐらいが限界みたいで、もう風景が動き始めている。アレコレ確認している暇もない。


「『ファイアーボール』でいいんだよね」


 手のひらに火の玉を出してみた。戸建て二階建てぐらいの大きさになった。


「あわわ! 大っきすぎだよ! もっと小さく……じゃないと森が燃えちゃうよぉ」

「う〜ん、難しいな。……―――こう?」


 巨大な火の玉を拳大に濃縮していく。周囲に、と言うかぼくにまで熱波が来るのがうっとうしくて全部玉の中心に向けて集中してみた。まるで力を込めるのと同じように、見えない力が火の玉を小さく押し留めていく。すると、シュン と一気に小さくなった。コツを掴んだみたいだ。真っ赤に燃えていた玉は白い光を発してまぶしく閃光した。


「あわわ、外さないでね」

「大丈夫ダイジョブ。そいや」


 魔力で自在に動くからね。ぼくはその白い玉を思いっきり投げた。投げた瞬間、光が一気に拡散。『投擲・中』の補正効果で一直線に飛び、ほとんど投げると同時にターゲットにヒット。当たった瞬間、レッサーデーモンは赤い火花と灰になって貫通した穴を中心にはじけ飛び、跡形もなく消えた。玉は止まることなく空の彼方へ消えていった。


「わぁー!! すごいよ、コルベット、上手!!」

「あ、ありがとう」


 自分でやっておきながらちょっと引いた。これまでと何もかもが違う。ぼくは今遥か遠くにいる人を攻撃して完全に消したのだ。それも、ちょっと加減したのに。


 もし、本気を出したらどうなってしまうんだろう。


「次はあっち!!」


 同じ要領でもう一匹を排除したところで『時間停止』のタイムアップとなった。風景が元のように動き始める。


「これでいいのかい?」

《ありがとう、でもね。あと一匹残っちゃった》

「それも退治する?」

《うぅんとね、多分大丈夫》


 大丈夫ならまぁ、いいか。


 あれ、なんかおかしいな。女の子はそこにいるのに、いないような。ぼくの眼には今まで見えなかったものが見え、聞こえなかった音が聞こえてくる。背後から高鳴る心臓の音が聞こえてくる。匂いもわかる。振り返る前からそれが誰かわかった。


「コルくぅぅん!! ぎゃあまぶし!!」


 時間が動き出して光に目がくらんだらしい。あ、そのままぼくの方へ抱き着いてきた。


「ルカ、何やってるの?」

「久しぶりにコル君に会えたから補給しようと思って」


 何をだよ。でも、まぁ、ぼくもルカが元気なところを見られて安心した。久しぶりと言っても一日しか経っていないけど。


「補給したいのはぼくなんだけど」

「なら、ホラ、遠慮しなくていいんだぜ?」


 そう言ってルカは両手を広げてぼくを待ち構える。その後ろでアンジェリスたちがうずくまっていた。いいよ、眼を逸らさなくてやらないから。まったく、よくそういう恥ずかしいことをみんなの見ている前でできるよね。あと、ぼくが補給したいのは栄養だから。スキルを使いすぎたし……ってあれ?


 改めて身体を見ると、異常はない。でも、不思議と自分がどの程度消耗しているのかがわかる。みんなの疲労具合もわかる。


「アンジェリスとロラスもけがはない?」

「はい、強いて言えばご主人様に掴まれたシャツの襟がボロボロです」

「うへぇ〜疲れた。コルベット抱っこ〜」

「な、馴れ馴れしいこのエルフは何? コル君、まさか浮気なの?」


 原型の無い訓練場で座り込むアンジェリスは襟を直し、ロラスはゴロンと寝転んでいる。あとルカが連れて来た巫女さんがぼくに祈っている。一人元気そうなルカはロラスに詰め寄る。


「ロラスは……って呑気に紹介してる場合じゃないよ」

「そうですね。街が火の海です」


 それもそうだ。でも、ぼくはそれよりももっと不思議なことがあるはずだとみんなに確認せずにはいられなかった。だって、もしかしたら彼女は、みんなが祈っている相手なのかもしれないのだ。

 でも、みんなこの子のことを気にしている様子はない。霊体というわけでもないのだろうか。


「あれ、みんなこの子見ないの?」

《私のことはコルベット以外見えないし触れないの。だって私は人でも霊魂でもないんだからね!》

「ねぇ、見えないって何が?」


 ルカにも見えていない? どうしてぼくだけに見えるのか。ぼくにだけしか見えないようにしている? そんなのってやっぱり―――


「君は、いや、あなたは神様?」


 ぼくは単刀直入に聞いてみた。女の子は首を傾げた後、ブンブン頭を振った。その動作は見た目よりウンと幼い。ちょっとあざといな。


《ちがうよ。うぅ〜んとね。説明が難しんだけど、ほら、太陽ってあるでしょ》


 指をさす。


「うん」

《ほかにも山とか、風とか。怒ったり悲しんだりとか。スキルとかステータスとか。私はその一部なの。分かる?》

「ごめんさっぱりわからない」

《か、管理者権限の一部を委譲された自動制御型オブジェクトツールなの》


―――なの って言われても増々わからないよ。

 悲しそうな顔は止めてよ。勉強みたいな難しい話は苦手だ。彼女は頭に手を当てて分かりやすくもっと簡単な説明を考えている。


「コル君、さっきから誰と話しているの?」


 みんなからしてみれば、ぼくは独り言をしているのだからおかしく見えただろう。こういう時は、ルカが説明をしてくれていたのに、ぼくが説明するのか。


 ぼくは身に起きたこと、何をして、今何が起きているか説明した。それにしても「みんなには見えない女の子が見えるようになった」だなんて、言っていてちょっと恥ずかしい。説明に自信が無かったけど、ルカには心当たりがあったようだ。


「ああ、それはきっとお助けキャラだね。エラーが起きたときにバグを修正する専用ソフトみたいな」

「ルカの説明もちんぷんかんぷん」

「だから、まぁ、言い換えれば近いのは天使かな? 翼の生えたエンジェル」

「天使?」


 女の子の背中を確認するけど翼は生えてない。白いワンピースの後ろからきれいな背中が見えている。あ、ごめんね。そんな気まずそうな顔止めて。他意は無いよ?


「翼は無いけど?」


「異世界人が信奉する宗教観では神の御使いとされる存在です。翼は象徴的な描写に過ぎず、実際はどうかは分かりません。人を悪から遠ざけ、時に人を裁く存在。この国ではその立ち位置を神官が占めているので浸透していないようですが」


 アンジェリスは本当にシスターだったようで、その手の難しい知識も持っているようだ。悪を遠ざけ、裁くか。


「私たちの解釈だと精霊だね。万物にはそれを操る精霊が宿っていて、仲良くなると力を貸してもらえる」


 ああ、それに近い感じかな。何だか手伝ってくれたみたいだし。実際はロラスの周りを飛び回っている子たちとはちがう印象だけど。あれ、あんなの見えてたっけ? なんだか色々見えすぎて混乱してきた。


 う〜ん。結局ぼくはどういう感じで接すればいいんだろう。


《私ね、コルベットにお願いがあるの》


 さっき、聞いたじゃないか。ひょっとして、ぼくは便利に使われていないか?


《その代わりお願いがあったら聞いてあげる!》

「え、じゃあ、街の火災を消せる?」

《ふ〜ん、街かぁ〜。コルベットはやさしいね。いいよ!》


 彼女は人差し指を空に向けて指をくいっと曲げた。すると突然雨が降ってきた。

 やっぱり、この子はお助け天使ちゃんでも、お助け精霊ちゃんでもないよ。


 恵みの雨に、街から歓声が上がる。火の手はみるみる収まり、鎮火していく。人々は地に膝をつけ、両手を合わせて天に祈り始める。


 いえ、皆さん! こっち!! コッチです!!


《ん?》


 神様は緑の瞳を爛々と輝かせてぼくに神託を―――


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