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27.レベル.100



 冒険者ギルドの訓練場で、それは突然起こった。地震と共に、それまで仲の良かった冒険者たちがケンカを始めた。ぼくは彼らがおかしくなる前に黒いモヤモヤが触れるのを見た。でも、このモヤモヤは掴めないし、追い払えない。

 世間にはこういう病気があるのかと『治療・大』を試したけど効果が無い。


「ねぇ、なんで怒ってるんでしょうか?」

「うるさいんだよ!!」

「死ねぇ!!」


 こういうときルカなら説得や別の解決策を思いつくんだろうけど、ぼくには荷が重そうだ。そうこうしているうちにモヤモヤがさらに蔓延。怒り狂った冒険者たちは互いに武器を使い始めた。酒場のケンカというより殺し合いだ。


 仕方ないので、失神させていくことにした。首を後ろから トン だ。


「えい、えい、えい」


 ケンカだけでなく、火を点けようとしている人や、女性を襲おうとしている人、お金を盗んでいる人もいる。何が起きているんだ?


「えい、えい、えい」


 おっと、モヤモヤに触れさせないように指示もしないと。

 ぼくは触れても何ともないけど、止めに入ろうとした他の人が巻き込まれて、急変してしまう。

 

「ちょっとちょっと、これは何だい!?」


 誰か正気の人がいないか、暴れる人たちをトンしていったらロラスを見つけた。相変わらず場に不相応なのんびりした顔だ。でも、困ったように外側に下がった眉が一層下がって見えるし、口がムッとしている。

 彼女の周囲はモヤモヤが集まらない。その後ろに数人冒険者たちと受付の人たちが身を寄せていた。

 彼女はエルフの中でも自称神聖な種族で、精霊への祈りで自然の力を得るという。

 

 本当だったんだ。


 ピカピカ光ってるしね。

 神聖な力で祓えるのなら、あれは悪霊とかなのかな?


「何が起きてる?」

「頭おかしくなっちまったのか?」


「みんなはあの黒いモヤモヤが見えないの?」

 

 冒険者たちが首を傾げる。どうやらあれはぼくにしか見えていないようだ。あれが悪霊だとしたら、どうにかして祓わないと。



「ロラス、もっとこう街全体をどうにかできない?」

「……ひぇぇ、ハイエルフでも私ってコッチは専門外なもんで、これで精一杯ッス」


 そんなに卑屈にならなくてももう神聖なってのは疑ってないよ。でもロラスがだめなら神殿に行こうかと思った時だ。



 聖域から一際大きな黒い塊がやって来た。

 

 ぼくにはわかった。これは今まで出会った中で一番ヤバい。

  


《いい状態の死体だな。ちょっと、その身体、おれ様に寄越せよ》


 悪霊の親玉?

 モヤモヤが大きな人型になって、赤々と光る眼でこちらを見下ろしている。


《おれ様が見えてるんだろ? どれ、ちょっと試してやる》

 

 身体に虫が群がって実体化した。


 気 持 ち 悪 い 。


「な、なんだコイツは!」

「こいつが元凶か!!」


 冒険者たちが戦闘態勢に入る。


「『ステータスオープン』」


■0100111010101000100101000100111110100

・種族:デーモン

・職業:?

・レベル ?

・体力:− 魔力:− 精神力:− パワー:− スピード:− 運気:− 器用度:−



 なんだこれ。

 全く情報がない。初めて会った時のルカみたいだ。


「なんだ、見掛け倒しじゃねぇか!!」

「あ、待って!!」


 勇み足の冒険者を急いで止めた。

 その鼻先を虫でできた腕が通り過ぎる。


「あのステータスは弱いと言う意味じゃない」

《雑魚は要らねぇ。とっととくたばりな》


 デーモンの身体から瘴気が噴出した。冒険者たちは逃げられず、そのモヤモヤに取り込まれた。


「ぐぁぁ!!」

「しまった!」

《お前には効かないか。ゾンビのくせに……だがその身体はいただく。魂ごと吸い取ってやる》


 モヤモヤに取り込まれた冒険者たちが、再び襲い掛かる。無理やり突破できず、冒険者たちの壁に囲まれてしまった。なんてズル賢いんだ。

 その壁を突き抜けてデーモンが突進してきた。



「うわああ!!」


 デーモンがぼくの身体に入り込んできた。気持ち悪い。意識が侵食されるのが判る。抵抗できない。

 このまま、魂を喰われるのか……?



「ご主人様!」


 その時、淡い光が差した。


《ウワッ、お楽しみ中だったのに、なんだよ!!》


 光の方には手を合わせ、跪いたアンジェリスがいた。


「アンジェリス、本当にシスターだったのか!?」


 彼女の周りでバタバタと冒険者たちが倒れていく。黒いモヤモヤが晴れていく。彼女の祈りで解放されたようだ。


「ご主人様、塩です。塩で身を清めるのです!!」


 なんで、塩?

 でも言われた通りにしよう。

 塩はエミリーに積んである。


《させるわけないでしょー!!》


 デーモンが迫る。さっきの恐怖で何だか身体が上手く動かない。

 ダメだ、追いつかれる!!


《残念でした!!》


「うわぁぁ!! 『ファイアーボール』!!」

《何!!? アツッ……!!》



「「「「ええええええっ?」」」」


 とっさに魔法を使った。


 巨大な火の玉が出現し、デーモンを飲み込んだ。

 

 ぼくに向けて冒険者が使っていた魔法だ。『火魔法・中』の補正効果で、詠唱は覚えてないのに使えた。手ごたえはあった。これで倒せた……かな?


「すご、まるで、太陽だねぇ」

「コルベット・ライソン、魔法まで?」


 火の玉はデーモンを飲み込んだ後もしばらくその場に停滞していた。

 でも……。

 

 ぼくは結果を見る前に塩を手に入れるために駆け出した。そうしたら案の定、煽り文句が後ろから聞こえた。


《いや、おれ様も一瞬焼かれた思ったぜ。ふぅー……。た、倒したと思ったぁー!!? 実体化のために使った虫をいくら燃やしても効きませーん!! あきらめなさーい!!》

「くそ、ダメか」


 また、取り込まれる!

 そう思った瞬間、サァーっと何かが降って来た。

 雨……じゃない。雪? でもない。


《アイタタタタ!! イッテェーな!!!》

 

「塩が効くんでしょ?」


「ロラス!」


 彼女が風魔法で、塩の雨を降らせようだ。おかげで、周囲の人々もモヤモヤから解放された。効果抜群だ。


《お嬢さん、邪魔するなよな!!!》


「ウワッ!?」


 デーモンが再び虫を使って腕を実体化し、ロラスを攻撃した。でも彼女にはデーモンの本体が見えていない。マズイ!!


 寸前で、間に合った。虫の拳を全身で受け止める。


《へぇーパワーもあるのか!!》


 集めているのは毒虫なのか。接した地面が腐食している。酸耐性のあるぼくでも肌が朽ちていく。


「コルベット君!!」


 ロラスが後ろで祈り始めた。


《精霊の加護や塩を被った程度でおれの侵入を阻止できると思ったかぁーい? 残念、おれは低レベルな悪霊じゃない。おれを倒せるのは、()()()()だけだ》


「がぁあ……」

 

 再びデーモンに意識を奪われそうになる。抵抗するけど、沼に引きずり込まれるかのようにもがけばもがくほど自由が奪われていく。



 苦し紛れにぼくは塩がついた拳でデーモンを殴った。わずかに拳に手応え。


《ゴォハッ……お、お前無茶苦茶だぞ。おれには効かない、はずなのに……だが、もう終わりだ。その力をおれに寄越しな!!》


 二発目。は、手応え無し。クソ、ダメか。ロラスの祈りが後ろで聞こえるけど、じわじわと侵食は続く。気が遠くなっていく。ああ、このままだとまずい。


[パンパカパー〜ン!!]



 あれ? この音は……?


 


《いいねぇ、やっぱり実体がないとつまらない……ああ?》

《レベルが規定値に達したため進化します 個体名:コルベット・ライソン ハイゾンビからメガゾンビへ進化……進化……実行の障害を確認 障害の排除を試みます》

《ああ? なんだこの声は?―――うぎゃあああああああああ!! な、なんだこの力は!!》



 ぼくに言われても……。

 デーモンが苦しみ出した。


《お前、一体()()繋がってる!? ……まさか!》


 今、進化のアナウンスがあったみたいだけど、もしかしてそれが原因?

 

《排除完了 進化しました ハイゾンビからメガゾンビへ》


 身体からデーモンが逃げるように出て行った。それに今までより、視界はひろく、頭が冴える。すごく集中しているときみたいだ。 


《ぐぉぉ、痛いじゃないかぁぁ!! もう怒ったぜぇ!!!》


 拡散していた瘴気がどんどん集まっていく。さっきよりもデーモンの瘴気が濃くおぞましくなった。正気を取り戻した冒険者たちやアンジェリスにもさすがに見えるようだ。


「これは!」

「死霊だ!!」

「うわぁぁ!!」


 空気がひりつく。瘴気が触れていないのに、どんどん人が気絶していく。残っているのはぼくとロラスとアンジェリスだけになった。



続きはまた明日。

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